19 / 77
第二幕 袖振り合ったら、引ったくれ
19.シーン2-7(真っ黒な暴露)
しおりを挟む
会話が途切れてしんと静まり返った室内に、慣れ親しんだ気配とその持ち主の足音、さらに別の誰かの足音が近づいてくる。
「うっわぁ、来たーぁ」
私は両目を右手で覆って目頭を押さえた。そして、慌てて椅子の背に跳び乗ると、後ろ側から急いで席について、服の裾を整えてから姿勢を正した。少々はしたないが、ここにいるのはもう、元気真っ盛りな年頃の冒険少年と乙女心を理解しない失礼少年だけである。
こつこつとドアが鳴り、入りますという声がして開く。なぜ、このような人が側にいるのにミリエはあんなんなのだろう。
ぴしりと背筋の伸びた女性が、すたすたと入ってくる。その後ろから、ひょいとミリエが顔をのぞかせた。
「お久しぶりです、アリエ様。相変わらずお元気そうで何よりです」
「いえ。そちらもお変わりなく。いつも妹がお世話になっております」
もちろん本心ありきの上で、社交辞令を混ぜた事務的な挨拶が簡単に交わされる。
先程ミリエが名を呼んでいたが、キュリアという、ミリエの後見人もとい、ご意見番のような人である。
薄茶の髪をきっちりと後ろで束ね上げ、怜悧な瞳とまなざしに、三十代も過ぎようかという落ち着き具合が穏やかに交わる。ちらりと余裕がうかがえる生真面目さから、出来る大人の香りが漂う。私もミリエも、彼女には頭が上がらない。
「さっそくですが」
キュリアさんは、私の両脇にいる二人をそれぞれちらりと観察してから、前置きなしで切り出した。と、その前に、と言って彼女自ら話を切る。
「アリエ様、頭の上に鳥の巣を作っていらっしゃるのですか? さぞ足取り重くいらしたことと思いましたが、意外とぐっすり眠れたご様子で」
少しの間、なんのことかと呆けていたが、私はぎょっとして手ぐしで髪を整えた。誤解、誤解です。これは寝癖ではないのです。四六時中ぴいぴい鳴いていて眠るに眠れぬ毎晩です。
服の乱れは直したが髪がぐしゃぐしゃになっているとは気が付かなんだ。慎むべき身であるというのに第一印象がた落ちである。
彼女はミリエのことも私のこともよく知っている。だから、恐らくはミリエと揉めたのだということは、すでに察しがついていることだろう。しかし、なかなかに手厳しいお言葉だ。
逆に、きっちりと公私を分ける厳しさがあるからこそ、彼女がミリエのお目付け役で安心できるのだとも言える。効果のほどは、察してほしい。
「失礼しました。それでは、状況のご説明を願います」
キュリアさんに催促され、私はおとなしくはいと頷いた。あとはもう、なるようにしかならない。
「まず、私が聖都に来た理由ですが、お察しの通り妹が先日帰省したあとこちらに戻る際に、家に特級術士の記章を忘れていったからです」
自慢になってしまうが、ミリエは若くして魔術士会の第一線で活躍できるほどの力を持ったエリートだ。技術面ではまだまだ叩き上げている最中だが、この界隈では指折りの、否おそらくは随一の魔力量を誇る。
聖都、すなわち教会側からも認められ活躍している魔術士たちはみな、その証として記章を与えられる。それを持っていれば、聖都のみならず各地の町でその存在の確実さを示すことに繋がるだろう。魔力の素質がない者にも、その力が確かなものだと伝わるだろう。言わば、魔術士の誇り、および身分証明書だ。
ミリエに与えられたのは、その中でも第一級、特別な魔術士のみに贈られる、金の細工が美しい最高峰を示す記章だ。
ミリエときたら、そんな魔術士たちの憧れ、最高の誉れとも言うべきものをうっかり忘れていったのである。キュリアさんもこれには呆れ顔だろう。
すでに船で聖都へ発ってしまったミリエを呼び戻すわけにもいかず、じゃあこちらから届けますかと私が追いかけることになったのだ。遣いを出しても良かったのだが、なにぶんかなり大事なものなので、私が届けた方が安全かつ確実だろうと満場一致の採択だった。
そして私は、残る家族にしばらくの留守を託し、聖都へとやってくることになったのである。
「とても大切で高価なものですから、丈夫な小袋に入れしっかりと口を縛り、紐が切れないように二重にして通してから、首にかけて持ち歩いておりました」
察してほしい、首に大金をぶら下げてひとり歩く私の恐怖を。
そして、状況は船がタコ型エイリアンに襲われたことで一変してしまう。正確に言えば、私が船から投げ出されたことで一変してしまったのである。
私は切々と当時の状況を訴えた。
「怪物の驚異はその魔術により去りました。しかし、必要以上に激しい威力であったため、船のヘリにいた私は反動で海へと投げ出されてしまったのです!」
少しだけ脚色である。海へと投げ出された直接的な原因は、タコが離れたことによる重心移動の影響だ。もちろん、すぐそばに人がいた状態での強引な発動による、私と少女の身体に対する負荷と衝撃、そして船の縁の大幅な破損も十分な要因であるという姿勢は譲るまい。
そして、私自身はオルカらの助けでなんとか命拾いしたのだが、記章の方はと言えば、引き上げられているときに首からするりと外れて落っこちてしまったのである。
「うっわぁ、来たーぁ」
私は両目を右手で覆って目頭を押さえた。そして、慌てて椅子の背に跳び乗ると、後ろ側から急いで席について、服の裾を整えてから姿勢を正した。少々はしたないが、ここにいるのはもう、元気真っ盛りな年頃の冒険少年と乙女心を理解しない失礼少年だけである。
こつこつとドアが鳴り、入りますという声がして開く。なぜ、このような人が側にいるのにミリエはあんなんなのだろう。
ぴしりと背筋の伸びた女性が、すたすたと入ってくる。その後ろから、ひょいとミリエが顔をのぞかせた。
「お久しぶりです、アリエ様。相変わらずお元気そうで何よりです」
「いえ。そちらもお変わりなく。いつも妹がお世話になっております」
もちろん本心ありきの上で、社交辞令を混ぜた事務的な挨拶が簡単に交わされる。
先程ミリエが名を呼んでいたが、キュリアという、ミリエの後見人もとい、ご意見番のような人である。
薄茶の髪をきっちりと後ろで束ね上げ、怜悧な瞳とまなざしに、三十代も過ぎようかという落ち着き具合が穏やかに交わる。ちらりと余裕がうかがえる生真面目さから、出来る大人の香りが漂う。私もミリエも、彼女には頭が上がらない。
「さっそくですが」
キュリアさんは、私の両脇にいる二人をそれぞれちらりと観察してから、前置きなしで切り出した。と、その前に、と言って彼女自ら話を切る。
「アリエ様、頭の上に鳥の巣を作っていらっしゃるのですか? さぞ足取り重くいらしたことと思いましたが、意外とぐっすり眠れたご様子で」
少しの間、なんのことかと呆けていたが、私はぎょっとして手ぐしで髪を整えた。誤解、誤解です。これは寝癖ではないのです。四六時中ぴいぴい鳴いていて眠るに眠れぬ毎晩です。
服の乱れは直したが髪がぐしゃぐしゃになっているとは気が付かなんだ。慎むべき身であるというのに第一印象がた落ちである。
彼女はミリエのことも私のこともよく知っている。だから、恐らくはミリエと揉めたのだということは、すでに察しがついていることだろう。しかし、なかなかに手厳しいお言葉だ。
逆に、きっちりと公私を分ける厳しさがあるからこそ、彼女がミリエのお目付け役で安心できるのだとも言える。効果のほどは、察してほしい。
「失礼しました。それでは、状況のご説明を願います」
キュリアさんに催促され、私はおとなしくはいと頷いた。あとはもう、なるようにしかならない。
「まず、私が聖都に来た理由ですが、お察しの通り妹が先日帰省したあとこちらに戻る際に、家に特級術士の記章を忘れていったからです」
自慢になってしまうが、ミリエは若くして魔術士会の第一線で活躍できるほどの力を持ったエリートだ。技術面ではまだまだ叩き上げている最中だが、この界隈では指折りの、否おそらくは随一の魔力量を誇る。
聖都、すなわち教会側からも認められ活躍している魔術士たちはみな、その証として記章を与えられる。それを持っていれば、聖都のみならず各地の町でその存在の確実さを示すことに繋がるだろう。魔力の素質がない者にも、その力が確かなものだと伝わるだろう。言わば、魔術士の誇り、および身分証明書だ。
ミリエに与えられたのは、その中でも第一級、特別な魔術士のみに贈られる、金の細工が美しい最高峰を示す記章だ。
ミリエときたら、そんな魔術士たちの憧れ、最高の誉れとも言うべきものをうっかり忘れていったのである。キュリアさんもこれには呆れ顔だろう。
すでに船で聖都へ発ってしまったミリエを呼び戻すわけにもいかず、じゃあこちらから届けますかと私が追いかけることになったのだ。遣いを出しても良かったのだが、なにぶんかなり大事なものなので、私が届けた方が安全かつ確実だろうと満場一致の採択だった。
そして私は、残る家族にしばらくの留守を託し、聖都へとやってくることになったのである。
「とても大切で高価なものですから、丈夫な小袋に入れしっかりと口を縛り、紐が切れないように二重にして通してから、首にかけて持ち歩いておりました」
察してほしい、首に大金をぶら下げてひとり歩く私の恐怖を。
そして、状況は船がタコ型エイリアンに襲われたことで一変してしまう。正確に言えば、私が船から投げ出されたことで一変してしまったのである。
私は切々と当時の状況を訴えた。
「怪物の驚異はその魔術により去りました。しかし、必要以上に激しい威力であったため、船のヘリにいた私は反動で海へと投げ出されてしまったのです!」
少しだけ脚色である。海へと投げ出された直接的な原因は、タコが離れたことによる重心移動の影響だ。もちろん、すぐそばに人がいた状態での強引な発動による、私と少女の身体に対する負荷と衝撃、そして船の縁の大幅な破損も十分な要因であるという姿勢は譲るまい。
そして、私自身はオルカらの助けでなんとか命拾いしたのだが、記章の方はと言えば、引き上げられているときに首からするりと外れて落っこちてしまったのである。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】
ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る――
※他サイトでも投稿中
【完結】ある二人の皇女
つくも茄子
ファンタジー
美しき姉妹の皇女がいた。
姉は物静か淑やかな美女、妹は勝気で闊達な美女。
成長した二人は同じ夫・皇太子に嫁ぐ。
最初に嫁いだ姉であったが、皇后になったのは妹。
何故か?
それは夫が皇帝に即位する前に姉が亡くなったからである。
皇后には息子が一人いた。
ライバルは亡き姉の忘れ形見の皇子。
不穏な空気が漂う中で謀反が起こる。
我が子に隠された秘密を皇后が知るのは全てが終わった時であった。
他のサイトにも公開中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる