26 / 93
5・公爵家の愛娘、毛糸を作る
父は娘の為に(ジェナロ)・2
(あっちへ行ったかと思えば、こっちにいると言う。まるでロルティはひらひらと美しい翅を羽ばたかせる、蝶のようだな……)
彼は再び室内へ戻ると、倉庫を目指して廊下を歩く。
すれ違う使用人達は一同に足を止め、その場で頭を下げる。
ジェナロにとっては当然の光景でも、ロルティにはそれが見慣れないものであったらしく、屋敷にやってきたばかりの頃は何度もペコペコと頭を下げ返していた時のことを思い出した。
(俺の娘は、どうしてあれほどまでにもかわいらしいんだ……?)
齢6歳にして、すでにあの可憐さだ。
成人を迎えでもしたら、母親に似て国中を虜にする女性へ成長するに違いない。
(俺とジュロドだけで守りきれるか、不安でしかない……)
ジェナロは愛娘に相応しい許嫁の選定を早めるべきかと悩みながら、メイド達の言っていた倉庫へとやってきた。
――ガタゴト、ガタゴト。
木製のペダルを回す音が聞こえる。
ロルティが耳にしたら喜びそうだと考えながら室内へ顔を出したはいいが――そこには1人のメイドしかいなかった。
「――娘は」
3度目の問い掛けともなれば疲れてしまい、ロルティの名前を出す気力すらもない。
不機嫌そうな当主から問いかけられたメイドは咄嗟にベダルを踏むのを止め、申し訳無さそうに椅子から立ち上がって頭を下げた。
「お嬢様が疲れてしまい……。お坊ちゃまがお部屋に連れて戻られました」
ここでもまたすれ違う羽目になったのだ。
ジェナロは呆れてものも言えない状態に追い込まれ、無言で踵を返そうとした時のことだった。
「旦那様。こちらを……」
メイドは彼を呼び止めると、籠に入った毛糸と2本の編み針を差し出してきた。
訝しげな視線を向けるジェナロに言葉が足りなかったと気づいた彼女は、事情を説明する。
「お嬢様が、お紡ぎになられました……。本日神獣と揃いのリボンを完成予定でしたが、体力の限界が来てしまい……」
その言葉を耳にした彼はメイドからその籠を奪うと、なんの言葉を紡ぐことなく彼女に背を向けその場から立ち去った。
(あの子の母親を探している時も、こうだったな……)
彼は自分がタイミングの悪い人間であると、よく自覚していた。
ロルティの母親が行方不明になったと聞かされた時死にものぐるいで形跡を探したが、どこに言っても今と同じように言われたのだ。
永遠と続く伝言ゲームの末にジェナロが知らされたのは、最愛の母娘が神殿に奪われたという話で――。
(もしもこの屋敷に侵入してきた神殿の人間に、ロルティが命を奪われることになれば……)
想像したくもない現実が訪れたなら、彼は再び心を閉ざしてしまうだろう。
(なんのために、あいつを潜入させていると思っている)
ジェナロはある人物に協力を依頼し、神殿の行動を逐一報告するようにと命じている。
そのおかげで愛娘がこの屋敷にやってきてからは、一度も命を脅かすような危機に直面する出来事は起きていない。
用心するに越したことはないが、警戒のし過ぎはロルティを不安にさせるだけだ。
(もう二度と。あのような悲劇を、起こすわけにはいかない……)
兄妹の部屋に到着したジェナロは、嫌でも扉のドアノブを握りしめる手に力が篭もってしまう。
この先に悲劇が待ち受けていたらと思うと、恐ろしくて仕方ないからだ。
(大の大人が、情けない……)
怯える姿を小さな子ども達の前で見せるわけにはいかないと覚悟を決めた彼は、ノックもなしに勢いよく扉を開け放った。
彼は再び室内へ戻ると、倉庫を目指して廊下を歩く。
すれ違う使用人達は一同に足を止め、その場で頭を下げる。
ジェナロにとっては当然の光景でも、ロルティにはそれが見慣れないものであったらしく、屋敷にやってきたばかりの頃は何度もペコペコと頭を下げ返していた時のことを思い出した。
(俺の娘は、どうしてあれほどまでにもかわいらしいんだ……?)
齢6歳にして、すでにあの可憐さだ。
成人を迎えでもしたら、母親に似て国中を虜にする女性へ成長するに違いない。
(俺とジュロドだけで守りきれるか、不安でしかない……)
ジェナロは愛娘に相応しい許嫁の選定を早めるべきかと悩みながら、メイド達の言っていた倉庫へとやってきた。
――ガタゴト、ガタゴト。
木製のペダルを回す音が聞こえる。
ロルティが耳にしたら喜びそうだと考えながら室内へ顔を出したはいいが――そこには1人のメイドしかいなかった。
「――娘は」
3度目の問い掛けともなれば疲れてしまい、ロルティの名前を出す気力すらもない。
不機嫌そうな当主から問いかけられたメイドは咄嗟にベダルを踏むのを止め、申し訳無さそうに椅子から立ち上がって頭を下げた。
「お嬢様が疲れてしまい……。お坊ちゃまがお部屋に連れて戻られました」
ここでもまたすれ違う羽目になったのだ。
ジェナロは呆れてものも言えない状態に追い込まれ、無言で踵を返そうとした時のことだった。
「旦那様。こちらを……」
メイドは彼を呼び止めると、籠に入った毛糸と2本の編み針を差し出してきた。
訝しげな視線を向けるジェナロに言葉が足りなかったと気づいた彼女は、事情を説明する。
「お嬢様が、お紡ぎになられました……。本日神獣と揃いのリボンを完成予定でしたが、体力の限界が来てしまい……」
その言葉を耳にした彼はメイドからその籠を奪うと、なんの言葉を紡ぐことなく彼女に背を向けその場から立ち去った。
(あの子の母親を探している時も、こうだったな……)
彼は自分がタイミングの悪い人間であると、よく自覚していた。
ロルティの母親が行方不明になったと聞かされた時死にものぐるいで形跡を探したが、どこに言っても今と同じように言われたのだ。
永遠と続く伝言ゲームの末にジェナロが知らされたのは、最愛の母娘が神殿に奪われたという話で――。
(もしもこの屋敷に侵入してきた神殿の人間に、ロルティが命を奪われることになれば……)
想像したくもない現実が訪れたなら、彼は再び心を閉ざしてしまうだろう。
(なんのために、あいつを潜入させていると思っている)
ジェナロはある人物に協力を依頼し、神殿の行動を逐一報告するようにと命じている。
そのおかげで愛娘がこの屋敷にやってきてからは、一度も命を脅かすような危機に直面する出来事は起きていない。
用心するに越したことはないが、警戒のし過ぎはロルティを不安にさせるだけだ。
(もう二度と。あのような悲劇を、起こすわけにはいかない……)
兄妹の部屋に到着したジェナロは、嫌でも扉のドアノブを握りしめる手に力が篭もってしまう。
この先に悲劇が待ち受けていたらと思うと、恐ろしくて仕方ないからだ。
(大の大人が、情けない……)
怯える姿を小さな子ども達の前で見せるわけにはいかないと覚悟を決めた彼は、ノックもなしに勢いよく扉を開け放った。
あなたにおすすめの小説
誘拐された公爵令嬢ですが、なぜか皇帝に溺愛されています』
富士山麓
恋愛
舞踏会で王太子から婚約破棄を告げられそうになった瞬間――
目の前に現れたのは、馬に乗った仮面の皇帝だった。
そのまま攫われた公爵令嬢ビアンキーナは、誘拐されたはずなのに超VIP待遇。
一方、助けようともしなかった王太子は「無能」と嘲笑され、静かに失墜していく。
選ばれる側から、選ぶ側へ。
これは、誰も断罪せず、すべてを終わらせた令嬢の物語。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます
天田れおぽん
ファンタジー
ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。
ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。
サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める――――
※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。
追放された悪役令嬢、規格外魔力でもふもふ聖獣を手懐け隣国の王子に溺愛される
黒崎隼人
ファンタジー
「ようやく、この息苦しい生活から解放される!」
無実の罪で婚約破棄され、国外追放を言い渡された公爵令嬢エレオノーラ。しかし彼女は、悲しむどころか心の中で歓喜の声をあげていた。完璧な淑女の仮面の下に隠していたのは、国一番と謳われた祖母譲りの規格外な魔力。追放先の「魔の森」で力を解放した彼女の周りには、伝説の聖獣グリフォンをはじめ、可愛いもふもふ達が次々と集まってきて……!?
自由気ままなスローライフを満喫する元悪役令嬢と、彼女のありのままの姿に惹かれた「氷の王子」。二人の出会いが、やがて二つの国の運命を大きく動かすことになる。
窮屈な世界から解き放たれた少女が、本当の自分と最高の幸せを見つける、溺愛と逆転の異世界ファンタジー、ここに開幕!
【完結】帳簿令嬢の答え合わせ ~その不正、すべて帳簿が覚えています~
Lihito
ファンタジー
公爵令嬢アイリスは、身に覚えのない罪で婚約破棄され、辺境へ追放された。
だが彼女には秘密がある。
前世は経理OL。そして今世では、物や土地の「価値」が数字で見える能力を持っていた。
公爵家の帳簿を一手に管理していたのは、実は彼女。
追い出した側は、それを知らない。
「三ヶ月で破産すると思うけど……まあ、私には関係ないわね」
荒れ果てた辺境領。誰も気づかなかった資源。無口な護衛騎士。
アイリスは数字を武器に、この土地を立て直すことを決意する。
——追い出したこと、後悔させてあげる。
※毎日18時更新
※表紙画像はAIにて作成しています
※ 旧題:婚約破棄された令嬢ですが、帳簿があれば辺境でも無双できます
滅びる異世界に転生したけど、幼女は楽しく旅をする!
白夢
ファンタジー
何もしないでいいから、世界の終わりを見届けてほしい。
そう言われて、異世界に転生することになった。
でも、どうせ転生したなら、この異世界が滅びる前に観光しよう。
どうせ滅びる世界なら、思いっきり楽しもう。
だからわたしは旅に出た。
これは一人の幼女と小さな幻獣の、
世界なんて救わないつもりの放浪記。
〜〜〜
ご訪問ありがとうございます。
可愛い女の子が頼れる相棒と美しい世界で旅をする、幸せなファンタジーを目指しました。
ファンタジー小説大賞エントリー作品です。気に入っていただけましたら、ぜひご投票をお願いします。
お気に入り、ご感想、応援などいただければ、とても喜びます。よろしくお願いします!
23/01/08 表紙画像を変更しました
婚約破棄された公爵令嬢は冤罪で地下牢へ、前世の記憶を思い出したので、スキル引きこもりを使って王子たちに復讐します!
山田 バルス
ファンタジー
王宮大広間は春の祝宴で黄金色に輝き、各地の貴族たちの笑い声と音楽で満ちていた。しかしその中心で、空気を切り裂くように響いたのは、第1王子アルベルトの声だった。
「ローゼ・フォン・エルンスト! おまえとの婚約は、今日をもって破棄する!」
周囲の視線が一斉にローゼに注がれ、彼女は凍りついた。「……は?」唇からもれる言葉は震え、理解できないまま広間のざわめきが広がっていく。幼い頃から王子の隣で育ち、未来の王妃として教育を受けてきたローゼ――その誇り高き公爵令嬢が、今まさに公開の場で突き放されたのだ。
アルベルトは勝ち誇る笑みを浮かべ、隣に立つ淡いピンク髪の少女ミーアを差し置き、「おれはこの天使を選ぶ」と宣言した。ミーアは目を潤ませ、か細い声で応じる。取り巻きの貴族たちも次々にローゼの罪を指摘し、アーサーやマッスルといった証人が証言を加えることで、非難の声は広間を震わせた。
ローゼは必死に抗う。「わたしは何もしていない……」だが、王子の視線と群衆の圧力の前に言葉は届かない。アルベルトは公然と彼女を罪人扱いし、地下牢への収監を命じる。近衛兵に両腕を拘束され、引きずられるローゼ。広間には王子を讃える喝采と、哀れむ視線だけが残った。
その孤立無援の絶望の中で、ローゼの胸にかすかな光がともる。それは前世の記憶――ブラック企業で心身をすり減らし、引きこもりとなった過去の記憶だった。地下牢という絶望的な空間が、彼女の心に小さな希望を芽生えさせる。
そして――スキル《引きこもり》が発動する兆しを見せた。絶望の牢獄は、ローゼにとって新たな力を得る場となる。《マイルーム》が呼び出され、誰にも侵入されない自分だけの聖域が生まれる。泣き崩れる心に、未来への決意が灯る。ここから、ローゼの再起と逆転の物語が始まるのだった。
追放された悪役令嬢は、辺境の谷で魔法農業始めました~気づけば作物が育ちすぎ、国までできてしまったので、今更後悔されても知りません~
黒崎隼人
ファンタジー
公爵令嬢リーゼリット・フォン・アウグストは、婚約者であるエドワード王子と、彼に媚びるヒロイン・リリアーナの策略により、無実の罪で断罪される。「君を辺境の地『緑の谷』へ追放する!」――全てを失い、絶望の淵に立たされたリーゼリット。しかし、荒れ果てたその土地は、彼女に眠る真の力を目覚めさせる場所だった。
幼い頃から得意だった土と水の魔法を農業に応用し、無口で優しい猟師カイルや、谷の仲間たちと共に、荒れ地を豊かな楽園へと変えていく。やがて、その成功は私欲にまみれた王国を揺るがすほどの大きなうねりとなり……。
これは、絶望から立ち上がり、農業で成り上がり、やがては一国を築き上げるに至る、一人の令嬢の壮大な逆転物語。爽快なざまぁと、心温まるスローライフ、そして運命の恋の行方は――?