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ルーシー⑱
しおりを挟む皺になるほどシャツの袖を掴めば、苦しそうな表情でこちらを見る。
そんな状態のまま、勝手な我儘で引き留める自分に嫌気がさす。
「…………嫉妬、しました…………」
「ーー……しっと、?」
意味がわからないというように問い返されて、挫けそうになる。
「……っ、リツさんの苦しみが減るなら悪いことじゃないのに、…誰かいるんだって思ったらその相手に嫉妬して、…だからリツさんがどうとかじゃなくて、そんなことは思ってなくて、…ごめんなさい…わたし、」
リツさんは微動だにせずわたしを見つめる。
「ほんとに、自分勝手で…、自分のことしか考えてなくて…都合がいいって、思うかもしれないけど、……今さらだって、思うかもしれないけど、っ」
まっすぐな視線に耐えられなくて逸らしてしまう。落としたさきの自分の手は、情けなく震えていて頼りない。
こわくて目を閉じる。
「っ、…………リツさんがすきです、…………」
雨音に、紛れてしまえばいいと思いながら、
その言葉は自分の耳にはっきりと届いた。
「…………リツさんが、……すき……」
くり返す言葉は彷徨ったまま、行き場をなくす。
ーーなにか、
おねがいだからなにか、言って。
「ーーーーそんな都合の良いこと、」
「…っ」
「ふざけてる。」
「っ、…リツ、さ、」
「あり得ない。
ーーそんな、ゆめ、みたいなこと、」
嘘だ。
かき消えそうなくらいちいさな声が届く。
「……っそじゃない、」
「嘘です」
「ッ、…リツさん…っ」
縋るように呼ぶわたしを瞳まで震わせて、
「嘘じゃ、ないなら、」
どこか、遠くを見るみたいに。
「あなたから俺に、触れてください」
いとおしさにどうにかなりそうだった。
もう触れてるよって言えたけど。
そんなもったいないことは、わたしにはできなかった。
「……今はむりでも、……嘘じゃないって、……夢なんかじゃないってそれだけ、……知っててください……」
のろのろと動くわたしをリツさんが追っていた。
やわらかい髪のてっぺんに頬を寄せ、抱きしめる。
「こんないいこと俺に起きるはずがない」
そろそろと両腕を腰にまわし、
「……俺が好きなんですか」
「…すきです」
「…………ほんとうに…………?」
何度だってそうだと、
答えればリツさんはそれを確かめるみたいに手を伸ばす。わたしにしがみ付くように。
涙が髪に流れてゆく。
両手じゃ足らない。
信じてほしい。
「だいすきです。リツさん」
何度だって伝えるから。
「ずっと甘えててごめんなさい。…傷つけてごめんなさい…これから、さき、リツさんの苦しみや痛みを、わたしに分けてください…そばにいさせてください…。
……ひとりにしないから、」
もう二度と、
「…………置いていったり、しない」
ーーからだが、熱い。
「こんなにしあわせだと、思ったことはない」
見上げたリツさんのうるんだ瞳に引き寄せられる。
「…………愛しています」
熱を帯びたくちびるは互いに震えていて、せつなさにまた、涙を零した。
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