ピアシリュージョン・ブレイド

白金 二連

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第三幕 神は天に居まし、人の世は神も無し

60.シーン3-26(お茶と小憩)

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 色々あっておやつ時よりすこし時間がずれたものの、私たちは予定通りファレンシア宅にお邪魔して休息をとった。

 落ち着いた色合いの家具や調度品の数々は、奢侈でこそないが、一般家庭にしてみればずいぶんと物が良い。広々とした室内や敷かれた見事な絨毯を眺めていると、妨げのないこの街の自由さと活気を感じさせられる。都市国家というわけではないが、私たちのいる国がひとつのまとまりとしてはまだまだ青く、人の世に強国を生み出すほどの物量がそこまで揃っていないからこそ、それぞれの街が独立した力を持っているのだろう。

 街ごとの自由度が高い反面、独立しきった街と街では連携が弱くなり、それ以上の発展が見込みにくい面もある。もしも、情報をより有意義に伝達しあい、足りない部分を他所から補うことができたならば、大昔にあったとされる王都の消失を食い止めて、アリアさんの魔力の暴発を少しでも抑える知恵がどこかで生まれていたかもしれない。

 マナの荒廃により文明が停滞し、昔には存在したかもしれないあらゆるものが、未来へと受け継がれることなく廃れてしまったことが悔やまれる。彼女の話からではあまり推測することができないが、聖都にあった壁画にしても、今とは何かしら違った知識のもとに描かれていた可能性だってある。十数年前に起きたとされる世界の衰退ひとつとっても、どこかで何かがすくい上げられることなく消えていったに違いない。

 栄えては衰退し、栄えては衰退する。世の理に則っているようにも思えるが、それでもそれが描く軌跡が輪か螺旋かでは天と地ほどの差と言える。

 案内された客間では、同じく一段落ついたらしいキュリアさんも休んでいた。彼女を交えて事の進捗を報告していたところへ、家政担当の女性がお茶とお菓子を運んでくる。

 あの後、駆けつけたゴリオさん含む衛兵たちに場を引き渡し、ようやく事態は収まった。幸か不幸か私が教会兵の格好であったこと、補助として来ていた聖都兵と私たちが顔見知りであったこと、名と顔が聖都外にもそこそこ知れた聖なる都の高位魔術士で物理的に杖を振るうツンデレ美少女、思い切って略して聖女のミリエがいたことなどから特に他が怪しまれることもなく、ご助力感謝いたしますというコクヤ兵のお礼とともに、私たちは尋問から解放された。

 コクヤを騒がせた強盗犯は気絶したまま連行され、魔力の扱いに長けた少女は手練れの魔術士により取り押さえられて恐らく聖都で補導される。あとは、今の人の世が、今の流れに沿って彼らの行く末を判断することだろう。

 部屋にふたつ並べて置かれている洒落た意匠の丸い小さなテーブルに、六人分のカップと茶菓子、そしてティーカップがかちゃりと置かれる。来客用の雅な品々がこうして当然のように揃えられているのだから、職業柄、接待なんかをすることも多いのだろう。

 それぞれのテーブルにはフルーラさん、ミリエ、オルカの若者組と、私、キュリアさん、ギャラクシー・パラリラの年長組で分かれて座っている。二人掛けのソファふたつでは足りないため、それぞれのテーブルに一人掛けのゆったりした椅子がもうひとつずつ置かれ、フルーラさんとキュリアさんがその特等席に腰を下ろしているという状況だ。

 私はことごとく彼と縁があるらしい。あまり良い縁ではないとだけ言っておこう。船でばったり出くわしたのを切っ掛けに、まるで呪いか何かのように付きまとってくれるいかがわしい縁である。

 あの剣呑なやり取りがあった直後でこうして仲良く相席する羽目になってしまうのだから、世の中あまり敵は作りたくないものである。使い方は違えども、金の切れ目が縁の切れ目なんてことわざがあったりするが、まさしく金銭がらみの関係が無事終わったあかつきには、めでたく彼との縁も同時に切れることを願うより他にない。

 先のひと悶着があって以来、時おり彼は私の挙動に対し、借金を押し付けた時とはまた違った方向で、いくらか身構えた反応をしてくるようになった。さすがの私もそうと感じるくらいには、彼がまるで息でも潜めて私の言動を警戒しているらしきことがうかがえる。しかも借金の片側を無理やり押し付けているだけに、その警戒もふたつ合わせて大サービスの五倍増しだ。警戒していながらも素直に従うところは流石と言えよう。

 例によってあまり人の輪に入りたがらず、ブレイクタイムを無言でボイコットしようとする彼を、逃げる気かと言って目の届くところへ付いて来させたことにそこはかとない罪悪感を覚えながら、私はしかし置かれた茶器に驚いて思わず声を上げてしまった。

「これまさか!」

 カップに軽く爪が触れて、澄んだ高い音が鳴る。手にとった瞬間の適度な重み、清潔感のあるきめ細やかな白い表面、窓から差し込む光を受けて影に差す淡い光に、私は感激してしまった。文化が進み、工業化により大量生産されたものが世に出まわる主軸となれば、逆になんの変哲もない素材ではある。

 土を練って高温で焼きあげたものにガラス質の釉薬をかけ、見た目や耐水性を向上させたもの、いわゆる陶器ならばまだ目にする機会はあるのだが、磁器となればそうもいかないのが現状である。身のまわりの食器においては大体が木製だ。要するに、アリエは生まれて初めて磁器を見た。

 涙が出そうな懐かしい手ざわりに、うっとりしながら出された食器をくるくる回して全角度からしみじみと眺める。次にカップを置いて、ティーポットを手にとった。
 白磁が美貌を飾る言葉としてもよく使われている通り、透き通るように白く輝く磁器の美しさは、陶磁器のなかでも一線を画しているものがある。

 控えめな縁取りと小さな模様がこれまた繊細なティーポットからカップに茶を注ぎ入れ、私はまたもや驚いた。

「あっ、紅い!」

 甘くさわやかな香りが湯気とともに立ちのぼる。果実のような豊かな香りと赤みを帯びた鮮やかな琥珀色は、茶葉がそれ自体に含まれる酵素によって完全醗酵されている証拠だ。

「すごい! 嬉しい!」

 歓喜のあまり、いつぞやの罪悪感などそっちのけでひと通りはしゃいだあとで、はたと周囲の視線に気づいて私は静かにポットを置いた。

 紅茶、もとい茶の木は温暖かつ湿潤な地方で育つ植物であり、聖都や私が住む町などの夏季にからりと晴れることが多い地方では見かけない。お茶は必要不可欠な栄養源というわけでもなく、あくまでも嗜好品の域を出ないために、交易が未発達な現在ではよその地域へと持ち込まれることはないようなのだ。

 どちらかというとアリエの身近にあるものは、多少の乾燥にもよく耐える香草類、いわゆるハーブがほとんどである。お茶と呼べそうな代物は、さわやかな緑の味あふれるハーブティーか、はたまたねっとりとした存在感と青みがなんとも食欲を削ぐ蒼茶くらいだ。蒼茶は昔、聖都で一度だけ邂逅したが、見た瞬間の衝撃により私は丁寧に辞退した。

「ふふ、喜んでいただけたようで何よりです」
「す、すみません……」

 こちらを見てくすりと笑い、フルーラさんが口元に手を添えた。振る舞った品々が素直に喜ばれたことを嬉しく思っているのは本当のようだ。

 思わずはしゃいでしまって非常に恥ずかしいのだが、笑って大目に見てもらえたようでこちらこそ何よりである。碗や茶杓を愛でるのは、せめて出された茶を飲み一服終えてからだ。
 マナ浄化作業中はただ単に寝ていただけに、私ひとりだけ嬉々としていて図々しい感じである。しかも、マナ解放隊ご一行はその後さらにひと揉めしていて心身ともに疲弊しており、私だけやたらと元気で肩身がせまい感じである。
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