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第二幕 袖振り合ったら、引ったくれ
29.シーン2-17(空白)
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キュリアさんが去ったあと、ミリエとオルカと私がこれからどうしようかと悩んでいると、しばらく微動だにしていなかったはずのカインが、何かを思い至ったように突如として動き出した。
彼はミリエがどこに行くのと呼び止める声に耳を傾けることもなく、つかつかとどこかへ向けて歩いていく。
「あっ、まさか!」
カインの目的を察したミリエが青い顔をした。その、まさかだろう。
「駄目よ、いくらなんでも、危ないわ!」
ミリエの制止などまるで聞くことなく、カインはどんどん進んでいく。
力ずくで抑え込むわけにもいかず、ひとまず後を追いかけるしかないのか、ミリエとオルカが駆け足でついていった。私はひどく迷ったが、危ないらしい場所へ妹が行くというのは心配だ。仕方なしに、意を決して私もついていくことにした。
いや、正直に言おう。私は、この吐きそうな気配に不快感と恐怖を覚えながら、しかし同時にその正体がとてつもなく気になってしまったのだ。野次馬根性は、時として自らの首を絞める結果に繋がってしまうことがある。これが大きな分かれ道となるような、取り返しのつかない判断にならないことを祈るより他にない。
建物内部は入り組んだ構造をしているというのに、なぜかカインは進むべき道が分かるかのように速度を変えない。時おり行き止まりにぶち当たっても、軽く周囲を見回しては何かを探り、また迷いなく進んでいく。
私の横で、ミリエが小さく「どうして分かるの」と、得体の知れぬものを前に、どこか怯えた目をして呟いた。カインが迷いなく選んだ道は、完全に当たっていたのだ。
ミリエがあまりにも不安そうな顔をしているものだから、私はスライディングして止めようかと提案した。不穏な気配の正体は気になるが、こうも妹が不安そうにしていたのでは、好奇心を我慢してでも止めてあげたくなるのである。なんなら音をあげ諦めるまでサブミッションで固めてもいい。
ミリエは不安も吹っ飛ぶ呆れ顔になったあと、私を睨んだ。妹よ、なぜそんな顔をするのだ。私は別にふざけて何かを狙って言ったわけではないのだ。
一向に止まる気配のないカインにいよいよまずくなったのか、前言撤回の顔でミリエが私の方を見た。すでに関係者以外立ち入り禁止のテープは通り越した場所らしい。彼女が発した、再三、再四、もとい、何度もかける止まれの声に、カインはまるで耳を貸さない。
私はこくりと頷いた。華麗なる足さばき、とくとご覧いただこう。
タイミングを見計らい、小さく吸い込む息がふっと静止する。かっと見開いた目に飛び込んだポイントに狙い定め、体勢低く、思いきり踏み込む。雷に打たれたような衝撃が突き抜け、私は足を挫いて豪快にずっこけた。
「ぎにゃーっ!」
忘れちゃならない、私は利き足を捻挫しているのである。適当にごまかした処置をしていたが、本格的にこれはいけない。
まるで止まることなかったカインすらも、何事かと私を振り返った。こんな結果で引き留められただなんて私は嫌である。
足を押さえてごろごろと床に転がる私に蔑視が集まる。お前はいったい何がしたいのだ、とみな暗に言っている。特に、ミリエがとても残念そうな、情けなそうな、悲しそうな目をしている。私だって情けないし、泣きたい。
「何やってんのよ、アンタ。しょうもないわね」
しょうもないだなんて、あんまりである。
「もう。怪我してたんなら言いなさいよ。仕方ないわね、あとで治癒術かけてあげるから、ちゃんと来るのよ」
これだ。これこそまさに、彼女がバカ受けされる理由である。
「な、なにニヤニヤしてるのよ! 別に心配したんじゃないんだから! またそうやって転ばれたら困るからよ!」
完璧である。
私たちがごたごたと騒いでいるあいだに、結局カインは目的地へと到達してしまったらしい。ミリエが私を睨む。なんていうか、申し訳ない。
防護魔術の中心地は、物理の壁とさらなる魔術結界で完全に閉めきられており、中を確認することはできない。近づけば近づくほどに、背筋に冷たい何かが潜り込んでくるような寒気が襲い、ざわつく胸のむかつきがひどくなる。
光の届かぬ完全なる暗黒の空間を、張り巡らされた魔術が放つ不可思議な燐光と松明の火が怪しく照らす。松明は、オルカが持ってくれている。彼は世話焼きであると同時に、貧乏くじを引かされる性分らしい。
強固な結界を前にしてどうするのかとカインを眺めていると、彼は静かに結界へと手のひらをかざした。かと思いきや、次の瞬間には息がつまりそうな魔力の激流がほとばしる。なんと彼はいともたやすく結界を吹き飛ばしてしまった。
こうも力の差を見せられてしまっては、ミリエもオルカもどうしようもないのだろう。二人とも唖然とした表情でカインを見つめている。重そうな扉さえも魔力にものを言わせて一緒くたに吹き飛ばしてしまった彼は、そのまま誰に引き留められることもなく、中へと足を踏み入れた。
閉ざされていた空間は真っ暗、ではなかったのだから驚きだ。狭い空間の中を渦巻き、ひしめき、のたうち回るかのごとく、嫌なマナが満ち溢れて激流を作っている。その中心が、かすかな光を帯びているのだ。
部屋の真ん中にある丸い光を見た瞬間、ぴしゃりと何かが全身を駆けめぐった、ような気がした。こういうのもおかしな話かもしれないが、何やら目が合った気がしたのだ。私に備わるなけなしの本能が、やばいもんに目をつけられたと告げている。
むせかえりそうになるマナの濃さに、魔力の高いミリエとオルカも顔をしかめた。それでも中に入ってしまったカインをそのままにしておくわけにはいかないと、ミリエが中へ入っていく。その後を、オルカが心配して追いかけた。
「うっわ、何ここ……」
私は思わず、口元を手で覆った。
「サウナみたい」
空気に熱気が含まれている時のように、吸い込む息に気管と肺が焼かれていく気分になる。
「ちょっとアンタ、なんで一緒に入ってきたのよ! ……サウナって何」
「蒸し風呂」
私の表現に、オルカがなるほど確かにと相づちを打った。
「これだとかなり熱すぎるかもね。本当に大丈夫?」
ミリエとオルカが心配そうな目で私を見る。
「無理。死んだらごめん」
背中を丸めて口元を押さえたまま、吐き気を我慢してなんとか声を出している状態だ。本当に、なぜ私は入ってしまったのだ。
船に乗っていたときに、カインが私の背後に強大な魔術を出現させた。それが発動した瞬間に息がつまりそうになったものだが、こうしてみると、あの時の感覚は本当に、今のこのむせかえりそうな感覚と似ているな、なんていうことをふと考えた。
マナの螺旋から外れてしまった歪み、世界のマナの流れを荒らす存在。生きとし生けるもの全ての命を奪うほどに、膨大なマナを溜め込んだ者。似ているなんて言って良いものかはわかりかねるが、少なくとも、私はこれとよく似た感覚に、死を見たのは間違いないはずなのだ。
ぐらりと体の平行感覚が揺れ、目の前が暗く沈む。どこか遠くで、私の名前が呼ばれている気がしなくもない。アリエ。アリエ。大丈夫?
具合は大丈夫か。そう問われて、私は反射的に大丈夫であると答えた。問いかけてきた声の主の表情は安堵しているようには思えない。私は結局、大丈夫、ではなかったのだ。
彼はミリエがどこに行くのと呼び止める声に耳を傾けることもなく、つかつかとどこかへ向けて歩いていく。
「あっ、まさか!」
カインの目的を察したミリエが青い顔をした。その、まさかだろう。
「駄目よ、いくらなんでも、危ないわ!」
ミリエの制止などまるで聞くことなく、カインはどんどん進んでいく。
力ずくで抑え込むわけにもいかず、ひとまず後を追いかけるしかないのか、ミリエとオルカが駆け足でついていった。私はひどく迷ったが、危ないらしい場所へ妹が行くというのは心配だ。仕方なしに、意を決して私もついていくことにした。
いや、正直に言おう。私は、この吐きそうな気配に不快感と恐怖を覚えながら、しかし同時にその正体がとてつもなく気になってしまったのだ。野次馬根性は、時として自らの首を絞める結果に繋がってしまうことがある。これが大きな分かれ道となるような、取り返しのつかない判断にならないことを祈るより他にない。
建物内部は入り組んだ構造をしているというのに、なぜかカインは進むべき道が分かるかのように速度を変えない。時おり行き止まりにぶち当たっても、軽く周囲を見回しては何かを探り、また迷いなく進んでいく。
私の横で、ミリエが小さく「どうして分かるの」と、得体の知れぬものを前に、どこか怯えた目をして呟いた。カインが迷いなく選んだ道は、完全に当たっていたのだ。
ミリエがあまりにも不安そうな顔をしているものだから、私はスライディングして止めようかと提案した。不穏な気配の正体は気になるが、こうも妹が不安そうにしていたのでは、好奇心を我慢してでも止めてあげたくなるのである。なんなら音をあげ諦めるまでサブミッションで固めてもいい。
ミリエは不安も吹っ飛ぶ呆れ顔になったあと、私を睨んだ。妹よ、なぜそんな顔をするのだ。私は別にふざけて何かを狙って言ったわけではないのだ。
一向に止まる気配のないカインにいよいよまずくなったのか、前言撤回の顔でミリエが私の方を見た。すでに関係者以外立ち入り禁止のテープは通り越した場所らしい。彼女が発した、再三、再四、もとい、何度もかける止まれの声に、カインはまるで耳を貸さない。
私はこくりと頷いた。華麗なる足さばき、とくとご覧いただこう。
タイミングを見計らい、小さく吸い込む息がふっと静止する。かっと見開いた目に飛び込んだポイントに狙い定め、体勢低く、思いきり踏み込む。雷に打たれたような衝撃が突き抜け、私は足を挫いて豪快にずっこけた。
「ぎにゃーっ!」
忘れちゃならない、私は利き足を捻挫しているのである。適当にごまかした処置をしていたが、本格的にこれはいけない。
まるで止まることなかったカインすらも、何事かと私を振り返った。こんな結果で引き留められただなんて私は嫌である。
足を押さえてごろごろと床に転がる私に蔑視が集まる。お前はいったい何がしたいのだ、とみな暗に言っている。特に、ミリエがとても残念そうな、情けなそうな、悲しそうな目をしている。私だって情けないし、泣きたい。
「何やってんのよ、アンタ。しょうもないわね」
しょうもないだなんて、あんまりである。
「もう。怪我してたんなら言いなさいよ。仕方ないわね、あとで治癒術かけてあげるから、ちゃんと来るのよ」
これだ。これこそまさに、彼女がバカ受けされる理由である。
「な、なにニヤニヤしてるのよ! 別に心配したんじゃないんだから! またそうやって転ばれたら困るからよ!」
完璧である。
私たちがごたごたと騒いでいるあいだに、結局カインは目的地へと到達してしまったらしい。ミリエが私を睨む。なんていうか、申し訳ない。
防護魔術の中心地は、物理の壁とさらなる魔術結界で完全に閉めきられており、中を確認することはできない。近づけば近づくほどに、背筋に冷たい何かが潜り込んでくるような寒気が襲い、ざわつく胸のむかつきがひどくなる。
光の届かぬ完全なる暗黒の空間を、張り巡らされた魔術が放つ不可思議な燐光と松明の火が怪しく照らす。松明は、オルカが持ってくれている。彼は世話焼きであると同時に、貧乏くじを引かされる性分らしい。
強固な結界を前にしてどうするのかとカインを眺めていると、彼は静かに結界へと手のひらをかざした。かと思いきや、次の瞬間には息がつまりそうな魔力の激流がほとばしる。なんと彼はいともたやすく結界を吹き飛ばしてしまった。
こうも力の差を見せられてしまっては、ミリエもオルカもどうしようもないのだろう。二人とも唖然とした表情でカインを見つめている。重そうな扉さえも魔力にものを言わせて一緒くたに吹き飛ばしてしまった彼は、そのまま誰に引き留められることもなく、中へと足を踏み入れた。
閉ざされていた空間は真っ暗、ではなかったのだから驚きだ。狭い空間の中を渦巻き、ひしめき、のたうち回るかのごとく、嫌なマナが満ち溢れて激流を作っている。その中心が、かすかな光を帯びているのだ。
部屋の真ん中にある丸い光を見た瞬間、ぴしゃりと何かが全身を駆けめぐった、ような気がした。こういうのもおかしな話かもしれないが、何やら目が合った気がしたのだ。私に備わるなけなしの本能が、やばいもんに目をつけられたと告げている。
むせかえりそうになるマナの濃さに、魔力の高いミリエとオルカも顔をしかめた。それでも中に入ってしまったカインをそのままにしておくわけにはいかないと、ミリエが中へ入っていく。その後を、オルカが心配して追いかけた。
「うっわ、何ここ……」
私は思わず、口元を手で覆った。
「サウナみたい」
空気に熱気が含まれている時のように、吸い込む息に気管と肺が焼かれていく気分になる。
「ちょっとアンタ、なんで一緒に入ってきたのよ! ……サウナって何」
「蒸し風呂」
私の表現に、オルカがなるほど確かにと相づちを打った。
「これだとかなり熱すぎるかもね。本当に大丈夫?」
ミリエとオルカが心配そうな目で私を見る。
「無理。死んだらごめん」
背中を丸めて口元を押さえたまま、吐き気を我慢してなんとか声を出している状態だ。本当に、なぜ私は入ってしまったのだ。
船に乗っていたときに、カインが私の背後に強大な魔術を出現させた。それが発動した瞬間に息がつまりそうになったものだが、こうしてみると、あの時の感覚は本当に、今のこのむせかえりそうな感覚と似ているな、なんていうことをふと考えた。
マナの螺旋から外れてしまった歪み、世界のマナの流れを荒らす存在。生きとし生けるもの全ての命を奪うほどに、膨大なマナを溜め込んだ者。似ているなんて言って良いものかはわかりかねるが、少なくとも、私はこれとよく似た感覚に、死を見たのは間違いないはずなのだ。
ぐらりと体の平行感覚が揺れ、目の前が暗く沈む。どこか遠くで、私の名前が呼ばれている気がしなくもない。アリエ。アリエ。大丈夫?
具合は大丈夫か。そう問われて、私は反射的に大丈夫であると答えた。問いかけてきた声の主の表情は安堵しているようには思えない。私は結局、大丈夫、ではなかったのだ。
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