『甘露歴程 …ハイチュウ、17世紀 アジアを平定す…』

与四季団地

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プロローグ

5・ハイチュウ

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 とりあえず、右近太夫に思いついた質問をし終え、一彦は小脇に抱えていたハイチュウの小箱を持ち直した。
 待機している<髪飾り族>の兵隊たちに配ろうとした。
 ハイチュウの小箱は、12粒入りの最小単位の製品が12個入っている。
 つまり、小箱で144粒だ。
 それが二箱ある。
 計288粒。
 右近太夫は<300人隊>のリーダーだそうだ。
 少なくとも、ここには300人はいるようだ。
 足りない。
 一彦は小箱を右近太夫に「ちょっと持ってて!」と渡すと、トラックに、もうひと箱 取りに行くのだった。

 ハイチュウのオーソドックスなグレープ味。
「これは、俺の世界のお菓子だ」と右近太夫に説明する。
「おい、これから、こん人が、こん人ん国 お菓子ば配ってくるるぞ!! 全員ん分ちゃんとあるけん、みんな慌てず、ちょっと並んでくるるか?」
 すると、兵隊たちは、のそのそと立ち上がり、整然と並び始めた。
 あんまし興味ないのかなと思いきや、その褐色の肌に興味津々の瞳の輝きを宿していた。
 この従順さは、この民族の性質なのかもしれない。
 しかし、不思議なのが、右近太夫の話の内容は、ジェスチャーで理解されるレベルの内容ではないと思えた。
 なのに、現地人の兵隊たちは、それが理解できているようなのである。
 どうあっても、日本語が分かるとは思えないのだが。
 右近太夫は兵隊の何人かに指示し、配らせていた。
 小箱を開封し、包装を剥き、整然と並ぶ兵隊たちに一粒づつ配っていく。
 褐色の肌の民族だが、その手のひらは白く、血色良き赤みが差していた。
 ほとんどの兵隊の顔が友好的な笑みをたたえていた。
 それ以外の者も、敵意はなく無表情であった。
 一粒なんて、ちょっとせこいんじゃないか、もっとあげてもいいんじゃないか、とも一彦は思うのだが、そこは、先ほどのオリオリオの助言を参考にした。
 「現代」に帰れる目途はない、ハイチュウは強力な「武器」になる。

   ・・・この時代の人にとって、現代の甘味の魅力は、それはもう麻薬のように絶大なの・・・
 
 みんな全員が手に持ってから食べるほどのものではない。
 兵士たちは、貰ってから、瞬間 考え、個別包装を剥き、丸ごと口に放り込む者もいれば、半分を齧る者もいた。
 一彦は、なおも配りながら、そんな反応を視界の隅で捉えていた。
「ちゅ、チュナンナァ!!!」
「パエム!!」
 口にした者が叫んだり呟いたりしている。
 「うまい」とか「甘い」の意味で言っていることが分かる。
 腰が抜けたかのように地面にへたり込んだ者もいる。
 冗談みたいにバターンと木の幹に倒れ込む者もいる。
 それを見て、不安そうな表情になる、並んでいた<髪飾り族>。
「平気だよ、平気だよ」
 一彦は笑いかける。
 こうしたコミュニケーションをしていると分かる。
 この、日本人よりも小柄な人たちは「いい奴らだ!!」。

 口に放り込んで、ひと噛みふた噛みし、総じて目を輝かせている、子供の様だ・・・。
「チュナンダィ・・・!」
「チュナンナァ!!!」
「パエム!!」
 
 配り終えた右近太夫も、包装紙を剥き、親指と人差し指で一粒をつまみ、手を回しながらしばし眺め、そして口に入れた。
 ・・・五秒後。
「なんやこん味は・・・!」「こん柔らかさは・・・!」「鼻に抜くるいかがわしか匂いは・・・!」
 右近太夫は、訴えるかのような視線をこちらに向けてきた。
 美青年の、そんな困惑と教えを乞うかのような表情は、一彦を優越感に浸らせてくれる。
 こちらは、ただ森永製菓の先人たちが創意工夫をして拵えた製品を運んでいるだけの人間に過ぎないのだが・・・^^;
「これが、未来の味です^^」
「ミライん味・・・」
 右近太夫の瞳は潤んでいた・・・。

 ・・・田中一彦は、製菓会社専属配送会社に入社し、研修するときに、取り扱う商品の歴史を学んだ。
 <ハイチュウ>は、これまで親しんできた製菓でもあり、その歴史はすんなりと頭に入ってきた。

 ・・・それまで発売されていたチューイングキャンディの後継商品として、1975年に発売開始された。
 現在までに131種類の各種フルーツ味が販売され、多くのスーパーマーケットやコンビニ、小売店で買うことが出来る定番のお菓子である。
 世界20ヶ国で発売されており、英語圏での「HI-CHEW」の名称は有名。
 「ハイチュウ」という商品名の由来は、先行商品の「森永チューレットをハイグレードにしたもの」。
 12粒入りのスティックタイプ商品の他に、各種テイストの一粒の個別包装袋詰めのアソートや、幼児用のスモールサイズ、栄養機能食品とのコラボ、変わり種ではアイスや飲み物、観光地の特産フルーツとのコラボの限定品も有名。

 作者(私)としては、その出会いは小学生の時であった。
 作者(私)はいい歳で、出会いは、ハイチュウが新発売された時のことである^^;
 それまでのチューイングキャンディは、チューインガムに比べ、やや下世話な印象であった。
 のみ込めないはずのガムをのみ込んでしまえるという背徳感は罪にも感じた。
 平べったいガムと同じ形状の売られ方をしていたが、ロッテのチューインガムなどのオシャレなパッケージに比べ、ガムの包み紙がアニメのシールになっていたりして、安っぽい印象だったのだ(今考えると、ガムの包み紙がシールだったことは画期的^^)。
 だが、作者(私)はチューイングキャンディーの優越を当初から感じていた。
 口に入れたものはそのまま消費でき、甘味のなくなったガムを口から吐き出すというひと手間がなくなったことは、ガムよりもはるかに嗜好品として充足感が得られた。
 現在、チューインガム市場の低迷に対し、ハイチュウの全世界的な人気は右肩上がりで、作者(私)が幼少期の頃に感じた「美味しさ」への勘は正しかったと言えよう。

 さて、そのハイチュウ、クメール=古きカンボジアでの人気はいかばかりか・・・。

 右近太夫と300人隊は、一彦に「好意」を向けてきた。
 オリオリオの話だと、あたかも、ハイチュウは、この時代の民を、』麻薬的に「虜(とりこ)」にするように言っていたので、尊敬や畏怖はもちろん嫌だが、感動されてしまうのも避けたく、ほのかな感動と、それに伴う「好意」ぐらいがちょうどいい。
 右近太夫の、同じ日本人の奥ゆかしさは知っているが、このクメールの民は、更に欲しがり暴れるようなことはけしてなく、ただ満足の表情を浮かべていた。
「では、おいと一彦、わいさんは、仮ん本陣に行こう」
「えっ? どこへ?」
「今、王がおわすアンコールや。異国ん者は調べらるる、なあに、きつかことばさるるわけやなか」
「でも、トラック・・・、いや、俺の車は?」
「そりゃ平気や。おいが不在でん、百人隊ん頭が三人いて、ちゃんと見ろってくるる」
 右近太夫はそう言うと、「百人頭(がしら)と精霊頭もだ、ちょっと来てくれ」と兵士のほうに向かって叫んだ。
 すると、瞬時に4人の男が現われた。
 4人は半裸の首飾りの、この国の戦装束だが、腰の飾りが朱色に染められていた。
「こっちからデピン、ソクラ、モーニー。肩にセイレイば乗っけとーのがモクや」
 正直、区別があましつかない。
 褐色の肌に、目と歯だけが白い。
 歯が見えているという事は、笑顔、友好の証だろうか。
 つきあいが長くなると、その個性も分かり、区別がつくのだろう。
 ただ、セイレイと言う名の小猿を肩に乗せているモクという男だけは、猿を肩に乗せていることだけで区別がつく。
「モクが、ちゅうか、ハヌンが、お前さんの車を守ってくれる。ハヌンは優秀だぞ」
「ハヌン・・・? もしかして、猿のこと?」
「ん? 猿やなかぞ。セイレイだぞ」
「セイレイ?」
「へぇ、そうだ、セイレイや」
 ・・・セイレイ、もしかして、精霊か?
 と、一彦が思い至ったとき、瞬間に空が陰り、巨大な影と、それが生み出す風が一彦たちを襲った・・・!
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