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魔界<魔族街>

デレデレ皇女様

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「ハレルヤ、なんだかごきげんだね。思ったよりも魔族街がいい所で、嬉しかったの?」
「まぁ、そんな所だ」

 前世殺してやったクソ野郎と目の前にいる魔族がそっくりで、大笑いしてるなんざ皇女様には言えねぇだろ。
 俺は適当にはぐらかすと、皇女様との間に入り込む余地はねぇってことを証明するため、思う存分いちゃつきまくった。

「ハレルヤ、どうしたの?今日は積極的だね?」
「俺の皇女様が月明かりに照らされて、キラキラ輝いているのが悪いんだろ」
「キラキラしてるのが好きなんだ?」
「まぁな」
「お姉さんに、もっとキラキラ輝くドレスを作ってもらわなくちゃ!」

 皇女様は宝石まみれの光に反射すると輝くドレスで着飾れば、もっと俺から好きになって貰えると大騒ぎしてるが、そういう問題じゃねぇだろ。皇女様はどれほどみすぼらしい服装をしていたって、可愛いんだよな……。

「魔王様。恐れながら、申し上げてもよろしいでしょうか」
「なんだよ」
「魔王様はなぜ、人間の娘を慈しむのでしょう。彼女は……魔王様には相応しくありません」
「おい。もう一度言ってみろよ」

 誰が誰に、相応しくねぇって?

 皇女様は俺にはもったいねぇくらいの美少女だけど?
 俺はこの魔界を統べる魔王だ。俺が皇女様を娶ると言ったら、皇女様は俺の嫁になるんだよなぁ……。
 一介の魔族が魔王の婚姻にケチつけてくるとか、舐めてんのか?
 ぶっ殺すぞ。

「魔王様は、魔族の女性をお選びになるべきです」
「人間を差別するのかよ」
「人間は醜い生き物なのです。人間である限り、彼女も例外ではありません」

 俺が生粋の魔族だったら、そういうもんかと皇女様の手を離したかもしれねぇけどな。
 残念ながら俺には人間の血が混ざってる。人間に対する冒涜は、俺のお袋に対する冒涜だ。先代魔王の親父は、お袋に入れ込んでたらしいからな。
 親父の代で面と向かってそんなこと口にしたら、ぶっ殺されてたんじゃねぇの?

「じゃあ、俺も醜い生き物ってことでいいな」
「何故ですか。魔王様は魔族の長。人間とは似ても似つかない、孤高の御方です」
「ハムチーズの言葉、まともに聞いてなかったろ。俺のお袋は人間だぜ。魔王の親父と人間のお袋を親に持つ俺は、魔王を名乗っていてもお前らとは違う」
「それは……」
「口は災いの元だって、よく言うだろ。俺はどうこう言うつもりはねぇけど、気をつけた方がいいぜ。短気なやつなら、お前の命はねぇから」
「ハレルヤ。このお兄さん、黙らせよっか?」
「今は気にしなくていいぜ。皇女様にタメ口聞いたこと、醜い人間扱いしたことは目を瞑ってやる。皇女様を貶す言葉を、もう一度口にしてみろ。三度目はないからな」

 ニコニコ笑顔で、怖いことを言う皇女様の頭を撫でながらストーカー野郎に似たやつは、無言で頭を下げると魔族の街に消えてく。
 なんだ、あいつ。俺が人間って醜いねと賛同して、人間界に侵略するよう仕向けるつもりだったのか?

「あのお兄さん……何考えてるかわかんなくて、怖かった……」
「なんつーか、やべぇやつだよな。皇女様にタメ口で話しかけたかと思えば、人間を迫害してくるし。ダブスタか?」
「わかんないけど、ハレルヤが無事でよかった」
「無事でよかったのは皇女様だろ。善人のふりして近づいてくる悪人が、一番怖いんだよな。背中刺されたら終わりだぞ」
「うん。ハレルヤ、あのね……」

 皇女様はひたすら無言で俺たちの後ろをついてくるハムチーズに聞かせたくないのか、俺の耳元で囁いた。

「私も、ハレルヤを守れるようになりたいな」

 耳元で囁かなくたっていいだろ、そんなこと……。

 俺の皇女様が、かわいくて辛い。

 耳元で囁かれると、その言葉が特別な告白みたいに聞こえてきて、俺は思わず歩みを止めた。

「ハムチーズ」
「はい、魔王様」
「魔王の花嫁として紋章が刻み込まれた娘も、魔力が備わっているんだよな?」
「左様でございます。鍛錬を積めば、自由に発動が可能かと」
「皇女様が魔力を使役できるように、訓練をつけてくれ」
「承知致しました」

 皇女様がやる気を見せたのなら、俺はハムチーズに働きかけ、全力でサポートするまでだ。
 俺の耳元から顔を遠ざけた皇女様は、両手で握りこぶしを作るとガッツポーズした。

「ハムちゃんなんて、ボッコボコのめっきょめきょにしてやるんだから!」

 初心者の皇女様がハムチーズをボコボコにするまで、何年掛かるんだか。
 俺はやる気を見せる皇女様と戯れながら、魔城へ続く道のりとのんびりと歩いて帰った。
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