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魔王覚醒

くだらない理由

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「親父が死んだのって、最近の話か?」
「父君が亡くなり、諸々の処理を済ませてから魔王様をお迎えに上がりました。父君と母君が亡くなったのは、二週間ほど前の話です」
「二週間前……」

 俺はハレルヤ・マサトウレの記憶を引っ張り出す。
 そういや、ぴったり二週間前に王城へ侵入者がやってきて皇帝の命を奪おうとしたとかなんとか、大騒ぎしていたような気がする。俺達は王城内が騒がしくなったのを確認して、皇女様の部屋でいつ何があってもいいように身を寄せ合っていた。

 俺の両親を殺したのは、皇女様を虐げるように命令した奴らと一緒か……。

 皇女様のことを虐げた奴を懲らしめようと思えば、自然と両親の仇を取る流れになるってことだな。いいこと聞いた。

 両親の生死はどうでもいいが、皇女様虐げた奴らがのうのうと息をしているのは気に食わねぇ。
 機会があれば、俺が直々にそいつらへ挨拶回りをする機会はあるだろう。

「ハレルヤ……二週間前って……」
「皇女様が気にする必要はねぇよ」
「でも……」
「俺は皇女様と同じだ。両親から愛された記憶がねぇ。死んでるって聞いた所で、悲しくなんてねぇんだよ」
「ハレルヤ……無理しないで……」
「無理してねぇって。親父が元魔王ってことは、俺は人間と魔族のハーフってことだ。皇女様、気持ち悪くねぇか」
「気持ち悪いなんて!ありえないよ!ハレルヤに魔物の血が混ざっていたとしても、ハレルヤが化け物になるわけじゃない」
「皇女様……」

 俺の皇女様、マジで人間出来てんな。すげーよ。普通魔族だって聞いたら怖がるだろ。凶暴で、人間に襲い掛かる魔族は討伐対象だ。人間と魔族の恋など、許されることではない。

 俺は禁忌の子どもってことになるな。

 魔族の子どもは、人間とは異なる身体的特徴を持って生まれてくる。有名なのは、尻尾とか獣耳だな。魔王としてポピュラーなのは、悪魔の角とかだろうけど……。俺の容姿は人間と大差ない。

 魔族らしさが一切ないのだ。

 人間と魔王の間に生まれた子どもだから、目に見えてわかるような変化がねぇとか?わかんねぇな……。

「魔族なら、目に見えてそうだとわかるような身体的特徴があるはずだろ」
「魔王様の身体的特徴は、生まれながらに封じられているのです」
「どういう意味だ」
「魔王様が誕生した際、人間の子どもと大差ない容姿を確認した父君は、魔王様を隅々まで調べ上げました。結果、魔王様は生まれながらに、父君から受け継いだ力を封じられていることが、明らかになったのです」

 ハムチーズの抑揚がなく回りくどい話は、恐ろしく分かりづらかったが──よくよく聞いてみれば、答えはシンプルだ。

 俺には本来、魔王としての力を受け継いだ証である悪魔の角が頭に生えているはずだったが、この世に生を受けた瞬間から魔王としての力が封じられている。その封印を解くことは、親父ですらも無理だった。

 封印を解くことを諦めた親父は俺を人間として育てることを決めたが、お袋はそれに大反対。魔王の息子として適切な教育を受けさせ、魔族としての人生を歩ませるべきだと真っ向から対立し、皇女様と出会うまで俺は宙ぶらりんの状態で放置され続けた──。

 マジでくだらねぇんだけど。
 そんな理由で俺は10年間も両親から放置されていたのかと思えば、ムカついて仕方ねぇ。

 マジでふざけんなよ。

 人間として生きるか、魔族として生きるかを俺が選択できるように、両方の暮らし方を教えればよかっただけじゃねぇか。
 夫婦間の意見が対立した結果、息子の面倒を見ず放置するとか……最低だな。死んで当然の奴らだ。
 今の話を聞いて、一切の同情心が薄れた。
 聞かないほうが、良かったかもしれねぇな……。

「封印された力が目覚めたら、俺は化け物になんのかよ」
「人間の血も混ざっていますから……。完全な魔族として生まれ変わることはないでしょう。角の生える程度が精々かと」
「魔王として魔界を治めるつもりなら、早めに封印を解かないとマズイよな?」
「そうですね。角は魔王様の証です。魔界の住人全てが、魔王様が魔界を治めることに賛同しているわけではございませんので……」
「封印の解き方は、わかんねぇんだよな」
「残念ながら」

 親父から受け継いだ魔王としての力が目覚めれば、俺は魔界の魔王として誰からも認められる王になれる。
 先代魔王の親父ですらも解けない封印と言ったら──やっぱり、あれしかねぇよなぁ?

「わかった。封印は早めに解く。俺はこれから魔界で、どうやって暮せばいいんだ?」
「どうぞ、ご自由にお過ごしください。魔王様は、魔界を治める王。何をするかは魔王様自信がお決めになることですので……」
「俺を出迎えた奴らは、人間界を侵略して欲しがってたぜ」
「人間界への侵略は、魔界の悲願ですから」

 俺は親父がどうやってこの魔界を治めていたか知らねぇけど。ハムチーズの話を信じるなら、15年近くは魔界を放置して人間界でお袋といちゃついていたらしい。
 その間よく絶対王政のままでいられたな、とか。殺されずに済んだよなと思うことはあるが、親父がどんな魔王だったのかは今すぐ聞く必要がないだろう。

 俺の出生と境遇、置かれている立場とやるべきことは理解した。
 次は皇女様の呪いについて探りを入れとかないとな。
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