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それからの俺と木製椅子(番外編)

ハヤルウとルハルウ

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「あんたがラクルス・カールメイク?」

 カールメイク邸に珍しく見覚えのない客がやってきた。
 どこかで見たことはあるような気がするが、どこでみたか思い出せない。
 そんな青年の来訪に、俺は思わず客人を出迎えた状態で固まった。

「どちらさま…?」
「おれのルハルウ。傷物にしたな」
「ルハルウ?ああ、もしかしてーー」
「ふざけんな」
「あるじさま!」

 スピカの悲鳴が耳元で聞こえる。
 静かに怒った青年は俺の頬をグーパンチで殴りつけ、倒れた俺へ馬乗りになって胸ぐらを掴むと、今にも泣き出しそうな顔で気持ちを吐露し始めた。

「お前のせいでルハルウは婚期を逃しそうだ。お前が好きだから他の男と結婚するつもりはないと言っている。なんでお前みたいな得体のしれないやつのこと、ルハルウは好きになったんだ。お前が誑かしたからだろ。お前が、お前さえ居なければ、」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。あんたはハヤルウだよな?本物の。聖騎士に虐められて引きこもっていたって」
「うるせえよ」
「引きこもっていたどうこうは確かに関係ない。どうやって王都に?よく処刑を免れたな」
「…王立騎士団員になったんだよ。お前をぶん殴るために」
「俺を?そっか。よかったな。気は済んだか?」
「ルハルウを誑かすのはやめろ」
「やめるも何も、一切交流はないし、俺は浮気なんてするつもりはない。妻一筋なんだ」
「ーー結婚しているのか」
「ああ」
「既婚のくせに、ルハルウの乙女心を弄びやがって…」

 全面的にルハルウの言葉だけを信じてぶん殴ってくる双子の兄だか弟が怖すぎる。
 流石に死ぬくらいの暴行であればスピカの触手がハヤルウを絡め取る手筈ではあるものの…。
 変にこっちから攻撃して大事になるのは困る。
 ハヤルウは今王立騎士団員だと言うし。
 冷静な話し合いをするためには、間に入ってもらうのが一番だろう。

「それで僕を呼んだ…」
「そうです。王立騎士団員ですよね、ヒストリカル女王のお兄さんって」
「義兄だけどね…」

 突然呼び出しを受けたスコット・ネクロフィリカは困惑していた。
 スコットは小隊の隊長だが、ハヤルウの所属はスコットの小隊ではない為、間に入ってくれと呼ばれても困る。そんな所だろう。
 こっちとしては全く面識がない人間に俺が聖騎士マルクス・カールメイクを騙ってやりたい放題していたと説明するよりも、事情を知るスコットに立ち会ってもらった方がスムーズに話は進む。

「時間もないし、これまでの話をまとめよう。ハヤルウくんは妹のルハルウさんをカールメイクさんが誑かしたと思っている」
「…そうですよね」
「カールメイクさんはルハルウさんとは知人で、結婚しているのだから誑かすわけないと主張している」
「間違いない。どうすれば納得して貰えると思う?」
「難しい問題だね…。ルハルウさんはここに呼べないのかな」
「ルハルウは関係ない」
「当事者だよね」
「当事者だな」
「ルハルウはお前がいる限り見合いすら拒否する。邪魔なんだよ、お前は」
「俺が悪いのか?」
「ご家族でよく話し合ったほうがいいんじゃ…」

 ハヤルウは俺が悪いと一点張りで、スコットさんもどう仲裁したらいいか頭を悩ませている。そんな中、俺の耳元で囁いてきたのは成り行きを見守っていたスピカだった。

「あるじさま。話し合いで解決しなければ、決闘で決めるといい。あるじさまのかっこいい所、スピカに見せて」
「決闘?」
「はっ。聖騎士が武闘派集団だってこと知らないのか。お前なんか、剣の錆にしてやるよ!」
「こら、ハヤルウくん」

 カールメイク邸はだいぶ片付けが進んでいるものの、未だ親父が残した怪しい研究書類やら魔石やらが山のように転がっている。
 剣術での打ち合いだけならともかく、ヒートアップして魔術を使われたら、王都爆破に繋がりかねない。
 剣を流れるような速さで鞘から引き抜いたハヤルウは俺に襲いかかってきた。一発目から喉を狙ってくるあたり、殺意が強すぎる。

「魔術は発動するなよ!?ここがヤバイもんの集まりだって説明していないよな!?」
「していないはずだよ。ハヤルウくんがゲートルートさんの元を訪ねてくるなんて誰も聞いてない」
「ったく…!」

 どうなることかと思ったが、ハヤルウの剣を受け流しているうち、剣筋がめちゃくちゃであることに気づく。
 スレインさんは剣術を嗜んだ程度であるにもかかわらず隙がなかった。
 本業のーー今は王立騎士ではなく王都の護衛騎士筆頭ではあるがーーライオネットさんなんか、剣筋すら見えないからな。
 スピカにかっこいい所を見せろと言われた手前、滅多にない見せ場はものにするべきだろう。

「はっ…!」
「遅い」

 正確に言えば「今から大技を出しますよ」と言わんばかりに振りかぶったのが悪い。
 剣を弾き、喉元に切っ先を突きつければ、スレインさんから俺の勝利が宣言された。

「なっ、なんで!」
「そりゃ、俺だって聖騎士名乗っていたんだ。引きこもりに負けるわけない」
「…っ、次は負けないからな!」

 おーい。勝ち負けじゃなくて、ルハルウのこと誑かしたどうこうって話をしていたんじゃないのか?嵐のように去っていったハヤルウの後ろ姿を見つめた俺とスコットさんは、顔を見合わせて同時に肩を竦めた。
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