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人間界<魔族の夫婦を救え>

試験合格

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「魔王様。試練合格、おめでとうございます」

 魔城で留守番をしていたハムチーズが、俺に向かって何故か祝いの言葉を掛けてきた。
 俺は今にもぶっ倒れそうな状況で祝われ、思わずハムチーズへ聞き返してしまう。

「今話しかけられても、リアクションしづれぇんだわ……。悪い。部屋に戻る。寝かせてくれ」
「承知致しました」
「ハレルヤ?大丈夫……?」

 皇女様はハムチーズに限界だと伝えた俺に遠慮して、首元に回す手を離そうとする。
 俺が一番信頼してる皇女様だからなんとも思わねぇけど、俺はハムチーズを心から信頼しているわけじゃねぇからな。
 医者に治療して貰い、包帯でぐるぐるになった指先を使って、皇女様が離れないように抱きしめた。

「ごめんな、キサネ」

 部屋に戻った俺は、ベッドの縁に皇女様を下ろすと、大の字になって寝転がる。
 死ぬかと思った。死ぬくらいなら殺してやる。
 皇女様は俺のものだと思考が目まぐるしく変化していく中、俺は皇女様の名を呼んで謝罪した。

「ハレルヤはずっと私を、名前で呼んでもいいんだよ……?」
「俺が名前呼び続けたら、距離なしのイカレ野郎が勘違いして、皇女様の名前を呼ぶだろ?」
「また、戻った……」

 俺はイケメンなんて柄じゃねぇのに、美少女と称するべき皇女様を名前で呼んだら──俺よりも顔に自信のある奴らが、ブサイクに名を呼ばれてるんだったら俺たちにも呼ぶ権利があるとかどうこう主張して、大変なことになるだろ?
 面倒なトラブルを避けれるなら、俺は皇女様呼びをし続けた方がいい。

「二人きりの時は、名前で呼んでって、お願いしたのに……」
「悪い、キサネ。今あんまり、余裕がねぇんだ」
「余裕?気持ちの問題?」
「おう。魔力、消費しすぎたみてぇだ」
「ハレルヤ、死んじゃうの……!?」

 普段は何度転移したって、ムースの為に材料を錬成してもピンピンしてる俺がグロッキーな様子を見て、うつ伏せになってベッドへ横たわる俺の上に、皇女様は圧し掛かってきた。ぐえ。窒息死するから、やめろって……。
「やだ!ハレルヤ、死んじゃやだよ!一人にしないで!」
「勝手に殺すな……。一人になんてしねぇから。落ち着け」
「でも、ハレルヤ……苦しそう……。私があいつらに、トドメを刺さずに帰ろうって言ったから……?」
「あそこで俺に正気を取り戻そうと必死になってくれたからこそ、今がある。なんかよくわかんねぇけど、魔剣も手に入れた。立派な魔王として、また一歩前進したみたいだからな。よしとしようぜ」
「うん……。寝たら、具合悪そうなの。直る?」
「おう。多分な」
「じゃあ、私も一緒に寝る……」

 皇女様は俺の背中へ伸し掛かるのをやめると、俺の隣で大の字に寝転がる。違うのは、うつ伏せの俺とは違って仰向けに寝転がってる所か……。
 皇女様はぼんやりと天井を見つめながら、ポツリと呟く。

「私がいなくなっても、あの人たちはなんとも思ってなかった」
「……キサネ……」
「私、やっぱりいらない子だったんだ。私を必要としてくれるのは、やっぱりハレルヤだけ……」

 皇女様を大切に思っているのは、俺だけじゃない。私利私欲を満たすためなら、皇女様を求める輩は山ほどいる。

 皇女様を愛するロリコン野郎、皇女様のそっくりさんに因縁があるストーカー野郎。
 父親としてではなく、男として皇女様を利用したい皇帝──羅列してみると、どいつもこいつも恐ろしい感情を皇女様に抱いている。

 そして、俺もまた。
 やべぇ男どもの一員として、本来ならば名を連ねるべき自覚がある。

『正晴くん』

 前世で三人殺害した斎藤正晴の記憶を持つ俺は、斎藤正晴が殺人を犯してでも守りたかった少女と、皇女様を重ねていた。

 今は魔界を総べる魔王だとしても。
 前世が最悪すぎて、皇女様は俺が斎藤正晴だと知れば……百年の恋も冷めてしまうかもしれない。

 俺は皇女様に、知られるわけにはいかねぇんだ。
 三人殺害した前世の記憶を持っていること。
 今も奴らを重ねては、殺戮衝動で頭がおかしくなりそうになる事も──

「よく、我慢できたな」
「ハレルヤと、約束したから。私達の目的は、魔族の夫婦を助けることだって。復讐なんかに、心を奪われることはないって自分を律していたら──ハレルヤが暴走し始めたんだもん。私、驚いちゃった」
「……ごめんな」
「心臓に悪いよ!私も、ごめんね。舌噛み切ろうとしたり、角をもぎ取ろうとしたり……その、痛かったでしょ……?」
「すげー痛かった。思い出すだけでも、かなり痛ぇ。トラウマレベル」
「ほ、ほんとにごめんね……?」

 心配そうに俺を見つめる、皇女様と目があった。
 ハレルヤ・マサトウレとして生を受けてから、俺を心配してくれんのは皇女様だけだったからか?
 なんつーか、すげー安心するんだよな。

 もっと皇女様に心配してもらう為、大怪我しようなんてトチ狂った思考を抱きながら、俺は皇女様に癒やされる。
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