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第二幕 袖振り合ったら、引ったくれ
28.シーン2-16(不穏な伝承)
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「あれ、ということは」
聖堂へ来てからというもの、良くない方向へと拗れはじめていた思考がまっさらさらに吹き飛ばされたからなのか、私は別の部分で気になることが出来てきた。
「全てのものに共振者、ってことは、ここに封じてたとかいう、不……えーとなんだっけ。ど忘れしちゃった」
察してほしい。名称も一緒に吹き飛んだ。
確かそう、それは封じ閉じ込められて、洗われることなき存在である。
「ああ、そうだそうだ。えーと、不潔なる黄ばみ? も、二人いたってことですか。本当にここ、大丈夫なんですか?」
一度、思いきって大清掃するべきである。
しかも、共振者が同性であった場合、それを運命の人と捉えてしまうと、その先は禁断の領域だ。この聖堂の向こう側に待つものは、いろんな意味で禁断である。
キュリアさんが気まずそうに咳払いした。
「……アリエ様、先程の風呂の会話を引きずっておいでですね。あれは不浄なる歪み、です。言い間違いにしても、少々下品です」
花も恥じらう乙女にあるまじき発言だったようだ。失礼いたした。
「で、その不浄なる歪みですが、そもそも不浄なる歪みとは全てのマナの流れにあぶれてしまった存在です。マナの螺旋から省かれ、歪んでしまった存在なのですから、不浄なる歪みに共振者は存在しませんよ」
一拍おいて、今度はミリエが話を継いだ。
「そして存在自体がマナの流れを乱してしまう汚らわしい存在なのよ。この世界に周期的に訪れる、マナの異常な流れによる荒廃は全て、不浄なる歪みのせいであるとされているの」
汚らわしいだなんてそんな、愛らしい女の子が荒んだ言葉を吐くものではありません。せめて風呂には入れてやれ。
「ここ十数年は豊かな状態が続いていますが、それ以前はマナの荒廃で木々は枯れ、病が蔓延し……本当に酷く世界は荒れていたんですよ」
キュリアさんはどこか遠くを見て言った。彼女が教会に勤める優しく敬虔なる夫を失ってしまったのは、他ならぬその病が原因なのだという。
飢饉、不衛生、行き場のない怒りと不安と悲しみに人々の心は暗く荒み、死と負の螺旋が続いていく。何が良いとは言い切れないが、原因のわからぬ病が呪いや災いとされ、助かるはずの命が助からない世界はやはりとてもやるせない。
なるほど、つまりこの大聖堂は、祟り神に災いをおこさぬようにと祈りを捧げるためにある場所なのだ。いわゆる荒御霊を斎き祀る御霊信仰に通じるものがあるのではなかろうか。
神には、荒魂と和魂、天変地異や病をもたらし、人々を争いへと駆り立てる禍々しい側面と、日の光や雨、豊穣の恵みをもたらし人々を平和へと導く側面がある。荒御霊とは、怨霊を鎮め、神として手厚く祀った姿なのだ。周囲から爪弾きされてしまった恵まれない生、それを強いた世を祟る、恨みの神。
なんだか、マナの性質や不浄なるなんたらの残骸だかと、似ている気がしなくもない。とりあえず、風呂には入れてやった方が衛生的にもよろしいかと思われる。
「うーん、なんだろうなー。あの絵見てたら、なんかこう、引っ掛かるものがあるんだけど」
黒い影のようなモヤモヤに、二人いる共振者。こうして記憶に思いを馳せつつ壁画をぼんやり眺めていると、何だか懐かしい伝承か何かを思い出しそうになってくる。
「あ、そうそう。確かドンペリみたいな感じの」
「何よそれ」
アンタ何いってんの、とミリエがかったるそうにこちらを向いた。
ドン・ペリニヨンは夜の街でにーちゃんねーちゃんに囲まれながら飲むと楽しい、高級シャンパンである。間違えた。ドッペルゲンガーだ。
「この世のどこかにいるという、自分そっくりの分身のことだったかなあ。なんだっけ、三回会ったら駄目なんだっけ」
都市伝説というものは、伝わるたびに解釈に誤差が生じてしまう。何が正しいと厳密には言えないのである。今回は思い出し忘れと相まって、一般論からさらに外れているかもしれない。
「知らないわよ、聞かないでよ。駄目って、何が駄目なの」
重ねて言うが、違っているような気がする。こうして都市伝説、いわゆる伝承や噂話というのは姿を変えて語り継がれていくのである。
「うーんと、たぶん、自分の存在を乗っ取られる」
「ふうん。何だか薄気味悪いわね。存在を乗っ取られるってどういう意味」
「一回会ったら上着を盗られる。二回会ったらズボンを盗られる。三回会ったら下着を盗られる」
こうやって、いつの間にか百メートルを三秒で走り出すなんていう、わけわからない奇行に出てしまうのである。
「それただの変態じゃない!」
不埒なる極みである。
「でも、どうしてその人は盗られた後で着直さなかったのかしら」
言われてみればそのとおりだ。この世は謎で満ちている。
「さあ。出したままでも良くなっちゃったんじゃない?」
「元から変態だったんじゃない!」
この世は変態で満ちている。
しかし、そう考えると先ほど語られた不潔なる黄ばみだかと、共振者という言い伝えも、どこかで姿を変えてきたものである可能性があるわけだ。
話の方向性が乙女にあるまじきものになってきたからかは知らないが、キュリアさんが軽い咳払いとともに、よろしいでしょうか、と言って割り込んだ。
「申し訳ありませんが、そろそろ私はこの場を少し離れて休もうかと思います。アリエ様も、あまり無理に長居しない方がよろしいのではないのですか」
見れば、キュリアさんの表情も、あまり具合が良いとは言えないものになってきていた。後から聞いたことなのだが、キュリアさんは長くこの場にいるとだんだん気だるくなり、そのうち息が苦しくなってくるのだそうだ。
彼女は私を気遣う視線と共に、少年二人の具合もうかがった。
「ああ、おれは大丈夫です」
オルカは右手をひらひら振った。もうひと方は、とキュリアさんがカインの方を確認したが、カインはそんなキュリアさんや私たちの動向には目もくれず、何もない壁の一点を凝視していた。
壁画が描かれているのではない。特別な何かがそこにあるわけではない。
何を見ているのだろう、としばらく考えてから、私はようやく思い至った。カインがじっと見つめているのは、壁の向こうの建物の中心部、この気配を放つ何かが封印されているはずの、まさにその場所だ。封印されているといったら、やはりこの円を描く魔法陣の中心であると大体相場が決まっている。
「不埒なる極みか……」
「不埒って何よ! アンタのそれはドンタコでしょ!」
妹よ、それはトウモロコシのお菓子である。
「不埒なる極みじゃなくて、不潔なる黄ばみじゃないの!」
妹よ、それは花も恥じらう乙女が口にするには少々下品な方である。
「お二人とも。ふけっ……じゃなかった、不浄なる歪み、ですからね」
続けて訂正するキュリアさんも、一瞬下品な方を言いかけた。あっさりつられてしまうような紛らわしい名称は、やめた方が無難である。
「それでは、私はしばらく失礼します。ミリエ様も、案内が終わりましたら頃合いを見計らって彼らを休ませて差し上げるようお願いします」
彼女はそう言って聖堂を後にした。
聖堂へ来てからというもの、良くない方向へと拗れはじめていた思考がまっさらさらに吹き飛ばされたからなのか、私は別の部分で気になることが出来てきた。
「全てのものに共振者、ってことは、ここに封じてたとかいう、不……えーとなんだっけ。ど忘れしちゃった」
察してほしい。名称も一緒に吹き飛んだ。
確かそう、それは封じ閉じ込められて、洗われることなき存在である。
「ああ、そうだそうだ。えーと、不潔なる黄ばみ? も、二人いたってことですか。本当にここ、大丈夫なんですか?」
一度、思いきって大清掃するべきである。
しかも、共振者が同性であった場合、それを運命の人と捉えてしまうと、その先は禁断の領域だ。この聖堂の向こう側に待つものは、いろんな意味で禁断である。
キュリアさんが気まずそうに咳払いした。
「……アリエ様、先程の風呂の会話を引きずっておいでですね。あれは不浄なる歪み、です。言い間違いにしても、少々下品です」
花も恥じらう乙女にあるまじき発言だったようだ。失礼いたした。
「で、その不浄なる歪みですが、そもそも不浄なる歪みとは全てのマナの流れにあぶれてしまった存在です。マナの螺旋から省かれ、歪んでしまった存在なのですから、不浄なる歪みに共振者は存在しませんよ」
一拍おいて、今度はミリエが話を継いだ。
「そして存在自体がマナの流れを乱してしまう汚らわしい存在なのよ。この世界に周期的に訪れる、マナの異常な流れによる荒廃は全て、不浄なる歪みのせいであるとされているの」
汚らわしいだなんてそんな、愛らしい女の子が荒んだ言葉を吐くものではありません。せめて風呂には入れてやれ。
「ここ十数年は豊かな状態が続いていますが、それ以前はマナの荒廃で木々は枯れ、病が蔓延し……本当に酷く世界は荒れていたんですよ」
キュリアさんはどこか遠くを見て言った。彼女が教会に勤める優しく敬虔なる夫を失ってしまったのは、他ならぬその病が原因なのだという。
飢饉、不衛生、行き場のない怒りと不安と悲しみに人々の心は暗く荒み、死と負の螺旋が続いていく。何が良いとは言い切れないが、原因のわからぬ病が呪いや災いとされ、助かるはずの命が助からない世界はやはりとてもやるせない。
なるほど、つまりこの大聖堂は、祟り神に災いをおこさぬようにと祈りを捧げるためにある場所なのだ。いわゆる荒御霊を斎き祀る御霊信仰に通じるものがあるのではなかろうか。
神には、荒魂と和魂、天変地異や病をもたらし、人々を争いへと駆り立てる禍々しい側面と、日の光や雨、豊穣の恵みをもたらし人々を平和へと導く側面がある。荒御霊とは、怨霊を鎮め、神として手厚く祀った姿なのだ。周囲から爪弾きされてしまった恵まれない生、それを強いた世を祟る、恨みの神。
なんだか、マナの性質や不浄なるなんたらの残骸だかと、似ている気がしなくもない。とりあえず、風呂には入れてやった方が衛生的にもよろしいかと思われる。
「うーん、なんだろうなー。あの絵見てたら、なんかこう、引っ掛かるものがあるんだけど」
黒い影のようなモヤモヤに、二人いる共振者。こうして記憶に思いを馳せつつ壁画をぼんやり眺めていると、何だか懐かしい伝承か何かを思い出しそうになってくる。
「あ、そうそう。確かドンペリみたいな感じの」
「何よそれ」
アンタ何いってんの、とミリエがかったるそうにこちらを向いた。
ドン・ペリニヨンは夜の街でにーちゃんねーちゃんに囲まれながら飲むと楽しい、高級シャンパンである。間違えた。ドッペルゲンガーだ。
「この世のどこかにいるという、自分そっくりの分身のことだったかなあ。なんだっけ、三回会ったら駄目なんだっけ」
都市伝説というものは、伝わるたびに解釈に誤差が生じてしまう。何が正しいと厳密には言えないのである。今回は思い出し忘れと相まって、一般論からさらに外れているかもしれない。
「知らないわよ、聞かないでよ。駄目って、何が駄目なの」
重ねて言うが、違っているような気がする。こうして都市伝説、いわゆる伝承や噂話というのは姿を変えて語り継がれていくのである。
「うーんと、たぶん、自分の存在を乗っ取られる」
「ふうん。何だか薄気味悪いわね。存在を乗っ取られるってどういう意味」
「一回会ったら上着を盗られる。二回会ったらズボンを盗られる。三回会ったら下着を盗られる」
こうやって、いつの間にか百メートルを三秒で走り出すなんていう、わけわからない奇行に出てしまうのである。
「それただの変態じゃない!」
不埒なる極みである。
「でも、どうしてその人は盗られた後で着直さなかったのかしら」
言われてみればそのとおりだ。この世は謎で満ちている。
「さあ。出したままでも良くなっちゃったんじゃない?」
「元から変態だったんじゃない!」
この世は変態で満ちている。
しかし、そう考えると先ほど語られた不潔なる黄ばみだかと、共振者という言い伝えも、どこかで姿を変えてきたものである可能性があるわけだ。
話の方向性が乙女にあるまじきものになってきたからかは知らないが、キュリアさんが軽い咳払いとともに、よろしいでしょうか、と言って割り込んだ。
「申し訳ありませんが、そろそろ私はこの場を少し離れて休もうかと思います。アリエ様も、あまり無理に長居しない方がよろしいのではないのですか」
見れば、キュリアさんの表情も、あまり具合が良いとは言えないものになってきていた。後から聞いたことなのだが、キュリアさんは長くこの場にいるとだんだん気だるくなり、そのうち息が苦しくなってくるのだそうだ。
彼女は私を気遣う視線と共に、少年二人の具合もうかがった。
「ああ、おれは大丈夫です」
オルカは右手をひらひら振った。もうひと方は、とキュリアさんがカインの方を確認したが、カインはそんなキュリアさんや私たちの動向には目もくれず、何もない壁の一点を凝視していた。
壁画が描かれているのではない。特別な何かがそこにあるわけではない。
何を見ているのだろう、としばらく考えてから、私はようやく思い至った。カインがじっと見つめているのは、壁の向こうの建物の中心部、この気配を放つ何かが封印されているはずの、まさにその場所だ。封印されているといったら、やはりこの円を描く魔法陣の中心であると大体相場が決まっている。
「不埒なる極みか……」
「不埒って何よ! アンタのそれはドンタコでしょ!」
妹よ、それはトウモロコシのお菓子である。
「不埒なる極みじゃなくて、不潔なる黄ばみじゃないの!」
妹よ、それは花も恥じらう乙女が口にするには少々下品な方である。
「お二人とも。ふけっ……じゃなかった、不浄なる歪み、ですからね」
続けて訂正するキュリアさんも、一瞬下品な方を言いかけた。あっさりつられてしまうような紛らわしい名称は、やめた方が無難である。
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