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プロローグ
4・森本右近太夫一房(2)
しおりを挟む前を歩く右近太夫を改めて見る。
中肉中背、落ちない汚れはあれども小ぎれいな薄青色の和装だ。
戦いの最中だからだろう、袖などはたすき掛けでたくし上げている。
腰に紺の帯が締められており、いや、違う、帯じゃなかった、そのまま袴になって下半身を覆っている。
腰には、いわゆる日本刀の大小を差している。
和服のことは分からなかったが、羽織っている物はなく、それは、この熱帯の気候ゆえ、脱いでいるのであろう。
よく軽快に歩けるものだ、わらじ履きだ。
頭はちょん髷だったのかもしれないが、今は伸びるままで、昔のキムタクのようなロン毛だ。
なかなかサラサラ髪である。
が、<髪飾り族>に属しているので、頭にはミスマッチな髪飾りの輪っかを締めている。
ただ、この髪飾り、頭を防御する「鉢がね」的な意味合いもありそうだ。
「ねえ、右近太夫さん、その刀で、敵を切ったりもするの?」
「へぇ、日本では使うこともなかったばってん、こちらでは使わんば」
そう言って右近太夫は振り向く。
一彦はドキッとする。
顔に白塗りの「戦いのメイク」はしていたが、その顔は眉目秀麗、…美青年であった。
「歳はいくつ?」
「数えで24歳ばい」
「俺は21歳です」
「へぇ」
こちらに興味津々のようだが、反応は薄い。
「ちょっともっと話したいんだけど」
すると、右近太夫は、日本語で、だけど身振り手振りでわかるように、前方で待機している髪飾り族の数百人の兵隊に言った。
「話ばするんで、ちょっと待っとってくれ。こちらがなにか、みんなにくるるけん、ちょっと待っとってくれ」
沈黙はしていたが、やや威圧を与えてきた兵隊たちは、右近太夫のその言葉で、やや静まった。
どう考えても日本語が通じているとは思えないが、兵士たちには右近太夫の言わんとすることが伝わっているようだ。
数百人の何割もの者は、その場であぐらをかきはじめた。
「何ば聞きたかばい。おいも聞きたかばってん、後で、軍ん上ん者にも聞かるるやろうけん、二度手間になるけん、今は聞かんのや」
「では、俺のほうが先ず聞きます」
「ここはどこですか?」
「南天竺ばい。原住民はクメールと呼んどー」
「・・・南天竺、・・・クメール・・・。右近太夫さんは、いつからここに?」
「2年前ん寛永9年や。最初は捕まり、信頼ば得て、300人隊ん頭ば任されとー」
「どこ出身なんですか?」
「肥州ん平戸や」
「江戸時代かな。江戸時代は日本は鎖国してるんじゃなかったですか?」
すると、それまで顔だけ向けていた右近太夫が、身体を対面させて、一彦を覗き込むように見つめた。
「鎖国・・・?」
一彦は、なんかおかしいことを言ってしまったのか? と焦る。
この時の一彦は考えが及ばなかったが、「鎖国」とは、現代の視点で江戸の歴史を解釈した時にあてはめた言葉であって、当時は使われていなかったのだ。
時代も場所も隔てた二人である、多少の言葉の齟齬はあるだろう、一彦は構わずに話を進める。
「クメールが戦っている敵の国の名前は?」
「シャムんアユタヤ朝や」
「なんで戦争してるの?」
「戦争ん理由は大概、場所取り合戦や。ここは古来からクメールん土地、奴らが攻めてきた」
「こちらが、シャムの土地を攻めることはあるの?」
なんか、もっと聞かなくちゃならないことがあるように思うのだが、頭が回らない。
「そう言うたこともあるごたーばってん、おいが来てからん2年はなか」
「これから、俺はどこに行くことになるの?」
「クメール王朝ん首都はウドンだが、今、我々は奇襲により、古ん都アンコールば奪還しよー。王もそこに来ていらっしゃる。そこに行くことになると思うばってん、アユタヤ朝ん反攻凄まじゅう、状況ん予断は許さん」
アンコール、それは一彦も聞いたことがある、アンコールワットのことだろう。
一彦が「アンコール」の名前を認識していたのはいいことだが、アンコール朝の首都はアンコールトム(王宮)である。
アンコールワットは、アンコール朝のワット(寺院)を意味するが、現代においては、その視界に広がる、あまりにもの大伽藍によって、アンコール遺跡を代表する建造物、イコール、アンコール朝のシンボルとされている。
「アンコールワット! 俺、知ってますよ^^」
「あれこそが祇園精舎や。おいがここに来た理由ん一つに、父ん菩提ん弔いと、年老いた母ん後生ば祈念する意味があったが、最上ん場所や」
「ここに来た理由・・・?」
「ああ、あと二つん理由がある。一つは言えん。もう一つは、アンコールに行けばわかろう」
「先ほどの女性(オリオリオ)は、俺と同じ世界から来たんだ。他にも、違う世界から来た人はいる」
「ウドンとアユタヤには日本人町がある。ばってん、わいさんんような、後ん時代ん者はおらん。日本人みたいんは、おいん故郷にもいたし、噂だが、こん国ん東んクァンナムにおるごたー。おいも、こん国では、わいと同じだ。早う来ただけや。日本では考えられんことが起こる。すぐにわかる。・・・、・・・さっきん女ん名前は何ていうったい?」
日本人町・・・。
右近太夫の方言と訛りはかなり聞き取りにくい、だけど、不思議と理解できた。
集中力が高まっているのか。
「あの女の人の名前はオリオリオです^^」
「わいん知り合いか?」
「いえ、違う。同じ世界の住人だった。違う世界からここに迷い込んで、同じ境遇だったから・・・」
「そうか」
「これから俺は、どのような扱いになるのでしょう?」
「悪か扱いにはならんて思う。日本人に二心がなかとは、こん国ん人は分かっとーけん、王と考えば同じくしてくれとー段においては、自由に動くる」
「なんで、この国の人は日本人を信じてくれているの?」
「そりゃ過去ん来朝した日本人が信用ば得たこともある。また、王んにきにはサラスヴァティーん力ば持つ者がおるけん」
サラスヴァティーの力を持つ者・・・、なんだそれは?
一彦は疑問に思ったが、そのうち分かるだろうと、それについて詳しく聞くことをやめた。
もっともっと、このような事態になっての、先ずは聞かなくてはならない現状把握への疑問というのは起こってしかるべきなのだが、最初にオリオリオから早口で、この世界でのサバイバル(生き方)のアドバイスを受けたせいか、本来ならばもっとパニックになっておかしくないのに、表現がおかしいけど、精神の混乱が「出鼻をくじかれた」感じだ^^;
いや、そもそもの一彦の、落ち着いた心持ちの性格もあるのだろう。
ともあれ、どうやら、この常識の異なると思われる<クメール国>において、一彦は、ある程度の自由は得られるようなので、徐々に理解していこうと漠然と思うのだった。
「わいも、甘味ん幻術ば使える。おいは剣術、わいは幻術や^^」
・・・カンミのゲンジュツ・・・、それについても、おいおい分かるだろう。
その時、上方から奇声があがった。
いわゆる「金切り声」だ。
ジャングルの空は、緑の木々で覆われていて完全には見えないが、その合間から、今は青い空が垣間見える。
先ほどまでは太陽が垣間見えていたが、今は移動し、雲一つない空が見えた。
その、超高空を二つの影がつかず離れずに飛んでいた。
求愛ダンスでもしているかのような、時折 接触していた。
が、そんなのどかなものではなかった。
「ガルーダ・・・」と右近太夫が悲しそうに呟いた。
「ガルーダ?」
「クメールんガルーダと、シャムんガルーダが戦うとー。クメールんはもう歳や。勝てん」
敵味方双方の「鳥」が空中戦をしているのだった。
二匹のガルーダが接触、激突するときに「金切り声」が響いた。
鉄の鳥がぶつかり合う音にも聞こえた。
一彦も右近太夫も、<髪飾り族>の300人隊も見あげて見守ることしか出来ない。
そして、いつしか、ガルーダの戦闘の音は聞こえなくなっていった・・・。
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