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魔女の餞
終幕
静寂。
「ーー、…っ、……、ルクステラ……?」
「殿下、ーーミゼ、レー…」
時を司る女神さえ刻むのを放棄したような世界で。
煌びやかな光の下で、
異形に身を焼かれた少女が崩れ落ちると同時に、地鳴りのような震撼。
窓硝子は砕け散り、人々は這いつくばる。
駆け寄る中年の男女。青年。
逃げ出そうとする女。
悲鳴。怒号。慟哭。
目の前の男は無様に呆然と、立ち尽くしていた。
「……まるで悲劇ね。笑っちゃう」
魔女は黒衣に身を包み王宮の庭、夜会が開かれている広間が見渡せるトネリトの木の上にいた。
男が落とし音もなく消えた短剣をもて遊びながらやがて飽いてそれをまた消すと、何かを空から取り出す。
そうしてふわりと折れそうな枝に浮くように、
夜の闇に溶け込みながら、一部始終を見ていた。
治癒師が取り囲み回復魔法を乱打している。反応の速さは認めるが魔力が乱れている。王宮専属だろうに情けない。それに気づいてもいない。
その少女は。
身を挺して、魂まで擲ち、己の一切を犠牲にし喰われた少女は。
もういない。世界の、どこにも。
少女はこの国の公爵令嬢で、男は王太子だった。
仲睦まじいことで有名だったがある日ひとりの男爵令嬢が現れてから国ごと暗雲に呑まれる。
魅了持ちの女は身近な者から始め、王族まで手を伸ばした。
いくつもの婚約は白紙になり、少女の婚約も破棄されたが国は特に乱れなかった。
そのころには魅了は疫病のように蔓延していたからだ。
増幅し、増大したそれはやがて呪いへと変貌する。
呪いは強い念となる。自覚すれば作用する。
特に女のお気に入りだった王太子ーーその婚約者だった少女は、世のすべての悪意を向けられるかのような惨い仕打ちを受け続けた。
少数ながらいた少女を救おうとした者、不敬覚悟で国王を諫めた者は悉く屠られた。
国そのものが崩壊するのも時間の問題と思われたとき、異変に気づいた隣国から使者がやってくる。
そのなかには見目麗しい第二皇子がいた。
強欲の権化のような女が指を咥えるだけのはずもなく、当然のように皇子にも触手を伸ばす。
だが危ういところでそれから逃れた皇子はすぐさま国へと戻り、皇帝へ報告した。
友好国同士だが下手な干渉は内政干渉にもなり得る。
皇帝は第二皇子への不敬行為について抗議、加えて懸念を伝える内容の新書を送ったが返ってきた返事は宣戦布告だった。
これには皇帝含め大臣以下みなが呆れた。
ーー少女は王宮の仕置き部屋で王太子らの会話からそれを知った。
件の女が、第二皇子に袖にされたことへの逆恨み。
信じられなかったが事実のようだった。
隣国がまともに取り合うとも思えなかったが万が一、はじゅうぶんあり得る。
そうなった場合。
隣国とは国力も戦力も差がありすぎる。
確実に負ける。国が、民が、殺される。
そして決意する。
憚られるような媚を売り、娼婦のようにしなだれかかり監視の騎士を篭絡し脱出したのだ。これも女を見て学んだことだった。
そうしておなじような行為をくり返し、魔女の住む森までやってきたのだった。
ボロ切れのような少女だった。
あまりの容貌に顔を顰めた魔女は話もせず追い返す。
だが何度も何度も、少女はやってくる。
国が滅びようと魔女にはどうでもいいことだった。住処を移動すればいいだけだから。
なんなら滅んでしまえとすら思っていた。
仮にも王族という立場の人間揃って陥落するなど、滅ぼしてくれと言っているようなものだ。
少女があまりにもしつこいので、拘束魔法をかけながら脅しつけてやった。
くり返しても、少女は決して根を上げなかった。
ーー慣れすぎている、痛みに。
魔女は半ばうんざりしながらそれを解き小屋に招いた。
回復魔法は得意ではない。薬草を調合しながら合わせてそれを進める。
白い肌は暴力の跡で傷だらけだった。
すべて完治できたわけではない。
けれど痩せこけていた身体も幾分まともになり、肌艶もほのかによくなった。
瞳だけは最初から、輝いていた。
少女はかわいらしい顔をしていた。
強靭な意志を秘めているとは思えないほど幼くもあり、儚げであった。
魔女は少女との出会いと、最後の会話を回顧する。
『ーー…ほんとうにその覚悟があるの?二度と逢えないのよ。現世の因果律にあなたは組み込まれない、二度と。生まれ変わることもできなくなるのよ。あなたを虐げた人間のために、そこまでする必要があるの?』
『……あの方の本意ではないもの』
『隙があったから魅了なんかにかかったのよ自業自得じゃない。…何がおかしいの?』
『だって引き留めるから…。魔女、って…もっと冷酷で、ヒトになんて興味ないと思っていたから』
『ないわよ。でもあなたしつこかったもの。
脅しても痛めつけてもわざわざ死ににやってくる馬鹿はあなたくらいだし。だからあなたには砂粒ほどの興味はあるのよ。…まぁいいわ』
ふん、と鼻を鳴らした魔女がゴトリ、とテーブルに置いたのはなんの装飾もない短剣。
ただ一目で異様だとわかるのは、柄から刃まで凝固した血液のように赤黒く変色していたからだった。
"気狂い亡者の剣"
『自死はだめよ。無駄死にになるから。
あなたが引き受けるには対象に殺されなきゃだめ、つまり、ーーあなたの愛する王太子に、ね』
『、…。そうしてすべての呪いはわたしに。…みんな、元通りになるのね?』
『そうよ。術者を殺しても発動した呪いは消えない。いちばん強い念は王太子に向けられてるからそこを断てばみんな元通り、ハッピーエンドよーーあなた以外は』
『……信じるわ』
『心外ね。騙すことはあっても嘘はつかないわよ。精霊と一緒になんかしないでよね』
『ふふ…でもわたしの加護はこのためだったんだと思うの。
……わたしひとりの犠牲で元通りになるのなら、それは運命よね』
その加護とやらに勝手に運命を捻じ曲げられたというのになぜそんな風に笑顔でいられるのか。
魔女には理解できなかった。
ーーファルビアソードは、"精霊殺しの剣"とも呼ばれている。
正確には加護を失くすだけだが、通常その人間の寿命とともに自然に失うしか方法のないものを無理矢理引き剥がすことができるため、そう呼ばれている。
使用された人間は、恩を仇で返したと見做され穢れとなり、理から弾かれる。
妖精、天使、悪魔、精霊。
それぞれ崇拝する者は多いが、いちばんタチが悪いのは精霊だと魔女はつねづね思っている。
妖精はどうでもいい。天使は人間になど干渉しない。悪魔も契約者を裏切らない。
だが精霊は。
気まぐれに加護など与え干渉する。
その影響など考えることもせず与えてやった事実にのみ満足し、あとは知らん顔。
気分でカラカラと向きを変える風見鶏。
それなのに根強い信仰があるのは、加護の恩恵を受ける者が多いから。
振り撒く呪いもあるというのに、そのなかに埋もれてゆく。
頼んでもいないのに勝手に押しつけて、大事にしなかったと怒り狂う連中。
退屈しのぎに遊ぶだけの、善悪の概念すら持っていない奴ら。
与えられた加護が何たるかは当人しか知り得ない秘匿。故に魔女は少女の加護が何かは知らない。
短剣を使うと目をつけられることもある。めんどうではあるが契約はぜったいだ。
魔女が呪いの解除方法と短剣について教えてやると、自分なら大丈夫だとどこかほっとしたように言った。
くどくどと死ぬのだとくり返しても、それでもいいと譲らなかった。
まったく頑固で、強い少女だった。
魔女の手のひらのなかには、宝石眼と呼ばれる七色に輝くうつくしい眼球がふたつある。
膨大な魔力が込められているのに、慈愛にも満ちた優しい光を放ち続けている。
精霊たちもこの力に魅せられたのだろう。
本来であれば、加護など必要なかったはずだ。
奴らは躍起になったに違いない。
代償を求めたとき、少女はあっさりと了承したものだ。
代わりに埋め込んだのはただのガラス玉。
空になった眼窩で微笑んでいた笑顔を思い出す。
『……ありがとう、魔女さん……』
少女は愛しい男を最後に見ることもできず、死んだのだ。
少女には、多分に情緒をかき乱された。それも悪くなかった。魔女はうすらと笑い少女をしまうとまた会場に視線を移した。
回復魔法の白い光は消えていた。やっと。
誰もが慌ただしく動いているなかで、男だけが変わらず立ち尽くしていた。
虚に眼下の少女を見つめたまま。
虚に。
ーーお前が。
お前が、正気をなくそうというのか。
よりにもよって、お前が。
そのとき男の足が動いた。
長く停止されていた世界が漸く動き出す。
ただしそう感じるのはほんの一瞬だろう。
そのあいだの時間も。記憶も。行いも。正しく存在している。
自分たちが何をしたか。しなかったか。
誰を虐げ、殺したか。
「都合良く、忘れさせてなんかあげないわよ」
その身を今度は、
魔女の呪いが彼らを、蝕んでゆく。
それは餞。
愚かな者たちへ。
憐れな少女へ。
END.
※お読みいただきありがとうございます!
タイトル&サブタイ先行で思いついたお話だったのでどうしても一話に収めたかった私めでございます。
長いか?と思ったけどまいっか♡(ゆるゆる)
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