『甘露歴程 …ハイチュウ、17世紀 アジアを平定す…』

与四季団地

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第一部・アンコールワットへの道

7・命名アスカ、通称アシュカ

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   (写真はイメージです)

 クメールの王と謁見するため、これより、名前と、その外容だけは知っていたアンコールワットに向かうこととなった。
 田中一彦は、トラック車内で身支度を整えていた。
 と言っても、そもそも旅の用意などをして仕事に出ていた訳ではない、車内には特に何も準備されていなかったので、却ってものの数分で終わる。
 基本、夏でもないので、汗をかく仕事ではなかったが、不意の汚れ仕事で衣服を変えることもあったので、一組、予備のユニフォームを車内に積んでいたのは幸運だった。
 作業ユニフォームとは丈夫に出来ているもので、二組あったら、この状況下であっても、少なくとも一年は衣服の心配はないだろう、盗まれなければ・・・。
 いちお、この熱帯地方では不要と思われるが、防寒着としてのハーフコートもあった。
 一彦のいた現代日本は冬であったから。
 現代日本・・・とふと思っていたら、なぜだか記憶が誘発され、アンコールワットが、今でいうどこの国にあるのか思い出した。
 カンボジア、だ、この国はカンボジアなんだ、「世界ふしぎ発見!」で見たッ・・・!
 一彦が、特に深い興味を持っていた訳ではなく、この国を特定できたのは奇跡に近かった。

 作業靴も、丈夫な厚い革、つま先には鉄板が入っており、過酷な状況にも耐えられるだろう。
 薄い緑色の作業キャップも、強化プラスチックで補強されている。
 トラックの荷台からは、既に<ハイチュウ>の大箱を3箱 下ろしていて、右近太夫の侍従が先に運んでくれていた。
 ナップザックに入れるものも少ないのだが、一彦は、ダッシュボードの収納に入っていた発煙筒やカッター、タオルにハンド&リップクリーム、そして、読んでいた週刊プレイボーイも放り込んだ。
 先輩の言葉によると、昔はほとんどのページがヌードばかりだったそうだが、今のプレイボーイは、すっかりヌードが少なくなった、とのこと。
 プレイボーイはいつも買う訳ではないが、好きなアイドルの齋藤飛鳥が載っていたのでつい購入した。
 確かに、買った号にはヌードは載っていない。
 齋藤飛鳥についてはウィキペディアで調べたのだが、そのお母さんはミャンマー人だそうだ。
 カンボジアとミャンマーは近かったのではないか?
 オリオリオと齋藤飛鳥は似ていた。
 齋藤飛鳥が優し気な丸みを感じさせるのに対し、オリオリオはややシャープな印象だ。
 そのシャープさは、女だてらに大型バスを駈るヤンキー風味でもある。
 そこがいい!

 などと物思いにふけっていると、右近太夫の300人隊をまとめる4人の頭(かしら)の一人、精霊頭のモクがフロントガラスの前に立っていた。
 今のところ、それぞれのクメール人の区別がついていないのだが、モクは肩に、白っぽいグレーの小猿ハヌンを乗せているのでモクだと分かった。
 小猿の大きさは10センチ程か、可愛いけど、小さ過ぎる気がする^^;
「どうしました? チュナンの調子はどうですか?」
 一彦はドアを開けて言った。
 すると、モクは笑って、現地語で何かを言いながら、身振り手振りをした。
「チュナンの回復力は早いッチ。心配かけて申し訳ないッチ」と明るい。「ところで、ミーが、カズフサ隊長(右近太夫)に、このトラックを守ってくれと言われたッチ」
 <サラスヴァティ―>の超能力とやらで、モクの話す現地語は、一彦の心に、その言わんとすることはダイレクトに届く。
 しかし、なんか妙な「訳され方」であった。
「そ、そうですか、聞いてますよ、お願いします。出発の準備、もうすぐ終わります」
 すると、モクは、やや改まった感じで話しはじめる。
「カズヒコ、ユーはこれから王都に向かうッチ、カズフサ隊長以外のエブリバデと気持ちを通わせるには、精霊の小猿を連れて行ってもらうッチ」
「ん? ハヌンを?」
「ハヌンではないッチ。ハヌンの弟を連れて行ってもらうッチ」
「ハヌンの弟を・・・、なんで?」
「ユーがこうしてミーと話せるのは、<サラスヴァティ―>の力だけど、その力の範囲は無限ではないッチ。精霊小猿は、遠く離れ微力になった<サラスヴァティ―>の力を拾い上げて大きくする能力を持っているッチ」
 ・・・増幅受信機・・・。
「はぁ」と一彦は感嘆するしかなかった。
 現代の科学技術を、やや雑ながらも精霊動物が担っているのだ。
「ミーが特に言いたいッチは、精霊動物は、段々と子供を作れなくなっているッチこと。チュナン(ガルーダ)も、兄弟は僅かッチ。ハヌンの弟は、甘味魔法の使い手であるユーの、まさに<子供>となるッチ、大事にして欲しいんだッチ」
 そうか、精霊動物は少ないのか・・・。
 昔から少ないのか、それとも滅びゆく種なのか・・・?
 現代を知っている一彦は、後者だとも思ったのだが、それは分からない、そもそもの精霊動物の存在は、自分らの世界とは「違う」ことを意味しているとも思えた。
「では、その弟は?」
 すると、モクは、自分の肩の小猿に「行くッチ!」と促した。
 小猿は、トラックのサイドミラー、ドアの上、そして、一彦の方へとピョンピョンピョンと三段跳びした。
「キッチュ!」と叫んだ。
「ハーは、まだ赤ちゃんなので、ほとんど喋れないッチ。でも、その力はハヌンと同じッチ。ユーは、エブリバデと心でつながれるッチ」
「可愛いなぁ^^ ああ、この子、ハヌンじゃなかったのね」
「ハヌンは食事中ッチ」
「この子は生まれてどれくらいなの?」
「10日ッチ」
「ふーん、名前は? ついてなかったら、俺、つけたいんだけど」
「つけてくれッチ。それでこそ仲良くなれるッチ」
「さっきから、ハヌンの弟と言ってるけど、この子、女の子でしょ? モク、この子のことを『ハー(彼女)』と言った」
「そうだッチ、ハーは、ハヌンの弟で女の子だッチ」
 やっぱ、<サラスヴァティ―>の力も全能ではない^^;
「そうか、猿だからゴクーにしようと思ったけど、ならば、女の子だから『アスカ』と名付けることにするね」
「おお! 『アシュカ』、素晴らしい名前だッチ!!^^」
 おそらく、その名前のサウンドが、クメール人にグッとくるものがあるように思えるほどの喜びようだった。
「ところで、何を食べさせればいいの?」
「カズフサ隊長(右近太夫)の随伴が用意してくれると思うッチけど、しばらくは牛の乳でいいッチ。基本、雑食だッチ」
「ふーん」
「キッチュ!」
 すると、モクはやや言い難そうに言った。
「ユーの、あの、<ハイチュウ>はやらんッチほうが良いと思うッチ」
「なんで?」
「あれは!」と、モクは声を大きくした。「あれは魔性のものダッチ。うますぎるッチ。エブリバデを例外なく虜にしてしまうッチ。アシュカには刺激が強すぎるッチ!」
「そんな麻薬みたいに言われてもなぁ^^; じゃあさ、モク、俺が今、モクにハイチュウをあげると言ったらどうする?」
「当然、頂くッチ!!!」
「キッチュ!!」
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