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第2章:王都の雑貨店と夜の鴉
2ー12:刻(とき)を喰らう塔(其の二)
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エイリアス・クロッカスの死体は、時計の針という名の杭によって、自らの愛した文字盤に刻みつけられていた。
部屋の扉は内側から閂(かんぬき)が下りており、窓の鉄格子に外された形跡はない。完璧な密室。その中央に転がっていた「カイトの物と酷似したピック」を、リヒトは素早く懐に収め、他の宿泊客には「時計修理用の工具です」と断言した。
「……リヒト殿、本当にそれはただの工具なのですか?」
実業家のヴァンが、疑り深い目でリヒトを凝視する。
「左様です。エイリアス卿のような完璧主義者が、枕元に調整用の道具を置いていたとしても不思議ではありません。それよりも、皆さん……」
リヒトは、顔面蒼白で立ち尽くすカイトの前に立ち、盾になるようにして周囲を見渡した。
「この密室で、卿をこのような形で『展示』できたのは誰か。そして、何のためにこのような悪趣味な演出を施したのか。それを鑑定することの方が先決かと思われますがいかがでしょうか?」
後妻のエレーナが、震える手でハンカチを口元に当てた。
「……呪いだわ。あの『アストロラーベ』を狙う者には死が訪れるという、この館の古い言い伝えが……」
「呪い、ですか。それは鑑定書のない骨董品と同じくらい、私には価値のない言葉です、エレーナ夫人。」
リヒトの丁寧な、しかし拒絶の色の濃い言葉が彼女の声を遮る。
リヒトは一度、カイトの肩を強く掴んだ。それは「落ち着け、余計なことは言うな」という無言の合図だった。
「カイト、あなたは一度部屋に戻り、私の鞄から『精密ルーペ』を持ってきなさい。……いいですね、それ以外は何も持ち出す必要はありませんよ。」
「……あ、ああ。分かった、店主。」
カイトは逃げるように廊下へ出た。自分の足音が、かつてないほど大きく響くのを感じる。 (なんでだ……。あの道具は、間違いなく俺が鞄の底に隠してたやつと同じだった。誰かが俺の鞄を漁ったのか? それとも……)
カイトが客間に戻り、必死に自分の鞄をひっくり返すと、中から使い古された革の巻き袋が現れた。恐る恐るそれを広げると、そこにはいつもの道具が、整然と並んでいる。
「……ある。全部あるじゃねえか。」
カイトの背中に、嫌な汗が流れた。現場に落ちていたのは、自分の愛用品そのものではなく、自分の愛用品の「癖」までをも完璧に模倣した、世にも恐ろしい偽物だったのだ。
一方、現場ではリヒトが、残された四人の宿泊客を順に「鑑定」していた。
「弟子であるルカ殿。あなたは卿が亡くなったとされる『十三時(深夜零時)』、どちらにいらっしゃいましたか?」
「自室で、明日の発表に備えて資料を整理していました。……僕に疑いをかけるんですか? 僕にとって師匠は親も同然だったのに!」
「親も同然、ですか。ですがあなたの指先には、新しいインクの汚れではなく、古い『真鍮の錆』がこびりついていますね。深夜まで資料ではなく、何か金属製のものを弄っていたのではありませんか?」
ルカの顔が引き攣る。
「鑑定家のバジル殿。あなたは廊下で誰かの足音を聞いたと仰っていましたが……」
リヒトの丁寧な質問は、まるで見えないメスで相手の皮膚を一枚ずつ剥いでいくような、静かな残酷さを伴っていた。やがてカイトがルーペを持って戻ると、リヒトは死体の胸元をじっくりと調べ、不意に声を落としてカイトにだけ聞こえるように囁いた。
「……カイト。この死体、針が刺さっている角度が不自然です。これほど深い傷を、人力だけで、それもこの短時間でつけることは不可能です。」
「じゃあ、やっぱり機械の仕掛けか?」
「ええ。この壁の向こう側に、人を串刺しにするほどの威力を持った『バネ』が仕込まれているはずです。カイト、あなたは私の他の鑑定道具を探すふりをして、屋敷の設計図、あるいは隠し通路の入口を捜索してください。」
「店主……あんた、あの道具のこと、気づいてんだろ。」
カイトが震える声で問うと、リヒトは一瞬だけ眼鏡の奥の瞳を和らげ、カイトを見つめた。
「おや、何の道具のことでしょうか? 私はただ、有能な助手の名誉を鑑定しているだけですよ。……さあ、行きなさい。夜が明ける前に、この館の『偽物の鼓動』を止めなければなりません。」
リヒトの言葉に、カイトは力強く頷いた。店主は自分を信じ、そして利用しようとしている。ならば、その期待に応えるのが「助手」の、そして「鴉」の矜持だ。
カイトは暗い廊下へと再び消えた。リヒトは宿泊客たちの前に立ち、優雅に一礼する。
「さて、皆さん。犯人が見つかるまで、この館から出ることは叶いません。……退屈しのぎに、エイリアス卿が遺した『もう一つの遺言』について、私の推論を聞いていただけますか?」
塔の上層で、再び巨大な歯車が噛み合うような、不気味な震動が起きた。十四進法の狂った刻(とき)が、二人の運命を飲み込もうとしていた。
部屋の扉は内側から閂(かんぬき)が下りており、窓の鉄格子に外された形跡はない。完璧な密室。その中央に転がっていた「カイトの物と酷似したピック」を、リヒトは素早く懐に収め、他の宿泊客には「時計修理用の工具です」と断言した。
「……リヒト殿、本当にそれはただの工具なのですか?」
実業家のヴァンが、疑り深い目でリヒトを凝視する。
「左様です。エイリアス卿のような完璧主義者が、枕元に調整用の道具を置いていたとしても不思議ではありません。それよりも、皆さん……」
リヒトは、顔面蒼白で立ち尽くすカイトの前に立ち、盾になるようにして周囲を見渡した。
「この密室で、卿をこのような形で『展示』できたのは誰か。そして、何のためにこのような悪趣味な演出を施したのか。それを鑑定することの方が先決かと思われますがいかがでしょうか?」
後妻のエレーナが、震える手でハンカチを口元に当てた。
「……呪いだわ。あの『アストロラーベ』を狙う者には死が訪れるという、この館の古い言い伝えが……」
「呪い、ですか。それは鑑定書のない骨董品と同じくらい、私には価値のない言葉です、エレーナ夫人。」
リヒトの丁寧な、しかし拒絶の色の濃い言葉が彼女の声を遮る。
リヒトは一度、カイトの肩を強く掴んだ。それは「落ち着け、余計なことは言うな」という無言の合図だった。
「カイト、あなたは一度部屋に戻り、私の鞄から『精密ルーペ』を持ってきなさい。……いいですね、それ以外は何も持ち出す必要はありませんよ。」
「……あ、ああ。分かった、店主。」
カイトは逃げるように廊下へ出た。自分の足音が、かつてないほど大きく響くのを感じる。 (なんでだ……。あの道具は、間違いなく俺が鞄の底に隠してたやつと同じだった。誰かが俺の鞄を漁ったのか? それとも……)
カイトが客間に戻り、必死に自分の鞄をひっくり返すと、中から使い古された革の巻き袋が現れた。恐る恐るそれを広げると、そこにはいつもの道具が、整然と並んでいる。
「……ある。全部あるじゃねえか。」
カイトの背中に、嫌な汗が流れた。現場に落ちていたのは、自分の愛用品そのものではなく、自分の愛用品の「癖」までをも完璧に模倣した、世にも恐ろしい偽物だったのだ。
一方、現場ではリヒトが、残された四人の宿泊客を順に「鑑定」していた。
「弟子であるルカ殿。あなたは卿が亡くなったとされる『十三時(深夜零時)』、どちらにいらっしゃいましたか?」
「自室で、明日の発表に備えて資料を整理していました。……僕に疑いをかけるんですか? 僕にとって師匠は親も同然だったのに!」
「親も同然、ですか。ですがあなたの指先には、新しいインクの汚れではなく、古い『真鍮の錆』がこびりついていますね。深夜まで資料ではなく、何か金属製のものを弄っていたのではありませんか?」
ルカの顔が引き攣る。
「鑑定家のバジル殿。あなたは廊下で誰かの足音を聞いたと仰っていましたが……」
リヒトの丁寧な質問は、まるで見えないメスで相手の皮膚を一枚ずつ剥いでいくような、静かな残酷さを伴っていた。やがてカイトがルーペを持って戻ると、リヒトは死体の胸元をじっくりと調べ、不意に声を落としてカイトにだけ聞こえるように囁いた。
「……カイト。この死体、針が刺さっている角度が不自然です。これほど深い傷を、人力だけで、それもこの短時間でつけることは不可能です。」
「じゃあ、やっぱり機械の仕掛けか?」
「ええ。この壁の向こう側に、人を串刺しにするほどの威力を持った『バネ』が仕込まれているはずです。カイト、あなたは私の他の鑑定道具を探すふりをして、屋敷の設計図、あるいは隠し通路の入口を捜索してください。」
「店主……あんた、あの道具のこと、気づいてんだろ。」
カイトが震える声で問うと、リヒトは一瞬だけ眼鏡の奥の瞳を和らげ、カイトを見つめた。
「おや、何の道具のことでしょうか? 私はただ、有能な助手の名誉を鑑定しているだけですよ。……さあ、行きなさい。夜が明ける前に、この館の『偽物の鼓動』を止めなければなりません。」
リヒトの言葉に、カイトは力強く頷いた。店主は自分を信じ、そして利用しようとしている。ならば、その期待に応えるのが「助手」の、そして「鴉」の矜持だ。
カイトは暗い廊下へと再び消えた。リヒトは宿泊客たちの前に立ち、優雅に一礼する。
「さて、皆さん。犯人が見つかるまで、この館から出ることは叶いません。……退屈しのぎに、エイリアス卿が遺した『もう一つの遺言』について、私の推論を聞いていただけますか?」
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