涙袋 ~現代居酒屋千夜一夜物語~

与四季団地

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第2章・この世界の片隅で

   第144夜・『社長の視察と、恥知らずな俺:中篇』

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   (前回からの続き)

 フォークリフトを進める。

 あっ! 今、挨拶した後、指差呼称をしただろうか?

 この会社においては、効率よりも安全が最優先されており(指差呼称に費やす時間も予算に計上されている)、

 フォーク作業において、次行動に移る時には、「前方良し!」あるいは「後方良し!」と声に出すことが義務付けられている。

 私は、とある棚に荷物を運んでいたのだが、一部出荷もあり、持ってきたパレットを先ず置いて、仕分けし、蔵置されていたパレットを棚の外側に出し、そこに持ってきたパレットを格納するという作業を行なっていた。

 この支店の上層部7~8人ほどと、社長の来社集団7~8人、併せて15人ほどが、そんな作業をする私を見始めた。

「うは、勘弁してよ~」

 私は呆然とした。

 15人ほどのお偉いさんが、昼寝して起きたホヤホヤの私の一挙手一投足を凝視し始めたのだ。

 この作業はシンプルなようでいて、何度となくフォークリフトを切り返す。

 些細な方向転換にも、「前方良し!」あるいは「後方良し!」と叫ばなくてはならない。

 そんな私を、会社のお偉いさんが見続けている。

 一週間前には内視鏡で大腸内を見られたが、

 今回は、私の作業はおろか、私の心までも見られているようだ。

「早く終わらせなくちゃ。いつまで見ているのかな~」

 私は、指差呼称の声を張り上げ、フォークリフトを操作した。

 早くに、この状況から脱出したい・・・、そんな気持ちが作業を荒くしたのかも知れない。

 パレットを取り出すときに、隣りのパレットを引っ掛けてしまった。

 ゴゴッ!

 と、5センチほど、隣りのパレットがずれた。

 ゾッとした。

 わずか5センチではあるが、社長の前で粗相を起こしてしまったことが、最高の最悪状況であった。

 日頃、他人の作業者の失敗にクールな視線を向けている私である。

 動揺を顔に出すのは辛かった。

 もしかしたら、誰も気付いていないかも知れないし・・・。

 私は、緊張の頂点をそっくり返し、無表情の能面のような顔で、「前方良し!」あるいは「後方良し!」と大声を出しつつ、進行方向を指差し確認し続けた。

 社長は、周囲の者に、私の作業を見て何かを語っているが、私には聞こえない。

 集団の笑い声も聞こえた。

 でも、私は「外界シャットダウン」モードで、この難局を乗り切ることとした・・・。

                 ・・・(次回に続く 2011/08/04)
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