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第三幕 神は天に居まし、人の世は神も無し
45.シーン3-11(悲しいお知らせ)
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部屋の戸がコンコンと叩かれ、給仕の女性が三人分のお茶と茶菓子を持ってやってきた。簡単な言葉をキュリアさんと給仕係が交わし、私とミリエが短く礼を述べる。
「まあ、まずはお茶でも飲みながら、今後の予定についてお話ししましょう」
給仕係が部屋から出たことを確認すると、キュリアさんは手元に用意してあった羊皮紙をテーブルの中ほどに広げた。この付近一帯の地形が記されている地図だ。
「アリエ様には、是非とも張り切って事にあたっていただきたく思います」
何の脈絡もない言葉とともに、彼女は私の目を見て微笑んだ。よくぞここまで付いてきてくれましたという、裏のありそうな言葉を思い出す。ここはどこかと問われれば、まごうこと無く船の中、周りに広がる景色は海だ。
一抹のよろしくない可能性が脳裏をよぎる。まさか。まさかである。さすがにそれはないだろうと思われる。
急に、言い知れぬ不安と恐怖がこみ上げる。あまりにも馬鹿馬鹿しい考えに思わず呆れて笑ってしまい、そしてなぜ肝心な話の最中にぐーすか寝ていたのだろうという果てしない後悔に、じんわりと熱くなる目頭を押さえこんだ。落とした記章を海に飛び込んで見つかるまで探してこいとか言われちゃったらどうしよう。
逃げ場のない海上という完璧なシチュエーションで完全に撃沈してしまったアリエ号を見かねたのか、キュリア号は助け船を差し出した。
「だから、冗談ですよ。さすがに海の中に沈んだ記章を探せだなんて無茶なことは申しません」
「どこに向かってるんですか?」
私が安堵して尋ねると、彼女は地図の上に指を乗せた。彼女の指は聖都最寄のグレマロース港から、海岸沿いを滑るように南下していく。
「コクヤへ向かっています。おそらくは中一日ほどかかります」
彼女の指が止まったのは、聖都より少し離れた南東にある、海沿いの街だった。
「交易港ですね。私も行くのは初めてです。なんでそんなところへ?」
コクヤは上と下を二つの海に挟まれており、海峡となる場所に存在している。西側と東側を繋ぐ交易港としてのみならず、政治、軍事、様々な重要性をもつ位置にある都市として、古くから栄えているのだそうだ。マナの荒廃により長らく外界との行き来が減っていたが、昨今の勢いに乗せて再び活気を取り戻してきているらしい、非常に大きな街だ。
さらに、大きな建造物の跡も残されており、その昔には王都があったと言われている。なるほど、昔の王都と聖都は、海路のみならず陸路でもちゃんと繋がる位置に存在したのだ。なぜ我々の生活の要である流通を仕切る位置にある大都市から、奇妙な森の向こう側という不便な場所へと首都を移すに至ったのか、こうしてみると疑問が残る。
なぜコクヤへ向かうのかという私の問いに対し、キュリアさんは少し声を潜めて、昨日の大聖堂での一件ですが、と前置きしてから話を進めた。
昨日、聖堂から戻った際に、カインが「問題は無い」と断言していた通り、聖都中のマナの探知に優れた魔術士たちが一晩かけてマナの動きを監視し続けた結果、雲が晴れぬ心持ちのまま仕方なしと出された答えが、それだった。遥か昔から、誰にも手出しのできぬまま狂い続けていた淀んだ魂の成れの果ては、この世の全てを疑いたくなるほどに、途方も無くあっさりと片付いた。
さて、話が変わって、ここで絡んでくるのが私の借金問題である。キュリアさんが話してくれたところによると、どうやらそのコクヤにも大聖堂にあったようなマナの淀みが残されているらしい。難しく考えずとも、その異常なマナの吹き溜まりに、コクヤがどれだけ手を焼いているかは察しが付くというものだ。そう、私が苦労と葛藤の末に連れてきたカモ、ギャラクシー・パラリラの出番である。まさかこんなところで実を結ぶことになるとは思いもしない。
借金を返済しなければならなくなった彼に加え、聖堂でのことを考慮して、解除中の防護壁係としてミリエが同行することになり、さらにオルカも負担を減らすべく防護壁係その二の役を自ら買って出てくれたという。何だかもはや単なる借金返済におさまらぬ規模で此度編成されたのが、このマナ解放隊とのことらしい。
前々から、教会側もコクヤに留まるマナの歪みの対処であれこれやりとりがあったらしく、取り除けるものならば取り除きたいものだったそうだ。まさに渡りに船というところだろうか、もしも本当に取り除くことができた暁には、報酬の一部をカインの返済分として充ててくれるという話だ。
教会側は、制止も聞かずに面倒事を引き起こしてくれるような人物を聖都に置いておきたくないのだろうか、夜が明けた途端、即刻出発が決定したのである。
「あの、私が入り込む余地がまるでないように思うのですが」
蚊帳の外というのはまさにこのことなのだろう。彼女の説明を聞く限りでは、私の出番は完全に無い。本当に荷物持ちなのだとしたら、悲しいことこの上ない。
「何を仰るんですか。アリエ様はもっと大変ですよ。まずは到着まで中一日ほどありますので、お持ちいただいた書類の書き写しをお願いします。コクヤに着いたら、色々と聖都からの荷物を配達していただかなくてはなりません」
完全なる肉体労働ではないか! しかも、解放隊とは方向のまるで違う、させときゃ何とかなるだろみたいな感じの完全なるおまけ仕事ではないか!
どうりで荷物が異様に重いはずである。教科書をぱんぱんに詰め込んだ学生鞄並みの質量だったはずである。あれらがまるまる私の課題なのかもしれないと思っただけで気が遠くなる。
「馬車の中でああ言っておいて申し訳ありませんが、コクヤは一部治安の悪いところもありますから、まさに剣を振るいつつ貢献していただくことになりかねません。兵装に着替えてはいただきましたが、変に近道しようとしたりなんて無茶はなさらないでくださいね」
「え!」
彼女の突然の警告に驚いた私は、慌てて羽織っていた上着を持ち上げた。
「剣なんてありませんよ! 落としましたよ!」
真っ先にお茶と茶菓子に手をつけていたミリエは、お茶が波を作って飛び出すかと思うほどの勢いでカップを机にドンと置き、口の中を噴き出しそうな顔をしてこちらを向いた。
「は? 何言ってんのよ今更! 早くそれ言いなさいよ!」
「言ったじゃん! 剣買わないとって!」
「知らないわよ!」
言い争いを始めた私たち姉妹を、キュリアさんが止めに入った。船で一緒に落としたと聞いた彼女は、困りましたね、と呟いて顎に手を添えた。
「あなたの持てるような小型のものは、さすがにこちらにはありません。あまりひと気のない路地には立ち入らないように、くれぐれも気をつけていただくしかありませんね」
私の持っていた刀身は、我が家と交流のある鍛冶屋の店主の善意で貰い受けたものだ。彼の奥方へピーラーその他の主婦便利グッズを贈るという根回し訂正善行の末、手に入れた代物である。このご時世、金属の刃なんて気軽に手に入るような物ではない。
「もう、頼りないわね。何の為に付いてきたのよ、アンタ」
ミリエは眉尻を下げて期待はずれの目を私へ向けた。まるで威張れたことではないが、居眠りこいて状況のわからぬところをそのまま連れてきた人間に対してそれは言い草である。何の為にと言われれば、どちらかというとおまけである。
よくよく考えてみれば、今朝にキュリアさんが私を訪ね、温泉代ついでに洗濯と着替えを用意してくれていたものだが、兵装ですがお貸ししますというよりは、むしろ私を兵装にさせておくことこそが狙いだったと思われる。彼女の用意周到さには感服するより他に無い。
兵装とはいうものの、鎧などの重装備などではなく、シャツの上に外套を羽織っているだけの軽く動きやすい服装だ。マナを奉る教会の息がかかった兵らしく、外套は蒼木の色素で部分部分が染めてあり、なかなかに居心地が悪い。染め物ともなればさすがにネバネバ性質までは継承しきっていないのだが、植え付けられた印象というのは容易く払拭しきれない。
思えばカインが身に付けている特攻服も、裾や袖や刺繍などが同じような蒼い色に染まっているが、まさかあれも蒼木で染めたものなのだろうか。このあたりで蒼木の色素を染料にする風習はあまり一般的なものではない。気軽に採れるようなものではないからだ。もともと怪しさ全開だったのだから今さらのような気もするが、しかしやはり、彼は本当に素性が疑惑の塊である。
「まあ、まずはお茶でも飲みながら、今後の予定についてお話ししましょう」
給仕係が部屋から出たことを確認すると、キュリアさんは手元に用意してあった羊皮紙をテーブルの中ほどに広げた。この付近一帯の地形が記されている地図だ。
「アリエ様には、是非とも張り切って事にあたっていただきたく思います」
何の脈絡もない言葉とともに、彼女は私の目を見て微笑んだ。よくぞここまで付いてきてくれましたという、裏のありそうな言葉を思い出す。ここはどこかと問われれば、まごうこと無く船の中、周りに広がる景色は海だ。
一抹のよろしくない可能性が脳裏をよぎる。まさか。まさかである。さすがにそれはないだろうと思われる。
急に、言い知れぬ不安と恐怖がこみ上げる。あまりにも馬鹿馬鹿しい考えに思わず呆れて笑ってしまい、そしてなぜ肝心な話の最中にぐーすか寝ていたのだろうという果てしない後悔に、じんわりと熱くなる目頭を押さえこんだ。落とした記章を海に飛び込んで見つかるまで探してこいとか言われちゃったらどうしよう。
逃げ場のない海上という完璧なシチュエーションで完全に撃沈してしまったアリエ号を見かねたのか、キュリア号は助け船を差し出した。
「だから、冗談ですよ。さすがに海の中に沈んだ記章を探せだなんて無茶なことは申しません」
「どこに向かってるんですか?」
私が安堵して尋ねると、彼女は地図の上に指を乗せた。彼女の指は聖都最寄のグレマロース港から、海岸沿いを滑るように南下していく。
「コクヤへ向かっています。おそらくは中一日ほどかかります」
彼女の指が止まったのは、聖都より少し離れた南東にある、海沿いの街だった。
「交易港ですね。私も行くのは初めてです。なんでそんなところへ?」
コクヤは上と下を二つの海に挟まれており、海峡となる場所に存在している。西側と東側を繋ぐ交易港としてのみならず、政治、軍事、様々な重要性をもつ位置にある都市として、古くから栄えているのだそうだ。マナの荒廃により長らく外界との行き来が減っていたが、昨今の勢いに乗せて再び活気を取り戻してきているらしい、非常に大きな街だ。
さらに、大きな建造物の跡も残されており、その昔には王都があったと言われている。なるほど、昔の王都と聖都は、海路のみならず陸路でもちゃんと繋がる位置に存在したのだ。なぜ我々の生活の要である流通を仕切る位置にある大都市から、奇妙な森の向こう側という不便な場所へと首都を移すに至ったのか、こうしてみると疑問が残る。
なぜコクヤへ向かうのかという私の問いに対し、キュリアさんは少し声を潜めて、昨日の大聖堂での一件ですが、と前置きしてから話を進めた。
昨日、聖堂から戻った際に、カインが「問題は無い」と断言していた通り、聖都中のマナの探知に優れた魔術士たちが一晩かけてマナの動きを監視し続けた結果、雲が晴れぬ心持ちのまま仕方なしと出された答えが、それだった。遥か昔から、誰にも手出しのできぬまま狂い続けていた淀んだ魂の成れの果ては、この世の全てを疑いたくなるほどに、途方も無くあっさりと片付いた。
さて、話が変わって、ここで絡んでくるのが私の借金問題である。キュリアさんが話してくれたところによると、どうやらそのコクヤにも大聖堂にあったようなマナの淀みが残されているらしい。難しく考えずとも、その異常なマナの吹き溜まりに、コクヤがどれだけ手を焼いているかは察しが付くというものだ。そう、私が苦労と葛藤の末に連れてきたカモ、ギャラクシー・パラリラの出番である。まさかこんなところで実を結ぶことになるとは思いもしない。
借金を返済しなければならなくなった彼に加え、聖堂でのことを考慮して、解除中の防護壁係としてミリエが同行することになり、さらにオルカも負担を減らすべく防護壁係その二の役を自ら買って出てくれたという。何だかもはや単なる借金返済におさまらぬ規模で此度編成されたのが、このマナ解放隊とのことらしい。
前々から、教会側もコクヤに留まるマナの歪みの対処であれこれやりとりがあったらしく、取り除けるものならば取り除きたいものだったそうだ。まさに渡りに船というところだろうか、もしも本当に取り除くことができた暁には、報酬の一部をカインの返済分として充ててくれるという話だ。
教会側は、制止も聞かずに面倒事を引き起こしてくれるような人物を聖都に置いておきたくないのだろうか、夜が明けた途端、即刻出発が決定したのである。
「あの、私が入り込む余地がまるでないように思うのですが」
蚊帳の外というのはまさにこのことなのだろう。彼女の説明を聞く限りでは、私の出番は完全に無い。本当に荷物持ちなのだとしたら、悲しいことこの上ない。
「何を仰るんですか。アリエ様はもっと大変ですよ。まずは到着まで中一日ほどありますので、お持ちいただいた書類の書き写しをお願いします。コクヤに着いたら、色々と聖都からの荷物を配達していただかなくてはなりません」
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どうりで荷物が異様に重いはずである。教科書をぱんぱんに詰め込んだ学生鞄並みの質量だったはずである。あれらがまるまる私の課題なのかもしれないと思っただけで気が遠くなる。
「馬車の中でああ言っておいて申し訳ありませんが、コクヤは一部治安の悪いところもありますから、まさに剣を振るいつつ貢献していただくことになりかねません。兵装に着替えてはいただきましたが、変に近道しようとしたりなんて無茶はなさらないでくださいね」
「え!」
彼女の突然の警告に驚いた私は、慌てて羽織っていた上着を持ち上げた。
「剣なんてありませんよ! 落としましたよ!」
真っ先にお茶と茶菓子に手をつけていたミリエは、お茶が波を作って飛び出すかと思うほどの勢いでカップを机にドンと置き、口の中を噴き出しそうな顔をしてこちらを向いた。
「は? 何言ってんのよ今更! 早くそれ言いなさいよ!」
「言ったじゃん! 剣買わないとって!」
「知らないわよ!」
言い争いを始めた私たち姉妹を、キュリアさんが止めに入った。船で一緒に落としたと聞いた彼女は、困りましたね、と呟いて顎に手を添えた。
「あなたの持てるような小型のものは、さすがにこちらにはありません。あまりひと気のない路地には立ち入らないように、くれぐれも気をつけていただくしかありませんね」
私の持っていた刀身は、我が家と交流のある鍛冶屋の店主の善意で貰い受けたものだ。彼の奥方へピーラーその他の主婦便利グッズを贈るという根回し訂正善行の末、手に入れた代物である。このご時世、金属の刃なんて気軽に手に入るような物ではない。
「もう、頼りないわね。何の為に付いてきたのよ、アンタ」
ミリエは眉尻を下げて期待はずれの目を私へ向けた。まるで威張れたことではないが、居眠りこいて状況のわからぬところをそのまま連れてきた人間に対してそれは言い草である。何の為にと言われれば、どちらかというとおまけである。
よくよく考えてみれば、今朝にキュリアさんが私を訪ね、温泉代ついでに洗濯と着替えを用意してくれていたものだが、兵装ですがお貸ししますというよりは、むしろ私を兵装にさせておくことこそが狙いだったと思われる。彼女の用意周到さには感服するより他に無い。
兵装とはいうものの、鎧などの重装備などではなく、シャツの上に外套を羽織っているだけの軽く動きやすい服装だ。マナを奉る教会の息がかかった兵らしく、外套は蒼木の色素で部分部分が染めてあり、なかなかに居心地が悪い。染め物ともなればさすがにネバネバ性質までは継承しきっていないのだが、植え付けられた印象というのは容易く払拭しきれない。
思えばカインが身に付けている特攻服も、裾や袖や刺繍などが同じような蒼い色に染まっているが、まさかあれも蒼木で染めたものなのだろうか。このあたりで蒼木の色素を染料にする風習はあまり一般的なものではない。気軽に採れるようなものではないからだ。もともと怪しさ全開だったのだから今さらのような気もするが、しかしやはり、彼は本当に素性が疑惑の塊である。
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