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第一部・アンコールワットへの道
14・山田長政という男
しおりを挟む田中一彦らが、現在、クメール族が仮の王都としているアンコール・エリアへ旅立ち、日暮れとともに、旅路の適当な広場に天幕(テント)を張り、休息を取りかけていた頃、対するアユタヤ軍の前線陣地に、オリオリオはいた。
「なんですって! もう、一彦は命を落としてるかも・・・ッ?!」
仁左衛門の軍の本陣の天幕の中で、オリオリオが叫んだ。
透き通るように白い頬が一気に紅潮した。
その前にいた仁左衛門が答える。
「いえ、そんなにも簡単に暗殺を成功させてくれるほど、ウドン(クメール軍)の者どもは甘くないでしょう。でも、仮に倒していたとしても、おリオさん、これは戦(いくさ)なのです。敵は叩かなくちゃなりません。あなたのいた世界の様に平和な世ではないのです」
「・・・、あなた、私の世界を知らないでしょッ!」
オリオリオは、ちょっと話が逸れていると思いながら声を荒げた。
仁左衛門はクスリと口元に笑みを浮かべながら、「少しは知っていますよ」と言う。
オリオリオと仁左衛門が出会ってから、まだ、一桁時間しか経っていなかった。
しかし、オリオリオは、この老人に不気味と言うか、底知れない世間を超越した雰囲気を感じていた。
そう、この人物ならば、「未来」さえ見知っているかのような・・・。
・・・オリオリオは、この仁左衛門が、歴史に多少は詳しい者ならば、その名を必ず知っている人物であることを、その当人から聞いて知っている。
山田長政・・・。
オリオリオは、以前、テレビ番組『世界ふしぎ発見!』で見て、記憶が定かではないが、江戸時代に「タイで活躍した人物」と言うことだけは覚えていた。
「でも、田中一彦暗殺作戦のヒントをくれたのはあなたなんですよ」
と、仁左衛門が言った。
「ん?」
「あなたが先ほど、田中一彦と会見し、ウドン(クメール)の軍から離れるときに言ったのです。<私が敵ならば、この時(停戦が終わった直後)こそ敵を攻撃するから、仁左衛門、私を守ってね・・・、と」
「ええ、確かに言ったわね。私、バレー・・・、いや、スポーツ・・・、いえ、運動をやっていて、その試合の時、なんか激しい攻防が終わった直後こそ、全力で攻撃を怠らないことが勝利への道だった」
「あなたの時代の言葉を使っても、私には分かりますから大丈夫ですよ」
「えっ? なんで?」
「・・・<サラスヴァティ―の力>については説明しましたよね。特に、その能力に属する精霊動物を身に着けていると、その能力(翻訳機能)が増幅されるのです」
「身に着けている? 動物・・・?」
「はい、私は、もう歳老いて頭髪などほとんどないのです^^」
「えっ? だって、ちょんまげをしているじゃない」と、オリオリオは仁左衛門の頭に視線をやった。
すると、仁左衛門のちょんまげの先が割れた!
あくびをするように割れた。
細い舌がニュルッと踊った。
よく見ると、その両脇にはそれぞれ、小さな瞳がクリクリ光っていた。
「へ、ヘビッ!!!」
オリオリオはのけぞった。「き、キモっ・・・!」
こ、この人、蛇をちょんまげ代わりに頭に乗せているっ・・・!
「いや、こいつはこれで、私を暗殺者から守ってくれたり、毒で応戦もしてくれるし、役に立つんですよ」
「き、キモっ!」とオリオリオは繰り返した。
「この熱帯の中では、頭に冷えピタを乗せているように涼をとれるのだよ」
・・・なんで、この人、<冷えピタ(現代の商品。発熱時などに冷感を得たり体温を下げることを目的とした湿布状の冷却ジェルシート)>を知っているんだよ、とオリオリオは頭によぎらせたが、それ以上にヘビが悪趣味に感じていた。
かつて、ペリーの黒船来航時、日本に上陸した異国人は、出迎えに現われた侍たちの頭の髷を見て衝撃を受けたという。
あ、頭に拳銃を乗せている、と。
もちろん、誤解である。
だが、ヘビはそれ以上に衝撃的な被り物だ・・・。
仁左衛門はちょっと困った感じで、話を戻した。
「つまり、おリオさん、あなたが自分の危機を私に伝えてくれたおかげで、ひるがえりて、こちらも田中一彦暗殺の作戦を思いついたのです。まっ、そう簡単には、暗殺は成功しないでしょう。これは威嚇です。どんなに、おリオさんや田中一彦が大きな力を持っていようとも、最終的には、戦(いくさ)は集団対集団で決まるものです」
いや、話を変えても、私、頭に蛇を乗っけてちょんまげとしているショックからは立ち直れないよ・・・。
「そう・・・、彼が死んでいなければ、それはそれで良かったけど・・・」
オリオリオは、とりあえず、そう答えておいた。
・・・沼津藩主・大久保忠佐に仕えていた山田長政は、16世紀終盤から17世紀前半までを生きたとされる。
朱印船で渡った先のシャム(タイ)に帰属し、後半生をその地に捧げた、と言う。
イスパニア(スペイン)の二度のアユタヤ侵攻を退けたという伝説や、アユタヤ王室の信頼を得て、その王族と結婚をしたという逸話もある。
が、それらの伝説は、現在のタイ側の記録には残っておらず、その歴史的実像は明らかでない。
しかし、山田長政(=仁左衛門)は、いま、オリオリオの前に実在していた。
彼はキセルを吸いはじめたのだが、その煙が天幕内をたゆたっていた。
仁左衛門の実体をぼやかしているようだった。
作者(私)は思う。
山田長政は、アユタヤ王朝における「ラスプーチン」的な存在だったのではなかろうか、と。
いや、それならそれでスリリングであるなと思っているだけだ。
山田長政は、最終的には、アユタヤ朝に危険視されるのだ。
しかし、この作中の山田長政は、もっととてつもない秘密をもっていて、今後、一彦や右近太夫の前に立ちはだかる・・・。
森本右近太夫がカンボジアに辿り着いたのは寛永9年(1632年)、右近太夫は「来朝してから二年」と語っている。
となると、作中の時代は寛永11年(1634年)。
山田長政は、記録では寛永7年(1630年)に死去したことになっている。
だが、作中の時代は寛永11年(1634年)。
山田長政は生きていたのか?
また、享年40歳であった。
だが、ここにいる男は、かなりの高齢であった。
あるいは、この山田長政を名乗る男は・・・。
◇ ◇ ◇
オリオリオは、目まぐるしい状況に対し、ちょっと頭を冷やそうと、天幕の外に出た。
すっかり夕暮れ、空には気の早い星が瞬きはじめていた。
野営地では、兵士たちが夕餉の準備をしていた。
各所で焚火が暖かな炎を発していた。
オリオリオが、そんな中を歩いていると、兵士たちは目を輝かせて、彼女の動きを追う。
「なんか手伝おうか?」と言ってくる者 多数。
その、自分に対しての憧れと従順さが含まれた表情に、オリオリオは、家で買っているペットのポメラニアンの視線を思い出した。
声に出して呟いていた。
「ああ、母さん、ちゃんとコタローに餌をやってくれてるかしら・・・」
・・・父さん、母さん、お兄ちゃんにコタロー、私、女神さまみたいだってさ・・・^^;
ただのトラック姉ちゃんなのにね・・・^^;
こっちは星がきれいだよ、満天の星だよ、困った事態になっちゃってるよね・・・^^;
苦笑いし切りであった。
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