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眉唾
しおりを挟む「……フローリア公爵令息様、……ありがとう、ございます……」
「どういたしまして」
手を伸ばしたのに掴めなかったわたしが落ちた先を見て、ロビンは長く息を吐いた。
安堵したようにつぶやくとそのまましゃがみ込む。
「、……助けていただき感謝申し上げます。では下ろしてくださいませ、ラスト様」
「なんで?いいじゃない」
「もうじゅうぶん愉しまれたのではないですか?」
「えー足りない」
「…」
……まったく、この方は、
「ーーっなんで助けるんだよ…ッ裏切り者…ッ」
手をぶんぶん振り回す様は癇癪持ちの子どものよう。
顔を白くしたり青くしたり赤くしたり。
まったく表情までうるさいのね。
そしてわざと、ぶつかってきたのね。
ーーミネリヴァーダ様、この性悪はとうに手遅れですわ。まるっとやっつけてもよろしいですよね?
ふつふつと怒りが沸くし、性悪の叫びにラスト様が、あははっ!と身体を揺らすほど笑うものだからイライラも募る。
わたしの様子にさらに愉悦が止まらないようだ。
「…はー…、…建前はね、きみに謝罪をってことだったんだ。……口の利き方がなってなくてごめんね?なかなか懐いてくれないんだ、うちのねこちゃんは」
バカな子ほど可愛いってホントだね、と。
美麗なお顔を寄せて囁く。
「……。お任せしても……?」
「もちろん。侯爵閣下に知られたら消されちゃうしね。自由時間はもう終わり。
…………これからは躾の時間だよ」
「…心臓に悪いですわ…」
わたしを見つめて言うものだから、心で嘆息した。
ラスト様は目を細めて微笑むと上段へ視線を移し、
「……アレで上だと思ってるんだからたまんないよねぇ……」
どろりとした情を滲ませて、うっとりとつぶやいた。
その色気にひく、と顔が引きつる。
「パティエール伯爵子息」喚いている性悪ではなくロビンを呼び、わたしを救護室に連れて行くように告げた。勝手に。まったく恐ろしい。
「、ラスト様、一人で行けます」
「だーめ。念のため。…見納めだけど、言いたいことは?」
その言葉にちらりと視線を向ける。
駆け下りようとしてるロビンに振り払われて、ぎゃんぎゃんと喚く物体に。
こちらに気づいて、ギリ、と睨みつけてくる。
順風満帆な人生を過ごしていたわたしに、戒めのように現れた人間。
煮湯を飲まされ、屈辱を味わわされ、自信を奪われた。
愛するひとと過ごせたはずだった時間は戻らない。
この先長い人生があったとしても、失われたわたしの半年間は戻らない。
それがどれほどの傲慢か知らずにいたあなたは、
これからいやでも知ることになるわ。
きっと領地で大人しくしていれば見つかることもなかったのに。
ラスト様があなたを管理してくれる。
まぁ、それは気づかずにいるほうがしあわせかもしれないわ。知ったこっちゃあないけれどね。
ーーあととりあえず、
『ーー…それは癖なのですか?胸で手を組んだり、上目遣いが多いのは』
『ひごよくだよ!…知らないの~?』
『庇護欲。…成る程…』
『くすっ。…きみにはないもんね?それに僕はあざとかわいいから~』
「あざとかわいいとか自分で言うのどうかしてる」
庇護欲あるとか言っちゃうのも。
わたしは真顔だったのだろう。
ラスト様はまた大きく笑い、性悪は口をあんぐり開けている。
ロビンは、笑っていいのかどうしていいのか神妙な表情で耐えていた。
「……重いわよね……ごめんなさい……」
「……軽すぎて落としそう」
「…受け身は取れるわ」
「ふ、」
ラスト様が抱き上げたままでと言うから必死に抵抗していたのにロビンはあっさりとわたしを抱え、「公爵家の者として言ってるんだよ?」ついには家格を持ち出され屈服してしまった。
またね、と足取り軽く向かう先の人物は、もう見えなくなっていた。
「…」
初めてでもないのに、
心臓がうるさくてどうにかなってしまいそうで。
わたしはずっと俯いていた。
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