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プロローグ

3・森本右近太夫一房

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 ニザエモンに連れられたオリオリオは、<腕輪族>の兵士らと、緑深きジャングルへと、いったん、消えていった。
 一彦は、そんなオリオリオに、いつの間にやら立ち上がり、手を伸ばしていた、が、その手は空しく何もつかめない・・・。
 いま一度 腕時計を見る。
     13:22
 この地とは時差があるのだろうか。
「うっ・・・」
 気づいたが、身体がかなり重く感じる。
 かなり、負担が掛かっていたのだ。
 一彦の前には、数百人はいると思われる<羽飾り族>たちが、あたかも指示を待っている・・・。
 あまりにもの超展開の畳みかけに、一彦は混乱していた。
 ちょちょちょちょ、ちょーい! 落ち着け、落ち着け!
「すーっ!」と、一彦はゆっくり呼吸した。
 全然 落ち着かない。
「すーっ!」「すーっ!」「すーっ!」
 ふう・・・、段々 リラックスしてきたぞ。
 あたたかで、おそらくスコールの後の湿った大気はノドに心地よかった。
 最後にもう一度、深呼吸をしようとした。
「す~~~・・・」
 と、そこに、武骨な兵士たちの間から、涼し気な男が現われた。
「ゲホホホッ!」
 その突然に、咳き込まされた。
「申し訳なか、驚かせてしまったとか?」
 日本語・・・。
 ドラマや映画で聞いたことのある気さくな訛り。
 肌も色も他の兵士に比べて白い、…こいつが、オリオリオの言っていた「ウコンダユウ」?
 頭に、他の現地人と同じく、巻き寿司を作る時に使うスダレみたいな物を髪飾りにしていたり(羽飾りではなかった)、両の頬骨に白い塗り物をしているが、薄汚れてはいれども、着ている物は和装だ。
 腰に刀を二本差している。
 こんな場所には不似合いな、そしてお国訛りも不似合いな草食的イケメンだった。
「い、いえ、あなた、日本人ですよね?」
「・・・二ホン、・・・へぇ、ニッポン人ですたい」
「言葉が通じますね^^」
「へぇ」
 なんか、その返答の「へぇ」もピンとこないけど、気にしてはいられない。
「俺、いや、僕は、・・・なんて言えばいいか、違う世界から来ましたが、日本人です」
「わかるばい。江戸から来たと? 変わった服装やけん」
「そ、そう、江戸から来ました。あなたは、さっきの娘が教えてくれたんですけど、ウコンダユウさん?」
「へぇ、平戸藩士、森本右近太夫一房と言う」
 その年齢はアラサー辺りか。
「・・・カズフサ・・・、僕の名前は田中一彦、カズヒコ! 似てますね^^」
 そう言って、ふと下を見たら、先ほど、オリオリオが、一彦の額にあててくれていたハンカチが落ちていた。
 薄い青いハンカチ。
 右近太夫も一緒に視線を追っていた。
「それ・・・」と右近太夫、「それば貰うてんかんまんか?」と言ってきた。
 大事なオリオリオの持ち物、だが、この右近太夫は、この先の行動の中で重要な人物になるのが予想できた。
「え、ええ、でも、後で本人が返してと言ったら返してあげてね」
「かたじけなか」
 右近太夫は、やや頬を赤らめながら、素早くハンカチを拾い、懐に入れた。
 顔を赤くしている、こいつ、オリオリオに惚れたのか^^;
 まあ、彼女は、普通に現代日本で生活していても「すこぶるつきのイイ女だからなぁ」^^
 <すこぶるつきのイイ女>は表現が古いが、最近 一彦が、古い映画で聞いて気に入っている表現だ。
 そんな右近太夫の動きを見て、<髪飾り族>の兵士たちの数人から奇声が上がった。
 自分だけずるいゾ! てなニュアンスか。
 奇声はやまず、次第に怒声に変わっていった。
 ・・・、なんだよ、もっと右近太夫に色々 聞きたいのに、なかなか安心させてもらえないな・・・!
 兵士たちに糾弾されている当の右近太夫は、なんか嬉しそうな涼しい顔をしている、いい気なものである。
「どうすればいいんだよ・・・」と悩む、悩んだ末に、オリオリオの言っていたことを思い出す。
            <ハイチュウは武器>!!
「そうだ! こいつらにハイチューを食べさせてみよう」
 一彦は、「ちょっと、ちょっと待っとけ」とジェスチャ―込みで言い、トラックに向かうのだった。

 一彦は、自分の10tトラックに向かうのだが、平らに見えた地面が、なかなか歩きにくかった。
 例えるならば各種のテレビみたいな大きさの、大きな石のブロックみたいなものが崩れたかのように散乱しており、そこかしこに草が生えているのだ。
「そりゃ遺跡ん後や」と、ついてきている右近太夫。
「遺跡・・・?」
「こん国は建物ば石で作る。昔に作られたものが崩れたあとだ」
「へー」
 ・・・って、右近太夫の返信口癖の「へぇ」をまねした訳ではないよ^^;
 リモコンキーで、トラックの開錠をしようとする。
 ピッ、ピッ と音が開錠を知らせる、と、まあ、自分が車外に出されていたのだから、もともと開いていたんだと思う、運転中もロックしていなかったし。
 散乱した石の上をピョンピョン跳ねて、一彦はトラックに近づく。
 次第に、自分の身体に、この異世界への転移のダメージは少なくなっていってるようだった。
 そして、地面がボコボコなので傾いてはいるが、トラックにも、見える範囲では破損はない。
 どうやら、この<日野プロフィア・ハイブリッド>は、平らな地面に移せれば動くかもしれない。
 運転席のドアを開ける。
 社内のココナッツの芳香剤の匂いに、一瞬にして、それまでの生活への懐かしさがよみがえる。
 嗅覚とは、記憶への影響が非常に大きいそうだ。
 が、今は感傷に浸っている余裕はない、この熱帯の大気の暑さが、車内にちょっと身体を入れただけで、汗を浮き出させる。
 荷台には、今日の搬出量であった14万8000粒のハイチュウが梱包されて入っているが、車内の小寝台部分にはサンプルのハイチュウが数箱あった。
 それを取り出しつつ、ドリンクホルダーの、残っていたカフェオレを飲み干しておこうとする。
 うん、腐っていない。
 サウナ状態の車内なので、暑くてホットとして美味かった。
 これが、俺の飲む人生最後のカフェオレかも知れないな、と一彦は思う。

「そりゃなんや?」
 運転席から出てきた一彦に抱えられている2つの箱を見て、右近太夫が聞いてきた。
 一彦は、まだまだ現状への疑問さえ起らない程の、状況への条件反射しか起こらないが、右近太夫は、まあ、当たり前だが、同じ日本人のようだが、異相で特殊な鉄の車両とともに現われた男が気になってしょうがないようだ。
 一彦も、ちょっと立ち止まり、もう少し右近太夫を知らなくちゃと思った。
「これはね、俺の国でのお菓子だよ。みんなに配ろうと思って、右近太夫、君だけ、ハンカチ、いや、さっきの布を貰ったでしょ、他の兵隊の方々が怒っているみたいだから、これを配ろうと思ってね」
「へぇ」
「ところで、俺は、もうちょい、君のことを知りたいから、いろいろ聞いていいか?」
「・・・ハンカチ、あん布はハンカチと言うんか」
 ・・・右近太夫、オリオリオのハンカチのことで頭がいっぱいだ^^;
「ああ、・・・ハンカチのことは置いといて、とりあえず、ちょっとお互いのことを話そうか^^;」
「へぇ」
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