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ルーシー
しおりを挟むーーどんな顔をして、会えばいいんだろう。
あたためたお湯をすくい終わり、タオルをあてながらぼんやり考える。
……熱い……。
やっぱり冷たいままでよかったかもと覆ったしゅんかん、ふわりと背中から包まれた。
「おはようございます」
「っ、!お、…はよう、ございます、…」
カタコトの言葉で固まる。
耳もとでゆるりと笑われるからくすぐったくてタオルから顔を上げられない。
「雨止まないですね」
身体が冷たい。
「…………リツさんは、どこに行ってたの」
思ったより拗ねてるみたいな物言いになって自分がはずかしい。
きゅっと腕が強くなったから余計上げられなくなる。
「…あなたがすぐ眠ってくれたから助かりました。ーーでなきゃ、我慢できなかった。」
「っ」
「頭を冷やすためもあったけど…寝顔を見てたらどうしても行きたいところがあって。ひとりにしてすみません。あとで話をきいてくれますか?」
「……はい」
「……さみしかった?」
「…………うん」
「かわいい…」
「、…わたし出るから、身体、あっためてください」
「一緒に入ってくれますか?」
「!?」
ばっと勢いで上げてしまったら、それをわかってたみたいに
「…やっと目が合った」
まだ薄暗い夜明けに。
運んでくれたであろう自分の部屋で目覚めたとき、ひとりだったのがさみしかった。
そうしてすぐ自己嫌悪に陥る。
リツさんは、体調が良くなかったのにわたしはーー。
不安で、心細くて、ーー少し、こわかった。
だからドアの開く音にどんな顔をして、会えばいいんだろう、と。
「…………おかえりなさい」
「……ただいま」
鏡越しの表情はただやわらかく、やさしい。
こわいことなんて、ひとつもなかった。
わたしはこのひとがすきだ。
ただそれだけを思って笑ったら、
リツさんは驚いたような顔をして、…かわいい、とぼそりとまた言うから熱が上がってく気がしたわたしは、腕がゆるんだ隙に逃れようと動いた。
その逃げ道を、リツさんの長い腕が塞ぐ。
「キスしていいですか?」
「っ、だ、だめ、」
「そうですか。ーーじゃあ、髪に、」
「っ」
「耳に」
「ひゃ、」
「肩」
「…っ、リツさ、」
覆い被さるように影が落ち、
「……瞼に、」
タオルを掴む手に重ねる。
「…っ」
頬へとちいさく音を立てる。
瞬きのあいだに二度目のくちづけ。
掬うように何度も触れられてうつむいていた顔は上がり、
ぬるりと遠慮がちな舌に入り込まれれば息が漏れた。
反射的に逃げようとした舌はすぐ捉えられ捕まる。絡め取りながらなぞるような動きはそれでも逃さないと言っているみたいで、その熱に震える。
くちゅり、…と長く続く水音にシャツを掴むちからが抜けてゆくわたしを、耳のしたから差し込まれた手のひらと腰にまわる腕が引き寄せる。
まぶたの奥からしびれるように熱くなって、溺れそうだった。
苦しくて、立っていられない。
「大丈夫ですか?」
「…っ、は、ぁ」
「運びましょうか、だっこで」
「…っ」
「…ふ、」
ふるふると首を振るのに手を離さない様子がおもしろいのか、
見上げるわたしの顔がおもしろいのか、
リツさんは目を細めちいさく笑う。
息を乱すわたしと、途切れてもいないリツさん。
はずかしくて、
撫でるゆびがやさしくて、
胸がぎゅうっと、せつなくなる。
ふいにおやゆびで、くちびるを拭われた。
「待っててください。…すぐ行くから」
それは眩暈が、するほどーー
ふらふらと辿り着き、余韻に耐えられなかったわたしはあろうことかまた眠ってしまいーー「……嘘だろ」と、呆然と漏らしたリツさんのひとことを聞き逃したことを知らない。
はっと目覚めたとき、今度はひとりじゃなかった。
背中の体温に抱き込まれている事実に少しの罪悪感と、いとおしさを感じながらその手を握りまた微睡んだ。
雨の音にやさしく遮断され、ふたりだけで。
ーーそれから。
永い時間をわたしは、リツさんと過ごすようになる。
しあわせで、手放したくない宝物のような日々。
そのなかでわたしの過去は想い出になって、褪せていった。
ーーいつか見た夢の話を、リツさんに話したことがある。
一度だけ。初恋だったんだと。
不機嫌さを隠そうともせずわたしの髪をもてあそびながら、
少し、気持ちがわかる。と、長いゆびに絡めた。
『あなたのそばにいられてこんなにしあわせだと思うことはないし、あなたがいないと生きていけないとさえ思う。……そばにいられないならどんなに苦しいか、その辛さは理解できるような気がします』
ーーどうか、
『……それに俺は、運命なんて言葉でくくるのは好きじゃない。
それなら結ばれなかったから運命じゃないのか、
そのとき感じた想いはどうなんだって、話になるでしょう。
…………たしかにあったんだから。』
知りませんけどね、と、不貞腐れる腕のなかに飛び込む。
しんぞうの音。奏でられる音楽のように心に響く。
わたしの居場所。
『……まぁそう思えるのも今しあわせだからなんですけど。…俺があなたに愛されるために毎日どんなに必死か、知ってます?』
わたしもおなじだから願うのも、祈りも。
『……最後ですよ』
だからどうか、と。
『……愛しています、リツさん』
そうして開いた視界には、もうこのひとしか映っていない。
『俺も愛しています、……ルーシー』
頬を赤らめて、まだ慣れないと言いながらその度に、大事そうに紡いでくれるひと。
時折り乞うように見上げ、見下ろすときは確信めいて。
浴びるほどの愛で、満たしてくれる。
……離さない。
癖のようになっているわたしの仕草にリツさんは綻んで、手のひらを包んだ。
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