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第四幕 ご利用に、終止符を
73.シーン4-10(再びリィベ)
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草地や畑などの間をゆるやかに砂利道が伸びている。長閑な昼下がりのなかを歩きながら、私はミリエにこの村へ来たという変な人について尋ねた。
ミリエはミリエで騒動を嗅ぎつけたと思った次には、すでに私たちの方へと向かうべく行動していたとのことだ。騒ぎに乗じて人の目をかいくぐりつつその場を離れることに手一杯で、詳しいことは知らないという。お祭り気分で騒ぎの見物に向かう村人たちのなかを行き交う話を小耳に挟んだところでは、数はひとりで性別は男か女かよく分からない、恐らくは旅の者ではないかとのことだ。
少なくともミリエの話にある通り、やけに人の気配がないのはみな見物に行ってしまったからだろう。人里離れてしまっているためなのか、ちょっと変わった出来事でもあろうものなら瞬く間に噂が村の隅々まで広がってしまうらしい。
ところどころでヤギや毛刈りを終えた羊たちがのんびりと草を食んでいる風景は、今置かれている状況を思えばそこはかとなく拍子抜けで不釣合いで滑稽だ。人々が不用心に財産を置いて持ち場を離れられるのは、とりあえず平和である証拠だろう。
次第に素朴な家屋が並びはじめ、次いで少し手間をかけた家や建物が並びはじめ、さらには稀に訪れるだろう来客を招き入れる余裕がある程度には大きな建物も見えてくる。人の数もそれらに比例して増えていき、ざわめく声も量を増した。
「望みを言いなさい。この地での蛮行は許しません」
建物が並ぶ村の中心部、その少し開けた場所から聞き覚えのある女児の声音を耳にして、その方向へと足を運ぶ。
何者かを取り巻く村人たちのなか、見覚えのある黒髪男子とツートーンカラーと小柄な老魔術師の後ろ姿を目にしたミリエが、小走りで寄っていった。
「お前たちはなーに勝手に抜け出てきとんじゃ」
緊張状態のなかで、対象から目を離せないらしいミネコさんはさておいて、オルカと彼のおばあちゃんが私たちに気がついた。
相変わらずフードで隠れたおばあちゃんの表情をうかがうことは出来ないが、茶目っ気の混じった声の調子から察するに、何だかちょっとこの展開を予想されていた感じである。彼女もきっと手荷物検査が甘いと思っていたのである。彼女もきっとあれは納屋に放置であると思っているのである。
「しかもそれ縄ほどいたじゃろ馬鹿たれ」
「もれそうだったんです」
「仮にもおなごがそんなはしたないこと言うでないわ」
ミネコさんとは違って、おばあちゃんの方は意外と私の背後の人物をそれほど危険視していないのだろうか、勝手に抜け出してきた私たちへの対応もどことなくたわぶれていて朗らかだ。
ここへ来るまでずっと塞いだ顔をしていてろくに会話もしていなかったはずのオルカだが、おばあちゃんと私のやりとりを見たあとで、ちょっと待ってばあちゃんと前置きしてからやっと話に混じってきた。
「アリエは確かにちょっと頼りなく見えちゃうのかもしれないけど、さすがに女の子に間違えたら駄目だよ」
「は?」
彼は「ねえ?」とでも言いたげな目で私を見る。君は恐れ多くもこの私自身に向かってその同意を求めるか。
点になっている私の目を見て彼は数拍その状態のまま時間を置き、さらに「え?」と口を半開きにして数拍のあいだ固まった。
「いやいやいやいやまさかそんな」
「いやいや何がそんなやねん」
「……えっ」
彼は何をとぼけているのだ。
そして彼は、天と地がひっくり返った衝撃の心境を、顔全体で表した。
思えば、出会った当初から親しみを持って接してくれていたわりには森へ突っ込む無謀な策に誘ってきたりと、なかなか容赦がなかったものだ。なるほど、つまりはそういうことか。なーんて、誰がそれで納得するかこのたわけ!
「どういうことか説明してもらおうか、ボーイ……」
胸ぐらに掴みかかる真似だけはご親族の手前で堪え、怒りと呆れと絶望を噛み殺しながらぎりぎりのところで穏便に笑顔を作る。とても良識的で真っ当な子だと思っていたのに、とんだところでとんだ大ボケをかましてくれたものである。
「ええーっ! なんで今まで言ってくれなかったんだよ! 小さいし細い体してるのに実はすっごく度胸があって面白いやつなんだって、おれずっと感心してたのに! 男として!」
アホである。
自己紹介として己の名を名乗るとき、おおよそ初見で分かるであろう性別までいちいち一緒に申告し、強調しておくような間抜けがどこにいる。
「阿呆」
「痛っ」
おばあちゃんが杖でオルカの頭に鉄槌をくだす。彼女が孫の雑草だらけのお花畑を、鹿威しの音すがすがしく風情あふれる格調高い庭園へと、厳しく開拓してくれることを切に祈る。
村人たちに取り囲まれている人物を確認してみると、確かにこの辺りではあまり見かけないような風貌だった。
遠巻きからうかがい知り得るところでは、まず、なかなかに背が高い。村人たちより頭ひとつほども飛び出た長身に、すらりと伸びる手足がまるでファッションモデルを思わせる。腰のあたりまでしなやかに真っ直ぐ降りる銀髪が遠目からでも美しい。なるほど、男か女かよく分からない。
そして旅人よろしく防護目的と思しきマントを身にまとってはいるのだが、しかし離れた場所から見ても分かるほど、じゃらじゃらと沢山の装飾品が、風になびく布の奥から顔をのぞかせているのである。持ち上げられた手首にもかなりの腕輪がはめられていて、ひとことで言うなれば、あれは歩く財宝である。
大人数に囲まれてなお、姿をすぐに捉えられるくらいには、とても目立つ人だった。ついでに言うと、片手で大の男の襟首を掴み、足が浮くまで軽々と持ち上げている。
「ゴリラ」
第一の感想を漏らした私に向かって、ミリエが何か知っているのと聞いてくる。
「凄まじい握力および腕力を誇る最強の類人猿。マッチョで彫りが深い」
「……アンタそれ、ゴリリオが知ったら泣くわよ。ゴリオなんて呼んじゃって」
その見た目からは想像もつかないほどの膂力に物を言わせて、暫定ゴリラは掴んでいた村人を群がる衆に向かって放り投げた。そして、新たにこの場へとやってきた私たちを確認するや、ひゅうと口笛を鳴らせて短く感心の声を上げる。
へえ、という一瞬の音は高くもなく低くもなく、これまた男性のものであるとも女性のものであるとも断定しがたい。
ただひとつ気になったのは、その人物が動くたびに、民衆に混じる婦女子勢から叫びがあがることである。どこか黄色い悲鳴である。
投げ放たれた大の男は、恐らくミネコさんを守るために、来訪者に対して取り押さえにかかったのであろう。数名の男たちが駆け寄ってきて、無事だったか大丈夫だったかなどなどと声を掛け合い、背を叩き合う姿が無性に切なく見えてくる。
その来訪者がはっきりとこちらを向いたことで、私の横でミリエが非常にわかりやすく息をのむ音がした。
男装の麗人か、はたまた正真正銘の美形男性かはさておいて、どちらにせよ婦女子たちが黄色い声を上げたくなるのも無理はない。
大柄な村人すらも軽々と持ち上げてしまうゴリラ級の腕力を、美術館に納められるに至る芸術的な彫刻がごとく、神々により作品として精妙に造り込まれた目鼻立ちが飾っている。無駄なく締まった長身と合わせ、全身が黄金比により構成された非常に見目麗しき、しかしあれはゴリラである。
ミリエはミリエで騒動を嗅ぎつけたと思った次には、すでに私たちの方へと向かうべく行動していたとのことだ。騒ぎに乗じて人の目をかいくぐりつつその場を離れることに手一杯で、詳しいことは知らないという。お祭り気分で騒ぎの見物に向かう村人たちのなかを行き交う話を小耳に挟んだところでは、数はひとりで性別は男か女かよく分からない、恐らくは旅の者ではないかとのことだ。
少なくともミリエの話にある通り、やけに人の気配がないのはみな見物に行ってしまったからだろう。人里離れてしまっているためなのか、ちょっと変わった出来事でもあろうものなら瞬く間に噂が村の隅々まで広がってしまうらしい。
ところどころでヤギや毛刈りを終えた羊たちがのんびりと草を食んでいる風景は、今置かれている状況を思えばそこはかとなく拍子抜けで不釣合いで滑稽だ。人々が不用心に財産を置いて持ち場を離れられるのは、とりあえず平和である証拠だろう。
次第に素朴な家屋が並びはじめ、次いで少し手間をかけた家や建物が並びはじめ、さらには稀に訪れるだろう来客を招き入れる余裕がある程度には大きな建物も見えてくる。人の数もそれらに比例して増えていき、ざわめく声も量を増した。
「望みを言いなさい。この地での蛮行は許しません」
建物が並ぶ村の中心部、その少し開けた場所から聞き覚えのある女児の声音を耳にして、その方向へと足を運ぶ。
何者かを取り巻く村人たちのなか、見覚えのある黒髪男子とツートーンカラーと小柄な老魔術師の後ろ姿を目にしたミリエが、小走りで寄っていった。
「お前たちはなーに勝手に抜け出てきとんじゃ」
緊張状態のなかで、対象から目を離せないらしいミネコさんはさておいて、オルカと彼のおばあちゃんが私たちに気がついた。
相変わらずフードで隠れたおばあちゃんの表情をうかがうことは出来ないが、茶目っ気の混じった声の調子から察するに、何だかちょっとこの展開を予想されていた感じである。彼女もきっと手荷物検査が甘いと思っていたのである。彼女もきっとあれは納屋に放置であると思っているのである。
「しかもそれ縄ほどいたじゃろ馬鹿たれ」
「もれそうだったんです」
「仮にもおなごがそんなはしたないこと言うでないわ」
ミネコさんとは違って、おばあちゃんの方は意外と私の背後の人物をそれほど危険視していないのだろうか、勝手に抜け出してきた私たちへの対応もどことなくたわぶれていて朗らかだ。
ここへ来るまでずっと塞いだ顔をしていてろくに会話もしていなかったはずのオルカだが、おばあちゃんと私のやりとりを見たあとで、ちょっと待ってばあちゃんと前置きしてからやっと話に混じってきた。
「アリエは確かにちょっと頼りなく見えちゃうのかもしれないけど、さすがに女の子に間違えたら駄目だよ」
「は?」
彼は「ねえ?」とでも言いたげな目で私を見る。君は恐れ多くもこの私自身に向かってその同意を求めるか。
点になっている私の目を見て彼は数拍その状態のまま時間を置き、さらに「え?」と口を半開きにして数拍のあいだ固まった。
「いやいやいやいやまさかそんな」
「いやいや何がそんなやねん」
「……えっ」
彼は何をとぼけているのだ。
そして彼は、天と地がひっくり返った衝撃の心境を、顔全体で表した。
思えば、出会った当初から親しみを持って接してくれていたわりには森へ突っ込む無謀な策に誘ってきたりと、なかなか容赦がなかったものだ。なるほど、つまりはそういうことか。なーんて、誰がそれで納得するかこのたわけ!
「どういうことか説明してもらおうか、ボーイ……」
胸ぐらに掴みかかる真似だけはご親族の手前で堪え、怒りと呆れと絶望を噛み殺しながらぎりぎりのところで穏便に笑顔を作る。とても良識的で真っ当な子だと思っていたのに、とんだところでとんだ大ボケをかましてくれたものである。
「ええーっ! なんで今まで言ってくれなかったんだよ! 小さいし細い体してるのに実はすっごく度胸があって面白いやつなんだって、おれずっと感心してたのに! 男として!」
アホである。
自己紹介として己の名を名乗るとき、おおよそ初見で分かるであろう性別までいちいち一緒に申告し、強調しておくような間抜けがどこにいる。
「阿呆」
「痛っ」
おばあちゃんが杖でオルカの頭に鉄槌をくだす。彼女が孫の雑草だらけのお花畑を、鹿威しの音すがすがしく風情あふれる格調高い庭園へと、厳しく開拓してくれることを切に祈る。
村人たちに取り囲まれている人物を確認してみると、確かにこの辺りではあまり見かけないような風貌だった。
遠巻きからうかがい知り得るところでは、まず、なかなかに背が高い。村人たちより頭ひとつほども飛び出た長身に、すらりと伸びる手足がまるでファッションモデルを思わせる。腰のあたりまでしなやかに真っ直ぐ降りる銀髪が遠目からでも美しい。なるほど、男か女かよく分からない。
そして旅人よろしく防護目的と思しきマントを身にまとってはいるのだが、しかし離れた場所から見ても分かるほど、じゃらじゃらと沢山の装飾品が、風になびく布の奥から顔をのぞかせているのである。持ち上げられた手首にもかなりの腕輪がはめられていて、ひとことで言うなれば、あれは歩く財宝である。
大人数に囲まれてなお、姿をすぐに捉えられるくらいには、とても目立つ人だった。ついでに言うと、片手で大の男の襟首を掴み、足が浮くまで軽々と持ち上げている。
「ゴリラ」
第一の感想を漏らした私に向かって、ミリエが何か知っているのと聞いてくる。
「凄まじい握力および腕力を誇る最強の類人猿。マッチョで彫りが深い」
「……アンタそれ、ゴリリオが知ったら泣くわよ。ゴリオなんて呼んじゃって」
その見た目からは想像もつかないほどの膂力に物を言わせて、暫定ゴリラは掴んでいた村人を群がる衆に向かって放り投げた。そして、新たにこの場へとやってきた私たちを確認するや、ひゅうと口笛を鳴らせて短く感心の声を上げる。
へえ、という一瞬の音は高くもなく低くもなく、これまた男性のものであるとも女性のものであるとも断定しがたい。
ただひとつ気になったのは、その人物が動くたびに、民衆に混じる婦女子勢から叫びがあがることである。どこか黄色い悲鳴である。
投げ放たれた大の男は、恐らくミネコさんを守るために、来訪者に対して取り押さえにかかったのであろう。数名の男たちが駆け寄ってきて、無事だったか大丈夫だったかなどなどと声を掛け合い、背を叩き合う姿が無性に切なく見えてくる。
その来訪者がはっきりとこちらを向いたことで、私の横でミリエが非常にわかりやすく息をのむ音がした。
男装の麗人か、はたまた正真正銘の美形男性かはさておいて、どちらにせよ婦女子たちが黄色い声を上げたくなるのも無理はない。
大柄な村人すらも軽々と持ち上げてしまうゴリラ級の腕力を、美術館に納められるに至る芸術的な彫刻がごとく、神々により作品として精妙に造り込まれた目鼻立ちが飾っている。無駄なく締まった長身と合わせ、全身が黄金比により構成された非常に見目麗しき、しかしあれはゴリラである。
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