ドラゴンの爪に引っかかったら人生が180度変わった。

さはら(仮)

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ポチ太と髪の毛

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「…そういえば、その…ミュートの兄さんは…?」
部屋の奥に案内された俺は、レシピさんに前髪を切ってもらう少し前にその疑問を思い出した。
嵐というか、台風というか…とにかくエネルギーの塊のようなミュートに圧倒されてほとんど忘れかけていたが、ミュートは兄がレシピさんに食事を持っていったといっていた。つまりはあの俺に好意的ではない少年と、その少年と仲がいいらしいレシピさんVS俺になるかも知れない…と少しだけ緊張する。
「ああ、ボーカル?さっきミュートちゃんと君が来る数分前に自分の部屋に帰って行ったよ。何か用事でもあった?」
「いや、全然…居ないなら良いんです」
今ここにはいないらしい事実に安心しながら、レシピさんにエスコートされて丸椅子の上に座った。
促されてメガネを外し、折りたたんでひざの上に置く。
レシピさんが指を一振りしてから、手に持ったハサミでいきなり前髪に刃を入れた。
俺は魔法使いが良く着るローブを着ているから、それをそのまま髪よけにするのだろうか?切ってもらうのは前髪だけだからローブの帽子部分に毛が入ることも無くて意外とちょうどいいのかもしれない。
目に髪の毛が入ると嫌だから、目をつぶろうとした瞬間チョキンと軽快な音を立てて前髪に刃が入った。
目を閉じるのが間に合わなかったな。と思っていると、まずは顔の数ミリ上、続いてローブの数センチ上を髪の毛が滑る。
「…え」
「ん?ゴメン、切りすぎた?でもまだちょっとしか切ってないからもうちょっと上まで切らないと目悪くなるよ??あ、メガネかけてるってことはもうちょっとは悪いのか。でもそれ以上悪くなったら大変だから、ちゃんと前髪切ろうね」
小さな子供に諭すようにレシピさんがそう言ったが、俺が声を出したのはもちろんそんな事柄ではない。
「これ、結界…ですか?」
集中すると、全身を包む優しい気配を感じる…気がする。
「あ、バレちゃった。ごめんねー、ちょうどいい布がなくって不精しちゃった」
あはは、とレシピさんが笑って見せるが、結界を張るのはそこそこの上級技法だ。
魔法の詠唱はもちろん必要だし、場合によっては大掛かりな魔方陣があるのが好ましい。
それをまったくしないでレシピさんは結界を張って見せた…正直、信じられなかった。

いや、ドラゴンの爪に引っかかって巣に運ばれてきてからのここまでの色々な出来事を考えれば案外普通なのかもしれない。
しかし、今までのことは自分の常識から完全に外れた世界での出来事だったが、魔法に関しては一応専門分野だ。
今までの比べるものが無い状態のすごいというよりわけがわからないことより…なんというか、現実的にすごかった。

俺が驚いている間にも、レシピさんは素早く丁寧に前髪をちょうどいい長さに切ってゆく。
特に前髪の形にこだわりがあるわけではないので、されるがままに心地よい気配に包まれ続ける。

「ポチ太くんも魔法使いなの?」
ハサミは止めないままレシピさんがそんなことを口にした。
「あ…はい…一応…」
「一応?」
「俺、その……一族の、出来損ない、で…魔法、上手く使えなくて………」
他人から言われるのには傷つくが慣れている言葉を、自分の口から紡ぐのはいっそう劣等感を煽られる。
言葉の先を中々続けられないでいると、レシピさんは手を止め、もっさい印象になる俺とは違い、シャープで知的な印象のメガネを少しずらし、顔をとても近づけて俺の目を覗き込んだ。
「うーん…そんな風には見えないけどなぁ?」
「そう…ですか?」
メガネを外しぼやけた視点でもレシピさんの青い瞳がドキッとするほど近いことはわかる。
「髪の毛切り終わったらちょっと見てあげるね」
レシピさんはそう言いながら微笑み、中途半端に切った状態になっていた前髪の続きを切り始めた。

数分後、納得の行く長さまで前髪を切ったらしいレシピさんにメガネを掛けるように促され、出してもらった鏡で長さを確かめる。
「あ、はい。丁度良いです…あの、ありがとうございました」
そう言って丸椅子から立ち上がろうとするのを、レシピさんに制された。
「…?」
何だろう?と思っているとレシピさんは切ったばかりの俺の前髪をかきあげ、俺の額に自分の額をくっつける。
まるで小さな子供に母親が熱を測るためにやる仕草だ。
「んー、まだちょっと育ちきってないのかな」
そう言ってレシピさんは側の研究資料や実験道具がごちゃごちゃと置いてある机の上から細長い布を引っ張り出すと、こちらに背を向けながらなにやら魔力を行使しながら聞いたことが無い呪文を小さく唱えつつ聖水のようなものを布にかけたようだった。
レシピさんはその細長い布を丁寧に三つ折にしたところで、一度俺を見て何かを思案するように腕を組む。
「ポチ太くん。ちょっとだけ髪型変えてもいいかな?毛先くらいは整えるかもしれないけど、大きく切ったりはしないからさ」
「はぁ、どうぞ」
魔力を宿すために長く伸ばしてはいるが、それ以外は特にこだわりは無い。
俺の状況が理解できていない返事でもレシピさんは納得したらしく、俺の後ろに回ってどこからか取り出した櫛で俺の髪を梳かしながら髪型を整えているようだ。
ミュートの言うとおり、もっさりとテキトーに中途半端な位置で結んでいた髪が解かれてレシピさんの手で清められていく(気がする)

レシピさんは特に急ぐわけではなく、また俺も急いでいるわけではないので、結果としてとてもゆったりとしたリラックスできる時間が流れる。

その内、ぽつり、と俺は魔法使いの王国の王子であることを話した。
その中でも歴史に輝かんばかりの出来損ないであること。
妹がいること。
皆に見下されていること。
それでもいつかは中の下ほどの実力をつけることくらいはできるのではないかと努力していること。
母は妹と自分が幼い頃に病死してしまったこと。
あまり自分も健康体なわけではないこと。
苦しかったこと。
悲しかったこと。
今まで内に秘めて誰にも話さなかったことが、まるでこの時を待っていたかのように口から零れ落ちてゆく。
レシピさんは肯定するわけではなく、しかし否定するわけでもなく俺の話を聞いてくれた。
良くわかりもしないのに同情されたり、貶されたりするよりよっぽど良い。

「すみません。突然こんな話…」
「んーん。かまわないよ。まだ若いのにポチ太くんも大変な道を歩んできたんだねぇ…はい、これで髪型は出来上がり」
そう言ったレシピさんは俺の頭を軽くぽんぽんと撫でてくれた。

かなり高い位置でひとつに結ばれた髪は櫛とハサミで整えられ、いつもよりとても軽やかな気がする。
「あとは、最後の仕上げね」
そう言ったレシピさんは先ほど三つ折にしていた布を俺の額の辺りに巻く。
丁寧に巻かれたそれをレシピさんは頭の後ろで結んだ。

「はい、おしまい!」
そう言って、レシピさんに促され、部屋の隅の姿見の前に立つ。


そこには、憑き物が落ちたようなスッキリした顔で少し不思議そうにこちらを見る俺の姿が映っていた。





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