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第二幕 袖振り合ったら、引ったくれ
18.シーン2-6(落としました)
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よろよろと背もたれに手をかけて這い上がった私を見て、オルカが心配そうに声をかけてくれた。
「だ、大丈夫?」
「うーん、何か申し訳ない」
たいした面識もない人間による姉妹喧嘩の場面に遭遇させて、気まずい思いをさせてしまったことだろう。
「この前高そうな杖に替えてたばっかなのに、いつの間にまた取っ替えたんだろ」
私は椅子の後ろ側から、背もたれにだらしなくもたれ掛かった。
浪費家めと愚痴る私に、オルカが変わった杖だねと聞く。素直に言ってもいいんだよ、あれ棍棒じゃないのかいと。
「うーん、この前に会ったときは長い蒼木の杖持ってたんだけど」
「蒼木って、すっごく高くない!?」
何でまた替えちゃうの!と彼はすっとんきょうな声で驚いた。
ソウボクとは、呼び名の通り青みを帯びた木目が美しい、特殊な地域でのみとれる特殊な木である。物理的な強度はあまり無いが、殊に、マナや魔力に対する耐久性がとても高い。だから、魔術士たちの力を補助する杖として人気がある。しかし、かなり希少な木材のため、とても高価な代物だ。
なんでも、普通の人は採ってこれないのだという。そりゃそうだ。魔の森を考えてみれば蒼い色を帯びた木が採れる場所がどんな様相かくらいは見当もつく。
「もしかして私のせいかなあ」
私は背もたれの上に腕を組んであごを乗せ、視線を斜め上へと彷徨わせた。思い当たる節が無いでもない。
「アリエのせいって?」
「私、蒼木苦手なんだよね」
だから、ミリエが持っている杖を見たとき、無意識のうちに苦い顔をしてしまったのかもしれない。彼女は自分で選んだものじゃないと言っていたが、それでも替えさせてしまったのだとしたら申し訳ないことをした。
ちなみに、先程彼女が振り回していた杖は、なんだかどこかのドームで見るような木目と色合いの材質である。アッシュ材はこの辺りでも普通に採れる手に入りやすい木材で、家具や道具に利用される。耐久性が高くそこそこ軽い、優れた木材だ。
まさかまさか、魔力的な耐久性より物理的な耐久性が恋しくなった、なんて理由はないと思いたいものである。
苦手って?とオルカが聞いてきた。
「だって、どろっどろじゃん、あの木」
「ど、どろどろ?」
豊富にマナを蓄え、魔力を補う材質なのだ。触れた瞬間ねっとりである。
オルカはうーんと考えた顔をした。
「あ、じゃあもしかして蒼茶も駄目なんだ?」
「ああ、あれ腐ったトロロじゃん」
飲むもんじゃないと手を横に振る私の反応に、オルカはやっぱりと言って苦笑いした。
蒼茶は蒼木の若葉を煎じて茶にしたもので、同じく希少な高級品である。マナを豊富に含むため、貴重な薬としても扱われる。納豆もオクラも嫌ではないが、蒼いお茶は嫌である。
「魔力が低いからなのかなあ……じゃあアリエは蒼の谷には住めないね」
オルカはあははと言って笑った。
「それただの噂じゃないの? 住む場所じゃないでしょ、あの辺」
ここから北西あたりに広がる蒼い谷、ヴェルナと呼ばれる山林の奥深くに、謎の里があるという。蒼木や蒼茶の材料は、そこに暮らす怪しい住人が運んでくるとかいう話だ。
魔の森以上に迷いやすくて危険な森が広がるらしく、踏み入ったら最後、誰も生きては出てこないという。修行を積んだ魔術士すら帰ってこなくなるらしい。蒼木が貴重な理由はそこにある。
「昔あの森の近く通ったことあるけど、あれは駄目でしょ。絶対あれ全部熟成発酵したトロロで出来てるから」
「それでよく温泉行ってきたね」
オルカに半ば感心されたように言われ、私は「もちろん」とため息をついてみせた。
「ガキンチョと年寄りしかいない湯に足首だけ突っ込んできましたよ」
じゃあ入るなよなんて野暮なことは言わないでいて欲しい。せめて暖だけでも恋しかったのである。
彼は少し苦笑しながら「本当に苦手なんだなあ」と呟いた。それから少し真面目な顔になると「でも、マナは命を支えるとても大切なものだから、無いと駄目だよ」と付け加えた。
私には、マナがそんな飴を与えるだけの甘い存在には思えない。確かに過剰になれば魔物や中毒で倒れる人も出てくるし、無ければ無いで世界が荒廃してしまうらしいのだが、そういった類いの話ではない。
単なる勘に過ぎないが、その本質はもっと別の場所にあるのではないかと思うのだ。ただ単に、自分の苦い体験と結びつけてしまっているだけかもしれない。それでもやはり私は、どろどろと魂に絡み付くようなマナを、受け身な姿勢で安易に享受する気にはなれなかった。
「あとひとつだけ聞いていい?」
オルカはずいぶんと真面目な顔をしたまま、静かに前だけ見て言った。
私が何かと問うと、彼は少しためらいがちに黙っていたが、ゆっくりと口を開いた。
「アリエって、おれたちのこと何だと思ってる?」
沈黙。沈黙してから、私は「えっ?」と小さくとぼけた。
やはり沈黙。気まずい。一応、あははと笑っておいた。それを見たオルカも、こちらを見てにやりとしたあと、あははと笑い返してくる。
「あはは、なに聞いてんだよもー、はは、いやだなあー」
「はは、ですよねー、あはは」
ひとしきり不自然に笑いあったあとで、再び沈黙が訪れる。ミリエがいるので、人間のそれに関してはあまりとやかく言えないのだ。妙に勘の鋭いガキは嫌である。
余談だが、オルカはそれ以後一切、私に対してその話を振らなくなった。物分かりの良い子は嫌ではない。
「だ、大丈夫?」
「うーん、何か申し訳ない」
たいした面識もない人間による姉妹喧嘩の場面に遭遇させて、気まずい思いをさせてしまったことだろう。
「この前高そうな杖に替えてたばっかなのに、いつの間にまた取っ替えたんだろ」
私は椅子の後ろ側から、背もたれにだらしなくもたれ掛かった。
浪費家めと愚痴る私に、オルカが変わった杖だねと聞く。素直に言ってもいいんだよ、あれ棍棒じゃないのかいと。
「うーん、この前に会ったときは長い蒼木の杖持ってたんだけど」
「蒼木って、すっごく高くない!?」
何でまた替えちゃうの!と彼はすっとんきょうな声で驚いた。
ソウボクとは、呼び名の通り青みを帯びた木目が美しい、特殊な地域でのみとれる特殊な木である。物理的な強度はあまり無いが、殊に、マナや魔力に対する耐久性がとても高い。だから、魔術士たちの力を補助する杖として人気がある。しかし、かなり希少な木材のため、とても高価な代物だ。
なんでも、普通の人は採ってこれないのだという。そりゃそうだ。魔の森を考えてみれば蒼い色を帯びた木が採れる場所がどんな様相かくらいは見当もつく。
「もしかして私のせいかなあ」
私は背もたれの上に腕を組んであごを乗せ、視線を斜め上へと彷徨わせた。思い当たる節が無いでもない。
「アリエのせいって?」
「私、蒼木苦手なんだよね」
だから、ミリエが持っている杖を見たとき、無意識のうちに苦い顔をしてしまったのかもしれない。彼女は自分で選んだものじゃないと言っていたが、それでも替えさせてしまったのだとしたら申し訳ないことをした。
ちなみに、先程彼女が振り回していた杖は、なんだかどこかのドームで見るような木目と色合いの材質である。アッシュ材はこの辺りでも普通に採れる手に入りやすい木材で、家具や道具に利用される。耐久性が高くそこそこ軽い、優れた木材だ。
まさかまさか、魔力的な耐久性より物理的な耐久性が恋しくなった、なんて理由はないと思いたいものである。
苦手って?とオルカが聞いてきた。
「だって、どろっどろじゃん、あの木」
「ど、どろどろ?」
豊富にマナを蓄え、魔力を補う材質なのだ。触れた瞬間ねっとりである。
オルカはうーんと考えた顔をした。
「あ、じゃあもしかして蒼茶も駄目なんだ?」
「ああ、あれ腐ったトロロじゃん」
飲むもんじゃないと手を横に振る私の反応に、オルカはやっぱりと言って苦笑いした。
蒼茶は蒼木の若葉を煎じて茶にしたもので、同じく希少な高級品である。マナを豊富に含むため、貴重な薬としても扱われる。納豆もオクラも嫌ではないが、蒼いお茶は嫌である。
「魔力が低いからなのかなあ……じゃあアリエは蒼の谷には住めないね」
オルカはあははと言って笑った。
「それただの噂じゃないの? 住む場所じゃないでしょ、あの辺」
ここから北西あたりに広がる蒼い谷、ヴェルナと呼ばれる山林の奥深くに、謎の里があるという。蒼木や蒼茶の材料は、そこに暮らす怪しい住人が運んでくるとかいう話だ。
魔の森以上に迷いやすくて危険な森が広がるらしく、踏み入ったら最後、誰も生きては出てこないという。修行を積んだ魔術士すら帰ってこなくなるらしい。蒼木が貴重な理由はそこにある。
「昔あの森の近く通ったことあるけど、あれは駄目でしょ。絶対あれ全部熟成発酵したトロロで出来てるから」
「それでよく温泉行ってきたね」
オルカに半ば感心されたように言われ、私は「もちろん」とため息をついてみせた。
「ガキンチョと年寄りしかいない湯に足首だけ突っ込んできましたよ」
じゃあ入るなよなんて野暮なことは言わないでいて欲しい。せめて暖だけでも恋しかったのである。
彼は少し苦笑しながら「本当に苦手なんだなあ」と呟いた。それから少し真面目な顔になると「でも、マナは命を支えるとても大切なものだから、無いと駄目だよ」と付け加えた。
私には、マナがそんな飴を与えるだけの甘い存在には思えない。確かに過剰になれば魔物や中毒で倒れる人も出てくるし、無ければ無いで世界が荒廃してしまうらしいのだが、そういった類いの話ではない。
単なる勘に過ぎないが、その本質はもっと別の場所にあるのではないかと思うのだ。ただ単に、自分の苦い体験と結びつけてしまっているだけかもしれない。それでもやはり私は、どろどろと魂に絡み付くようなマナを、受け身な姿勢で安易に享受する気にはなれなかった。
「あとひとつだけ聞いていい?」
オルカはずいぶんと真面目な顔をしたまま、静かに前だけ見て言った。
私が何かと問うと、彼は少しためらいがちに黙っていたが、ゆっくりと口を開いた。
「アリエって、おれたちのこと何だと思ってる?」
沈黙。沈黙してから、私は「えっ?」と小さくとぼけた。
やはり沈黙。気まずい。一応、あははと笑っておいた。それを見たオルカも、こちらを見てにやりとしたあと、あははと笑い返してくる。
「あはは、なに聞いてんだよもー、はは、いやだなあー」
「はは、ですよねー、あはは」
ひとしきり不自然に笑いあったあとで、再び沈黙が訪れる。ミリエがいるので、人間のそれに関してはあまりとやかく言えないのだ。妙に勘の鋭いガキは嫌である。
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