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ルーシー⑯
しおりを挟む「ルーシーちゃんやっほー今日のオススメは?日替わりなに?」
「あ、メイジさんこんにちはーいらっしゃいませ。えーとね、昨日カスラの葉をいっぱい採ってきたので、それを油で揚げて、「カスラ!?山に入ったの?ひとりで!?」
「いえ、ひとりでは「危ないよ!今度ぜったい俺に声かけて!守るか「ーー必要ありません。」
ぐいぐい前のめりになられて引き気味のわたしの視界は黒色に遮られた。
低い声でぴしゃりと告げたリツさんがゴトリ、とコップを重く置く。出た、とうんざりするようにメイジさんがつぶやくのが肩越しに聞こえる。
「俺が同行していてルーシーお嬢様に危険が及ぶことなどあり得ないので」
「…お前はなんなんだよ毎回毎回…」
「ルーシーお嬢様の護衛兼皿洗いを任されています」
「知ってるよ!黙って皿洗いだけしとけよ!」
「食事以外の入店目的には厳しく対応するよう雇い主に言い含められてるので」
「く…ッ忠犬か…!」
「お褒めいただき光栄です」
「褒めてねえんだよぉぉお…ッ」
わあわあ騒ぐメイジさんを同僚のひとが宥めてくれているあいだにわたしたちは厨房に戻り、途中。
「……雇い主に…?そんなこと言いましたっけ…?」
嗜めるように問うわたしに、
「言葉のあやです。そう言えば相手は勝手に誤解してくれますから」
リツさんはニッコリと笑った。
町の中心から少し外れた街道近くのちいさな食堂。
働き始めて一年が過ぎた。
三か月まえ、店主だったおかみさんが身体を壊して療養のために息子さん夫婦のいるとなり町に行くことになり閉店しようかずいぶん話し合った結果、わたしに託してくれたお店。
品数の少なさとおかみさんが残してくれたレシピのおかげでなんとか成り立っているだけだけど、今日のように何品かは自分で考えた料理を日替わりで提供したりしている。
おかみさんの引っ越しと同時に移り住んだここは二階が住居になっていて、
「ーー…じゃあおやすみなさい、リツさん」
「おやすみなさい。何かあったらすぐ呼んでくださいね」
わたしはそこに、リツさんと暮らしている。
ーーと言ってもリツさんの部屋は一階の倉庫を改装したところ。
広くはないし、狭いほうが落ち着くんです。と、リツさんは言うし。
……二階にも一部屋余っているけれどさすがにすすめられないから、そのままだ。
ごはんは一緒に食べるし、お風呂なんかも二階だから寝るときだけリツさんは部屋に戻る。
そんな生活も、三か月。
ほぼ一緒に過ごしているわたしたちの関係は特に、変わっていない。
"言うのが遅い!"と、リツさんは叔父さんにしこたま殴られたんだそう。
叔父さんもお父さんも、リツさんのことはとっくに知っていたらしい。雇う人間の素性を調べるのは当たり前だと。それもそうかと思う。どうやって調べたのかはわからないけど。
それでもすんなりとゆるしてはもらえず下働きのような雑用をしていると、
久々に会ったリツさんはわたしに話してくれた。
憑き物の取れたような表情が、印象深かった。
そうしてなぜか、わたしが名ばかりだけど新しい雇い主だとあり得ない話になり無理だと何度も言ったけど、それも罰だと叔父さんは笑っていた。お父さんも不満そうにうなずいて。
わたしといることが罰なんてひどいんじゃない?お給料も出せないのにと食い下がってもそれが決定事項となってしまい、今に至る。
ーー…仮にもわたしは告白をされた身なのでそういった不安みたいなものもあったんだけどリツさんは、……あの日以来そんな素振りは見せず。
なら変に意識するのもなあ、と、今日みたいなことがあると助かるのは事実だしリツさんは皿洗いも上手だ。
たまにお互い敬語が外れることもある。
このまま気楽に、リツさんが元の仕事に戻れるようわたしもがんばる。
……だめだめ。
衣食住が確保できてるだけでありがたいんですと気を遣わせてしまってるリツさんにせめていくらかでも、お給料を払えるようになるまで気を引き締めてがんばろう。
強くなってきた雨音を聞きながら目を閉じた。
「ーー…、…?」
物音がした気がして、目が覚めた。
外はまだ暗く、雨は窓をたたくほど。
夏になろうとする季節に、こんな雨が降るのはよくあること。
いたずら妖精もうれしくて大暴れしているのだ。
がたん、と混じって聞こえたのはやっぱり気のせいじゃないと起き上がり、そろりとドアを開ける。
風でなにか飛ばされてぶつかったのかもしれない。
…リツさん大丈夫かな…まさか浸水?なんてしてないよね。高台だし…。
階段を下り、呼びかけても返事がない。
寝てるのかな。…リツさんが寝ていられるなら平気かも。
もし不審者とかならぜったいーー
「…っ!?」
念のため店内を見てから戻ろうと振り返ったわたしは暗闇で、突然口を塞がれた。
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