『甘露歴程 …ハイチュウ、17世紀 アジアを平定す…』

与四季団地

文字の大きさ
13 / 18
第一部・アンコールワットへの道

13・カズヒコ、その父親の思い出

しおりを挟む
 5頭の象は、アンコール・ワットへの道を、一彦が想像していた以上の速い速度で進んでいた。
 アンコール王朝の全盛期から百数十年を経ていたが、その道は、20世紀のフランスの作家・冒険家・政治家でもあり、ド・ゴール政権で長く文化相を務めたアンドレ・マルローが言うところの<王道>であった。
 ローマならぬ・・・、

     「全ての道はアンコールへ」

 その言葉は伊達ではなく、アンコール朝全盛期の領域を、現代の衛星写真で分析すると「100万都市」の痕跡がわかるという・・・。
 大都市であった。

 ほとんど、起伏のない360度の周囲、平地が広がっている。
 ところどころに、お灸の様な形で、丘と言うか小山がちらほら見える。
 北には山岳地帯があるようだが、雲に隠れておぼろげだ。
 道は赤土でボコボコであったが、象の歩みは、それを軽減するだけの柔軟性があった。
 広がる平原は草原であり、彼方のところどころに深き緑が点在していて、そこは近づくと森だったりするのだろう。
 そして、幾つかの森には遺跡が存在しているのだ。

 次第に、日が陰って来た。
 一彦はいま、微睡んでいた。
 当初こそ、巨大な象の上のゴンドラに着席することに恐れを感じていたが、数時間、思ったよりも早い象の歩みについて行くことに疲れ、いつしか乗り込んだ。
 先に乗っていた<3人娘>や小猿のアスカは一彦の場所を中央に空け、そこに一彦が座ると、くっついて、すぐに寝入った。
 竹細工のゴンドラだが、布が数枚重ねられており、柔らかに座ることが出来た。
 思ったよりも高く感じ、やはりちょっと怖かったが、<3人娘>の肌が密着し、その体温が伝わってきて安心した。
 こいつら、人との距離感がゼロやな、と思いつつ、本日 色々あり過ぎた一彦も、・・・そう、一歩間違えれば命を失いさえした・・・、すぐに寝入った。
 プラタナとは色々話して歩いていたのだが、一彦が象に乗り込むと、すぐに娘は右近太夫の象に乗り込んだ。
 前方の象に上っていくプラタナを、右近太夫は「おお、来たか!^^」と言う感じで受け入れていた。
 最初こそ、右近太夫はプラタナを「鬼っ子」などと呼んでいたが、基本、顔見知りで仲が良いようだった。
 右近太夫の従者エイも乗っていたので、3人で会話している(・・・もう一人の従者ビーは最後方の象でしんがりを務めていた)。
 楽しそうな3人に、一彦は、ちょっと嫉妬した・・・。

 微睡みの中で、一彦は夢を見ていた。
 夢とは、なんか脈絡・整合性のないものである。
 何故か、オリオリオを連れて行ったアユタヤ軍に所属する日本人、初老のちょんまげの男を思い出した。
 「ニザエモン」と呼ばれていた男だ。
 夢の中で、「仁左衛門」は、なぜか、幼少期に父親を亡くしていた一彦の父親として存在していた。
 夢ゆえに、あり得ないような理由は幾つもあるが、ともかく仁左衛門は江戸時代の人物だった。
 ちょんまげの和服で、まだ赤ん坊の一彦を抱いているのだった。
 夢の中でさえも奇天烈な情景であった。
 微睡みから目覚めてすぐは、まだ夢の記憶が残っていた。
「変な夢・・・」
 と、一彦は呟いた。
「キッチュ?」と、小猿のアスカが問うて来るように呟いた。

 ・・・一彦は母子家庭で育った。
 父親とは死別していた。
 父親についての記憶は、正直 乏しかった。
 今回、一彦は、後に呼ばれることになる「東北大震災」の中で起こった「時震(時間の地震)」によって、現代から、時と場所を隔てた17世紀のカンボジア地域に飛ばされた。
 現代日本では、その17年前に、「関西大震災」があった。
 一彦と同じく、一彦が、そのおぼろな記憶の中で見知って憧れていた父親もまた長距離大型トラッカーだった。
 家族で、近畿地方に住んでいた。
 そして、父親は、一彦が3歳の頃に、仕事で走っていた関西で、震災に遭い、死んだ。
 一彦は、震災さめやらぬ中、数日は経っていただろう、父親の亡骸と対面を果たした。
 母親は号泣していた。
 一彦は、幼くもあり、その死がピンとこなかった。
 そもそも、家を留守にすることの多かった父親との記憶が希薄であった。
 好きな存在ではあったが、自分が生まれたことが、もっと稼がなくちゃと言う、父親の仕事欲求を増すことになっていたとは、幼少の一彦には知る由もなく。
 が、大好きな母親が泣くのにつられて泣いた記憶がある。
 母親は、現在においても、松本零士の描く女性像の様に、美しく優しい女性であったが、その母親が顔をクシャクシャにして泣いていた。
 一彦にとって、そのほうがショックであった。
 父親の顔を見て、優しい寝顔だと思った・・・。

 仁左衛門は丸顔で、死んだ父親は四角い顔だった。
 なんで、夢の中で、年齢さえ異なる仁左衛門が父親として現われたのだろうか、わけがわからず、一彦は苦笑いした。

 中学の頃、母親と話していて、父親の職業を知った。
 いや、配送トラックのドライバーであることはもちろん承知していた。
 ただ、その積み荷が特殊であったことを知った。
 ・・・兵器を運搬していたというのだ。
 大手の重工業会社から、米軍基地や自衛隊基地に「兵器」を運ぶのを専門としていたのだそうだ。
 そして、関西大震災の当日は、兵器に転用される「放射性物質」を運んでいたのだそうだ。
 ゆえに、震災から数週間たっても、肉親の遺体と再会出来ない人がまだまだ多い中で、一彦の父親の乗っていたトラックは最優先で当局によって発見され、トラックは回収され、運転席に乗っていた父親と、一彦は最速の対面を果たせていた。

 どうやら、一彦の父親は、激しい揺れの中で、考え得る最高のドライビングテクニックで、放射性物質の兵器(=核兵器?)をソフトランディングさせたのだという。
 どういった種類のものかは極秘事項で分からないのだが、爆発こそしないのだが、深刻な放射能漏れが起こる可能性は大きかったらしい。
 それを、一彦の父・田中夏彦が、自分の命を投げうつほどの強靭な意志で回避したというのだ。
 葬式には、日米の軍の幹部までも参列してくれたとのこと。
 ただ、放射性物質と言うデリケートな問題でもあり、公にはならなかった。

 ふと、一彦は思った。
 自分は、この世界に飛ばされた。
 向こうの世界(現代)では、自分の存在はどうなっているのだろう、と。
 自分がこっちに来てしまったのだから、トラックともども、向こうでは消えているはずだ。
 だが・・・、とは思う。
 向こうで、俺は事故死者として処理されているのではないだろうか・・・。
 俺と言う存在が、あの事故によって二つに「枝分かれ」し、現代においては、潰れたトラックの中で死者として発見され、この世界においては生き永らえているんだと。
 この考えに、それ程のショックはないが、ならば、と想像を広げてみる。
 父親も、向こうの世界では17年前に事故死した。
 もしかして、「枝分かれ」して、他の世界に・・・、そう、この世界に飛ばされてきたなんてことがあったりしちゃったりなんかして。
 その、老いて、顔が緩んだ姿が「仁左衛門」だったりして。
 一彦は、それが荒唐無稽な妄想だと確信しているので、ニヤニヤしながら思った。
 そんな一彦の表情を小猿のアスカが不思議そうに見つめている。

 しかし・・・、と一彦は深刻な顔になった。
 現代において、俺が死んだことになっていたとしたら、母親が悲しみに打ちひしがれているだろうな・・・。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

転生先はご近所さん?

フロイライン
ファンタジー
大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが… そんな俺に同情した神様が俺を転生させ、やり直すチャンスをくれた。 でも、並行世界で人々を救うつもりだった俺が転生した先は、近所に住む新婚の伊藤さんだった。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...