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ルーシー⑮
しおりを挟むもしも、ユラさんが人間だったら。
もしも、わたしが獣人だったら。
もしも、わたしたちが"運命"だったらーー。
「わたしが恋をしたのはユラさんです」
それはなんて、幸福な夢だろう。
数えあげればキリがない。
もしも、たら、れば、
それを言い出せばキリがない。
「わたしたちはそれでも出会って、愛し合えたんですよ?…しあわせでした。…ユラさんはちがうの…?」
わたしの言葉に顔を歪ませて、
「…………違わねえよ、でも、」
俺を捨てるんだろう、と。
ちいさく零す。
「俺が、お前を傷つけたから。……裏切ったから、
もう一緒にいられねえんだろ……?
……俺がヒトだったら、」
「…」
「……何回も悔やんだ。後悔した。夢ならいいって思った、のに、……現実はコレだ。
父親のようになりたくなかった。母親のように傷つけたくなかった。
……お前のそばにいれば、俺はまともな人間になれると思ってた……」
ルーシー。
「もうぜったい、……だめなのか」
叱られてる子どもみたいに、彷徨って漸く合う視線は不安に揺れているよう。
まるでほんとうに、捨ててしまうのは自分なんだと錯覚させられる。
捨てられたのはわたしだと思ってた。捨てるのはわたしだった?
「…………死なないで」
でも手を離すということは、そういうことなんだろう。
もう掴めない。
言い繕っても、わたしはユラさんを見捨てようとしているのだから。
「死なないで、ユラさん。生きてください。
わたしも、生きていきます」
しあわせであればあるほど、
突然やってきたそれに打ちのめされる。
どうにかして繋ぎ止めようと、結び直そうと足掻いても、綻びばかりに気を取られて。
後ろを振り返るばかりで、一歩も踏み出せない。
歩き出すためには、手放さなければいけない。
「…………残酷だな」
わたしたちはもう、一緒にはいられない。
「強いな、お前は」
「そう、ですか?」
「あぁ、」
「…、」
「…………好きだなって、思うよ」
さみしそうに笑うから、胸が詰まってどうしようもない。
ユラさんが手を伸ばす。
触れかけた指は、空気を撫でて離れた。
「……わかってたんだ……」
そのまま胸の辺りを握りしめて、伏し目がちに微笑んだ瞳がひとすじの流れをつくる。
「……まっすぐ帰ればよかった……一緒に、選べばよかった……」
それがどういう意味かは、わたしにはわからなかった。
ただユラさんが掴んでいるそれは消えない想いみたいで、それが痛いくらいに伝わる。
震える。
寒さのせいだって自分に、言い聞かせながら。
ーー馬を引き連れて、イグラムさんと宿のひとたちが先へ行く。
「じゃあな」と、最後にユラさんがたてがみを一撫でてその背に乗った。
横顔が、髪に隠れて見えなかった。
「行ってくる」
「…いってらっしゃい」
「…」
「…」
「……ルーシー、」
「……はい」
愛してる。
「お前との約束を守る。願いを叶える。今度こそーー……でも、…俺が愛してるのはやっぱりお前だけだから、……それだけ、許してくれ」
どんな表情かも見せてくれないで、そのまま去ってゆく。
最後。
これがほんとうの、最後になる。
わたしたちはたぶんきっと、二度と、会わない。
「…っ」
両手で顔を覆う。
目だけは、その姿を追いながら。
ーーまって、
まって、ユラさん、
行かないで。
行かないでよ、ユラさん。
こんなつもりじゃなかった。
こんな風になるなんて思ってなかった。
ここでは笑顔で、過ごせるはずだった。
一緒に。
これからも笑顔で、過ごせると思ってた。
消えない想いならわたしだって、たくさんあるのにーー。
この期に及んで未練に縋って、なにをやっているんだろう。
でも、
届く、まだ。
名前を呼べば、きっと。
「ーーっ、」
振り返って、わたしをーー。
見えなくなる背中が、
この焦燥感がほんとうに最後だと教えてくれている。
なのにわたしは自分の手が離せない。
だいすきだって伝えたい。
行かないでって縋りたい。
叶うなら何も、なかったことにして。
そんな"もしも"があるなら、
それはなんてーー。
夜、夢を見た。
ユラさんはちいさな手を握って、笑っていた。
となりに誰かいたのかはわからない。
でもわたしじゃない。
それがかなしかった。
でもユラさんが笑っていたから、それでよかった。
ユラさんはきっとそのちいさな手を離さない。
ユラさんのしあわせが、その手のなかにある。
夢見がちなわたしの都合の良さに泣き笑いながら、綺麗な銀色がやさしく揺れるのを見ていた。
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