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第三幕 神は天に居まし、人の世は神も無し
44.シーン3-10(またもや船)
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その後、適当に船内をうろつきながら、気配としては分かりやすいミリエの魔力を探り、私は別の客間へと足を運んだ。
いくつかのベッドとソファ、そして小さなテーブルが据えられた、小規模ながらも質の良さを感じさせる部屋だ。部屋の中ではミリエとキュリアさんがすでに腰を落ち着けており、私が顔をのぞかせると、ああ、ちょうど良かった、と出迎えてくれたキュリアさんが呟いた。船に同乗している衛兵に、私を呼んできてもらうつもりだったらしい。
どうぞこちらへとソファを示され、私は小さなソファの一つに腰掛けた。
「それにしても、よくぞここまでご同行してくれましたね」
小さなテーブルを挟んで、真向かいのソファへと腰かけたキュリアさんは、なんとも心の読めない笑みで、開口一番そう言った。
言葉に潜むささやかな何かを悟り、無言のままさっと身構えてしまった私を見て、彼女は今度こそ本当に笑って「冗談ですよ」と言った。そして、少し声のトーンを抑えると「まあ、冗談と言えるほど冗談でもありませんが」と付け足した。
「ばかね、すっごく気持ちよっさそおーに、ぐっすり寝てるんだもん。しかも……」
言葉も出ない聖都での私の失態を思い返したのか、隣で座るミリエが呆れる。
「まさか、思いっきりもたれ掛かって寝るなんて……見ていて肝が冷えたじゃない」
「起こしてくれれば良かったのに……」
私が少し口を尖らせて言うと、対するミリエも、だって気まずかったんだもん、と同じように口を尖らせた。
聖都での一件以来、ミリエはあまり彼に声を掛けたがらなくなったらしい。元々警戒心が強い部類のキュリアさんも、奇抜すぎるあの見た目も相まってか、あまり心を開いているとは言いがたい。私が彼を借金返済の片棒を担がせる相手として信用しきっていない以上に、彼女もまた、借金を負わせる相手として、何よりこれからしばらく付き合っていく仲として、信用しようにも出来ず不安に思っているのだろう。そりゃそうだ。なんたって、彼は聖都行きの同じ船に乗っていたということ以外に、私たちとの接点などまるでない、どこぞの馬の骨なのである。
「そう言えば、あの人は?」
ミリエは辺りをキョロキョロと見回しながら、目を細めたりして何かを探っている。多分、カインのことだろう。あれだけ彼の名前にこだわっておきながら、一日ほどであの人呼ばわりなのだから、何ともまあ現金な妹である。何かしら常に興味は起きれども、ころころとその対象が変わってしまうところは昔からだ。
「お部屋でひとり優雅におくつろぎでしたわよ」
私の返答を聞いたミリエは、軽く驚いてから再び呆れ顔になった。
「なによ、アンタわざわざ会いにいったの」
「うん、干し肉投げつけてやろうと思ったんだけど、やめた」
「ちょっと、変なことしないでよ、また何かあったらどうするのよ!」
目を剥いてミリエが怒る。
どうやら彼は、いわゆる腫れ物のポジションを見事獲得してしまったに違いない。何も言うまい、見ず知らずの人物であるばかりか、さらに大聖堂ではあれだけ強引かつ派手に動いてくれたのだから、そんなものは当然である。
仮に、とても怪力の心優しいゴリラがいたとしよう。ゴリラだから、どんなに心優しくとも、人に道理は通じない。そんなゴリラは、道路に見つけた子猫を助けるために、なんと走り来るトラックを片手で受け止めたのである。心優しいゴリラのことだから、あくまでもトラックの動きを止めただけで、運転手に怪我のないよう、気を遣ったことだろう。
しかし、運転手が慌てて急ブレーキを踏んでいたのだとしても、いくらかの衝撃は予想される。それにより、トラックはゴリラの手形かあるいはそれ以上にフロントがへこみ、運転手に怪我はなくとも修理費が発生する。下手にハンドルを切っていようものなら横転していたかもしれない。
交通量の多い通りであった場合には、後続の車は見事に玉突き事故となり、さらに被害は拡大する。運が悪ければ犠牲者が出る。付近の道路は封鎖となり、交通機関の一時的な麻痺により、流通面でも少なからず損害が出る。
例えその子猫が有名セレブの愛猫であり、後に飼い主から多額のお礼金が出るとしても、もはやそういう話ではない。はた迷惑も甚だしい。損失が出た以上、それは立派な過失となる。
確信犯なんて言葉があるが、例え当人が善であると確信していたのだとしても、予想だにしない被害がついて回ることは多々多々あるのだ。
そんなはた迷惑かつ、道理が通じずあげくの果ては百万馬力のゴリラなど、どう考えても対処に困るはずである。一体どんな物好きか暇人が、言葉の通じぬ身元不明のしかもゴリラを裁判所まで訴えることが出来ようか。ゴリラに「君、弁償してよ」なんて言って裁判にかける暇があるなら、それよりも先にやることがある。
例えゴリラに悪気はなくとも、今後似たようなことが起こらないとは限らない。ゴリラにしてみればちょっと気軽に子猫を助けたつもりでも、こちらにしてみればいい迷惑の大迷惑なのである。頼むからやめてくれとしか、言いようがない。
強いて言うなら、もしそのゴリラに何らかの形で話の通じる人間の身元保証人がいた場合、その人物が証言台に上げられる可能性は無きにしもあらずである。
別に、私だって好きで言葉の通じぬ身元不明のしかもゴリラを引き連れていたわけではないのだ。例えそれが、普段はどれほど大人しい存在であったとしてもだ。金の悩みは切実である。
状況から察するに、おそらく彼は貸しきりで専用の個室を与えられたのだろう。然るべきと言われれば、然るべき措置と言える。誰だって、ゴリラと相部屋なんて言われたら落ち着かない。私が一度足を運んだ時に見たが、彼の個室の近くには見張りが待機しているという手厚い歓迎具合である。そんなにも目の上のたんこぶであるというのなら、なぜわざわざ彼をこの船まで連れてきたのかと問いたい。
いくつかのベッドとソファ、そして小さなテーブルが据えられた、小規模ながらも質の良さを感じさせる部屋だ。部屋の中ではミリエとキュリアさんがすでに腰を落ち着けており、私が顔をのぞかせると、ああ、ちょうど良かった、と出迎えてくれたキュリアさんが呟いた。船に同乗している衛兵に、私を呼んできてもらうつもりだったらしい。
どうぞこちらへとソファを示され、私は小さなソファの一つに腰掛けた。
「それにしても、よくぞここまでご同行してくれましたね」
小さなテーブルを挟んで、真向かいのソファへと腰かけたキュリアさんは、なんとも心の読めない笑みで、開口一番そう言った。
言葉に潜むささやかな何かを悟り、無言のままさっと身構えてしまった私を見て、彼女は今度こそ本当に笑って「冗談ですよ」と言った。そして、少し声のトーンを抑えると「まあ、冗談と言えるほど冗談でもありませんが」と付け足した。
「ばかね、すっごく気持ちよっさそおーに、ぐっすり寝てるんだもん。しかも……」
言葉も出ない聖都での私の失態を思い返したのか、隣で座るミリエが呆れる。
「まさか、思いっきりもたれ掛かって寝るなんて……見ていて肝が冷えたじゃない」
「起こしてくれれば良かったのに……」
私が少し口を尖らせて言うと、対するミリエも、だって気まずかったんだもん、と同じように口を尖らせた。
聖都での一件以来、ミリエはあまり彼に声を掛けたがらなくなったらしい。元々警戒心が強い部類のキュリアさんも、奇抜すぎるあの見た目も相まってか、あまり心を開いているとは言いがたい。私が彼を借金返済の片棒を担がせる相手として信用しきっていない以上に、彼女もまた、借金を負わせる相手として、何よりこれからしばらく付き合っていく仲として、信用しようにも出来ず不安に思っているのだろう。そりゃそうだ。なんたって、彼は聖都行きの同じ船に乗っていたということ以外に、私たちとの接点などまるでない、どこぞの馬の骨なのである。
「そう言えば、あの人は?」
ミリエは辺りをキョロキョロと見回しながら、目を細めたりして何かを探っている。多分、カインのことだろう。あれだけ彼の名前にこだわっておきながら、一日ほどであの人呼ばわりなのだから、何ともまあ現金な妹である。何かしら常に興味は起きれども、ころころとその対象が変わってしまうところは昔からだ。
「お部屋でひとり優雅におくつろぎでしたわよ」
私の返答を聞いたミリエは、軽く驚いてから再び呆れ顔になった。
「なによ、アンタわざわざ会いにいったの」
「うん、干し肉投げつけてやろうと思ったんだけど、やめた」
「ちょっと、変なことしないでよ、また何かあったらどうするのよ!」
目を剥いてミリエが怒る。
どうやら彼は、いわゆる腫れ物のポジションを見事獲得してしまったに違いない。何も言うまい、見ず知らずの人物であるばかりか、さらに大聖堂ではあれだけ強引かつ派手に動いてくれたのだから、そんなものは当然である。
仮に、とても怪力の心優しいゴリラがいたとしよう。ゴリラだから、どんなに心優しくとも、人に道理は通じない。そんなゴリラは、道路に見つけた子猫を助けるために、なんと走り来るトラックを片手で受け止めたのである。心優しいゴリラのことだから、あくまでもトラックの動きを止めただけで、運転手に怪我のないよう、気を遣ったことだろう。
しかし、運転手が慌てて急ブレーキを踏んでいたのだとしても、いくらかの衝撃は予想される。それにより、トラックはゴリラの手形かあるいはそれ以上にフロントがへこみ、運転手に怪我はなくとも修理費が発生する。下手にハンドルを切っていようものなら横転していたかもしれない。
交通量の多い通りであった場合には、後続の車は見事に玉突き事故となり、さらに被害は拡大する。運が悪ければ犠牲者が出る。付近の道路は封鎖となり、交通機関の一時的な麻痺により、流通面でも少なからず損害が出る。
例えその子猫が有名セレブの愛猫であり、後に飼い主から多額のお礼金が出るとしても、もはやそういう話ではない。はた迷惑も甚だしい。損失が出た以上、それは立派な過失となる。
確信犯なんて言葉があるが、例え当人が善であると確信していたのだとしても、予想だにしない被害がついて回ることは多々多々あるのだ。
そんなはた迷惑かつ、道理が通じずあげくの果ては百万馬力のゴリラなど、どう考えても対処に困るはずである。一体どんな物好きか暇人が、言葉の通じぬ身元不明のしかもゴリラを裁判所まで訴えることが出来ようか。ゴリラに「君、弁償してよ」なんて言って裁判にかける暇があるなら、それよりも先にやることがある。
例えゴリラに悪気はなくとも、今後似たようなことが起こらないとは限らない。ゴリラにしてみればちょっと気軽に子猫を助けたつもりでも、こちらにしてみればいい迷惑の大迷惑なのである。頼むからやめてくれとしか、言いようがない。
強いて言うなら、もしそのゴリラに何らかの形で話の通じる人間の身元保証人がいた場合、その人物が証言台に上げられる可能性は無きにしもあらずである。
別に、私だって好きで言葉の通じぬ身元不明のしかもゴリラを引き連れていたわけではないのだ。例えそれが、普段はどれほど大人しい存在であったとしてもだ。金の悩みは切実である。
状況から察するに、おそらく彼は貸しきりで専用の個室を与えられたのだろう。然るべきと言われれば、然るべき措置と言える。誰だって、ゴリラと相部屋なんて言われたら落ち着かない。私が一度足を運んだ時に見たが、彼の個室の近くには見張りが待機しているという手厚い歓迎具合である。そんなにも目の上のたんこぶであるというのなら、なぜわざわざ彼をこの船まで連れてきたのかと問いたい。
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