私の痛みを知るあなたになら、全てを捧げても構わない

桜城恋詠

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高校三年 山王丸兄弟

勇気を出して

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 終業式を終えれば、冬休みに入る。
 だが、その期間中の予定はほとんど未定だ。

 学校に通う必要がなければ、許嫁達と顔を合わせることはなくなる。

 海歌は手早く帰り支度を整え、上履きと靴を履き替えたが……。
 その手を後ろから掴んでくる人物が現れた。

(違う)

 繋いだ指の感触で、すぐさま相手が望んでいた人ではないと認識しながらも。手を掴んできた男子生徒を見つめた海歌は、彼を睨みつけた。

「まだ、例の件について怒っているんだ。案外根に持つタイプなんだね」
「軽々しい言葉で片づけないでください。あなたの行いは非人道的です」
「そうかな。俺は迷っている彼女の背中を、押してあげただけだよ」

 それが正気ではないと言いたいのだ。

 自ら命を終える覚悟がないと迷っていた少女の背中を押したせいで、桃香は命を落としてしまった。
 山王丸の言葉を無条件で信じるつもりはなかったが、海歌にとっては間接的な殺人を告白されたようなものだ。
 そんな状態で、この男を好きになるわけがない。

(葛本に会いたい)

 従兄に罪を告白された日から、海歌は山王丸を敵視するようになった。元々眼中になかったが、より一層顕著になった形だ。
 海歌はつねに二人の許嫁を比べることで、どうにか平常心を保っている。

(私を必要としてほしい……)

 目の前にいる山王丸を無視して現実逃避を始めた海歌は、どこかで聞き覚えのある甲高い金切り声を耳にした。

「クズの癖に! 私が見ていない場所で、人間らしい生活を謳歌いるなんて思いませんでしたわ!」
「……っ」
「グズはゴミクズらしく、床に這いつくばっているのがお似合いでしょう!?」

 グランドの方へと目を向ければ、真っ先に視界へ入ってきたのは金髪縦ロールの髪型だった。
 他校の制服を着ている少女を見た彼女は、その人物に心当たりがあると気づく。

(あの人……!)

 すぐそばで呆然とグランドに尻もちをついて微動だにしない葛本の姿を捉えた海歌は、唇を噛み締め決意を新たにする。

(助けなきゃ)

 衝動的に葛本の元へ走り出そうとしていた海歌は、山王丸に止められてしまう。

(邪魔しないでよ……!)

 葛本のことで頭がいっぱいな海歌は、普段の大人しい性格からは想像がつかないほどにその瞳を不機嫌そうに細めると、山王丸を睨みつけた。

「助けるの?」
「あなたなら、助けに行くと思っていました」
「ここで若草さんの手を握って会いに行ったりなんてしたら、俺に向かって大暴れするのがわかっているからね。今日は遠慮するよ」
「そうですか」
「ほら! いつもみたいに私の椅子になりなさいよ! クズはクズらしく、ゴミのように這いつくばり、わたくしの言うことだけを実行していればいいの!」

 山王丸は嵐が過ぎ去るまで、葛本が耐えられると認識しているらしい。
 一族の集まりであればそれで済むが、ここは事情を知らない人々の集まりだ。

「えー? 嘘っ。なんで?」
「ヤバッ! 修羅場じゃん!」

 普段元気で明るい葛本が他校の女子生徒から罵倒を受けている姿を、帰宅途中の生徒達が噂している。
 その声、その言動が――葛本を追い詰めるのだと知りもせずに。

(このまマジゃ、葛本の心が持たない……)

 問題を大きくしたくない山王丸の気持ちに理解を示さないわけではないが、高圧的な態度を取る少女が他校の人間である以上、学校内で処理するよりも警察の判断に委ねるべきだろう。
 
 一族の中でだけなら見てみぬふりをされる行いも、外では異常なものにしか見えない。
 海歌は後継者としていずれ頂点に君臨する人間として、見てみぬふりはできそうになかった。

(分家が起こした問題は、一族で解決しなければ)

 海歌は今までずっと、見てみぬふりをして生きてきた。
 その方が楽だから。
 関わり合いにさえならなければ、傷つかなくて済むからと。

 空気のように。

 自分の生きる意味すらよく分からなくなった海歌には、失うものなど何もない。

(私が葛本を、助けるんだ)

 決意とともに山王丸の手から強引に抜け出ると、葛本の元へ駆け出した。
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