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四章
第54話 モンスタースタンピード
しおりを挟むモンスタースタンピードとは魔物が何らかの原因によりダンジョン外に溢れ出すという現象のことである。
「――スタンピードだって……!?」
「ああ、俺たち冒険者は学生がダンジョンを出るまでここで食い止めるつもりだが、既に上層へ魔物が溢れ出している。 幸いまだ弱い魔物ばかりだが、いずれもっと強い魔物が出てくるだろう。」
彼はマルセルという名前の中堅冒険者であり、学園の試験の監視官として冒険者ギルドから駆り出されていた。
「そ、それって…… もっと人手が必要なんじゃないですか?」
「今、冒険者ギルドと騎士団への伝令を送っているから、それまで俺たちは可能な限り魔物を抑えておく必要がある……。 だから君たちも早くダンジョンを出るんだ……!」
「……二人とも早くダンジョンから逃げてくれ……」
アーサーは覚悟を決めたような表情を浮かべている。
「え……アーサー君は逃げないんですか……?」
そんなアーサーの様子に嫌な胸騒ぎを感じるフラン
「……俺は冒険者の人たちとここで魔物を食い止める」
「アーサー!今までセシルたちが相手にしたことがない魔物も迫ってる! 逃げた方がいいよ!」
セシルもアーサーの発言に驚きを隠せずに思わず声を上げる。
彼女は斥候という役割を担っていることもあり、今現在迫りくる魔物たちの気配を鋭敏に感じ取っていた。
中には自分たちが相手にしたことのない洒落にならないレベルの魔物が近付いてきていることにも気付いていた。
「そうだ!そこの嬢ちゃんの言うとおりだ! これからもっと強い魔物も出てくる!学生の君にそこまで背負わせるわけにはいかない! これは俺たち冒険者の仕事だ!」
「いえ、俺には光属性の魔法が使えます。 ここの魔物にはある程度対抗できるはずです」
「……な、なんだって……? 確かに光属性の魔法があれば十分戦えるが…… いや、しかし……学生を巻き込んでしまうのは……」
「大丈夫です!危なくなったら逃げますので!」
「…………わかった。 そういう約束であれば…… すまないが手伝ってほしい」
「……なっ! そんな!危ないよ!ほんとにヤバイ魔物の気配を感じるんだって!」
「……だとしてら尚更そんな魔物を街に出すわけにはいかない……俺の力が少しでも役に立つのなら……」
「……それなら、私も残ります……」
フランはアーサーが折れることはないだろうと、今まで側で彼を見てきてそう感じた。
そして覚悟を決めたのだった。
セシルが強力な魔物がいると言っているのであれば、本当にそうなのだろう。
だからこそ、少しでもアーサーが生き残る確率を上げるために自身も残る選択をしたのだった。
「フランまで……!?」
「フラン、君を危険な目に合わせたくない……! どうか逃げてくれないか?」
「嫌です。逃げるのなら皆一緒です。 あなたを危険な目に合わせたくないのは私もセシルも同じです。 あなたがわがままを通すというのなら、私もわがままを通させてもらいます……!」
「…………っ!」
アーサーは、フランの言っていることに反論することができなかった。
「…………もぅ……わかったよぅ! セシルも残るからね! 二人だけにかっこつけさせるわけにはいかないから!」
「……セシル…… 二人とも……すまない…… 俺のわがままに付き合わせて…… でも正直心強いよ……」
「悪いけどもう時間がない! 協力してくれるなら準備をしてくれ!」
アーサー達が話をしていると冒険者のマルセルが口を挟んでくる。
*
「来るよ!」
魔物を待ち構えていると、セシルが声を上げる。
大量の魔物が迫ってくる気配に身震いがするセシル。
「アーサーは俺と前衛だ。 君たち二人は俺たちのサポートをお願いする!」
「はい!」
三人は揃って返事をする。
するとダンジョンの奥からC級上位からB級下位に分類される魔物たちが姿を現す。
「こ、これはどうなっている……! ……魔物の勢いを抑えつつ出口の方に下がるんだ……! 無理に倒そうとは考えるな!足を止めることを意識しろ!」
「行くぞ二人とも……!」
アーサーが腰の剣を抜き放ち、フランとセシルがワンドを構える。
牛のような魔物が突進してくるのをマルセルが盾で抑えるが、その両脇から二体の魔物が突破し、アーサー達の方に突撃してくる。
「ウインドカッター!」「ロックバレット!」
フランとセシルの声を聞き、地面スレスレに、ともすれば倒れてしまうのではないかという角度でアーサーが走り出す。
直後、二人が放った魔法がマルセルの両脇から突破してきた魔物にぶつかり、僅かに足を止める。
その僅かな隙にアーサーが右の魔物に斬りかかり、流れるような足さばきから左の魔物に剣を振るう。
一瞬の間を置いて斬りつけた刃から流れ込んだ光属性の魔力が炸裂する。
アーサーは魔物が絶命したことを横目に確認し、すぐに走りだしたかと思うとマルセルと対峙していた魔物の首を刎ねた。
「油断するな!次来るぞ!」
「はい!」
それから必死に攻撃をするが、魔物の数が多すぎてたった四人では到底抑えることができない。
不幸中の幸いだったのはアーサーたちが止められなかった魔物は出口の方に一目散へ走っていくことだ。
少なくとも取り囲まれて数の暴力で押し潰される心配はなかった。
しかし、走り去る魔物の様子にどこか焦りを感じるのは気のせいだろうか。
まるで強大な存在から逃げているかのような、そんな様子だった。
嫌な予感しかしない。
恐らくこの分だと他のエリアを担当している冒険者も同じような状況であろう。
もはや撤退を決意し始めたとき、セシルが声を緊迫した上げる。
「こ、これはやばいよ…… ……やばいやつが……いる……」
「なんだかやばそうだ…… とっとと撤退を…………っ!」
マルセルが撤退を指示しようとしたとき、その気配をセシル以外の三人も感じた。
今までとは比べものにならないほどの強烈な魔力圧。
それが既に目の前まで来ていることが察知できた。
いきなり発生したとすら錯覚したが、魔力を隠蔽していたのだろう。
つまり自身の魔力を隠蔽するだけの知性があるということだ。
これはB級の枠には収まらないほどの強力な魔物であることを指していた。
魔物の危険度というのはランクが一つ上がると圧倒的に強さが変わる。
存在の格が違うのだ。
周りの魔物たちすらピクリとも動くことができなかった。
本能的に死の気配を感じているのだろう。
アーサーたちはこれがスタンピードの原因だと理由もなく感じた。感じさせられた。
リッチが腕を横に薙ぎ払うような動作をする。
その瞬間、リッチの行く手を遮る魔物たちが両脇の壁に叩きつけられる。
彼らは叩き付けられるがまま、地に伏せて動かなくなった。
まるで災害が通り過ぎるのをじっと耐えるかのように、頭を垂れ平伏する魔物たち。
自然とリッチの歩む道が出来ていく。
その様はまさにアンデッドの王であった。
「あ、あれは……なんなんだ……」
アーサーが絶望に染まったような表情を浮かべる。
「嘘だろ…… なんであんな奴がこんな階層に…… もう無理だ……」
マルセルが後ずさる。
「マルセルさん何か知っているんですか……?」
フランがマルセルに声をかける。
「俺たちはもう終わりだ…… あいつはリッチ…… しかも普通のリッチとは明らかに違う……」
リッチとは魔法タイプの最上位アンデッドであり、危険度Bでありながら、討伐には光属性の魔法を必要とすることから、かなり厄介な魔物とされている。
しかも目の前の魔物は何か強制的な強化を施されているようで、普通のリッチよりさらに魔力の密度が高くなっている様子だった。
「でもセシルたちを逃がしてくれる気配はないみたいだよ……」
セシルは強張った汗を流す。
「……皆、聞いてくれ……俺が隙を作るからその間に逃げてくれ……!」
「アーサー! いくら光属性の魔法を使えるからってあんなのに勝てるわけない!」
「そうですよ……!アーサー君……!」
セシルとフランが静止しようとするが、アーサーは既に覚悟を決めているようで、一向に動こうとしない。
「ここで問答をしている暇はない……! 早く逃げてくれ……!」
「……っち!学生にそんなことさせるわけねぇだろうが……! ここは俺が押さえておくから、お前らは逃げろ!」
そう言ってリッチに向かっていくマルセル。
「こんな魔物……! 俺だってそれなりの修羅場は潜ってきたんだ……! やってや……る…………」
マルセルは勇んで足を踏み出したはいいが、目の前に立つとその強大な存在感が更に大きくなり、自身のちっぽけさを嫌というほどに理解させられた。
「……あ……ああ……だ、だめだ……死ぬ……」
死が目の前に迫ってくる感覚に歯の根が合わない。
目の前の死神が呪文のようなものを唱え始める。
それは人間の言語とは言えない歪なものであった。
魔力が高まっていくのをただ見ていることしかできないマルセル。
もう終わりだと呆然と立ち尽くしてしまう。
その瞬間――
目の前で魔法が炸裂する轟音が鳴り響く。
「カッコつけてた割に諦めるの早すぎじゃない?」
セシルがマルセルをからかうように声をかける。
そして立て続けに風の魔法が飛んでくる。
「皆で力を合わせれば助けが来るまで粘れる可能性はあります!」
フランが力強くワンドを振るう。
セシルとフランの魔法攻撃では一瞬怯ませることしかできず、リッチが再び攻撃を仕掛けようとする。
しかし、アーサーにとってはその僅かに出来た隙だけで十分だった。
疾風の如くリッチに接近し、その剣で斬りつけるアーサー。
「光属性の魔法であれば戦えるはず……!」
「お、お前たち……」
冒険者は死を覚悟していたところを救われ安堵した。
倒せるかはともかく、なんとか戦えそうだと気を取り直した四人だったが、すぐにこの世のものとは思えない恐ろしい声が聞こえてきた。
呪文の詠唱が途切れずに続いていた。
「なっ……! 効いていない……!? 光属性が弱点ではなかったのか……!?」
先ほどの攻撃で倒せるほどの魔物ではなかったが、全く怯んでいない様子に絶望感を覚える。
魔力の高まりが急速に高まっていく。
アーサーとマルセルの二人は、敵を前に呆然と立ち尽くしてしまう。
アーサーは自身の選択を後悔していた。
スタンピードが発生したと聞いたときにすぐに逃げていれば、こんなことにはならなかった。
自分ならできる。自分にしかできない。
そう盲目的に信じていた。
しかし、現実は違った。
アンデッドに有効と思われていた光属性の魔法は通用しなかった。
唯一の心の支えがポッキリとへし折られてしまったのだ。
――――慢心。
そんな言葉が彼の脳裏にチラつく。
しかし、それも仕方のないことだ。
学園の試験ではトップの成績を収め、周りからは特別扱いをされる。
慢心してしまったとしても誰も彼を責めることはできないだろう。
彼のように選ばれた存在だとしても死ぬときはあっさりと死ぬ。
そんな残酷な世界。
(……俺は何を思い上がっていたんだ……)
「アーサー!!早く離れて!!」「アーサー君!!」
肌にビリビリと感じる魔力圧は、もはやどうにもならないと否応にも理解させられる。
血の気が引き、体温が下がっていく感覚。
立っていることすら難しい状況の中、フランとセシルの声を聞く。
離れてはいるが、二人が無事であるという保証はない。
アーサーは幼少の頃に母親に読んでもらった勇者の冒険譚が好きだった。
世界を苦しめている魔王を倒す物語である。
幾度も挫折や苦痛を味わいながらも、折れず立ち上がる。
そして最後には勝利を手にするのだ。
いざ自分がその困難な状況を前にして、あっさりと心が折れてしまった。
(……くそ……情けない……!)
そんな自分に嫌気が差す。
(……だけど、せめて壁になることはできる……!)
それに意味があるかどうかなんてわからない。
アーサーは切望する。
せめて、最後の瞬間だけでも物語の少年のように在りたいと。
こんなものはただの自己満足でしかない。
仮にアーサーが命を捨てて彼女たちを守れたとしても、死ぬまでの時間が少し延びるだけだ。
だが、この行動は彼の償いでもあった。
それが償いにならないと理解していても、無意味に終わるかもしれないとしても、それでも動かずにはいられなかった。
往々にして、どうしようもない状況というものは存在する。
抗いがたい絶望の前には、人の本性が浮き彫りになる。
そんな中、どんな理由であれ、他人の命を救おうと考えられたのは、未だ彼の中で勇気の灯が燃え尽きていない証であった。
しかし、自身の意志と反して、足が地面に張り付いてしまったかのように動かない。
そして、リッチの魔力が限界まで高まり、目を開けていられないほどの光が空間を支配する。
「くそ、動け……! 動けぇぇえええ!!」
恐怖を押さえ付け、彼女たちの壁となるべく、がむしゃらに動き出す。
無様に恰好悪く足掻いたアーサーの姿は、決して彼が憧れた物語の勇者と呼べるものではなかった。
しかし確かに、それは勇者の姿そのものだった。
直後、とてつもない爆発が発生した――
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