僕と彼女のレンタル家族

suzudeer

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第23.5話 「進行」

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 やっと手に入れたを目の前にした在過とうかは、妻の言葉ことのはと娘の希心きこの姿を見て、気持ちが緩む。

 静かに、過去の話を聞いてくれる二人の家族を得たはずなのだが、殴られたかのような頭痛に胸の痛みが苦しい。冷めたコーヒーを一口飲み、コップを置く。

 胸からこみ上げてくる急激な嗚咽が襲い、急いで洗面所に向かった。

「「パパっ!?」」

 心配してくれている家族が在過を呼ぶ。 
 
 しかし、在過の意識は嗚咽感に支配されている。まずい、非常にまずい。このままでは吐いてしまうと。洗面所の鏡に映った自分の姿をみて、嘔吐する。

 気持ち悪い・・・・・・気持ちわるい、気持ち悪い。呼吸をする度に聞こえる謎の音。洗面所の一部に吐瀉物をまき散らし、ツンとくる匂いが鼻腔を襲い再度吐いてしまう。蛇口のレバーを上にあげ、勢いよく水が出ると、吐瀉物を洗い流していく。

 コップに水を溜め、口の中に含んでいく。口の中に広がる吐瀉物の匂いと残渣物を洗い吐き出していく。何度も、何度も繰り返し口内洗浄を行う。

 頭をあげて正面を見る。在過は、鏡に映る自分の姿を眺め続けた。これは自分だ。これは自分の姿なのか? こんな顔で、こんな体型だっただろうか?

「――――あぁ」

 鏡に映る男は、無精ひげで寝癖のようなボサボサの髪。左の首筋には、掻きむしった引っ掻き傷が赤く炎症を起こしていた。呼吸をするたび肩があがり、どこからかヒューっと言う音が聞こえる。

「げほっゲッホッツゲホ」
 
「ママっ、パパが苦しそうだよ」
「パパ。ゆっくり息をしてください。落ち着いて」

 右足に抱きつく希子きこが、咳き込む在過を見上げる。ゆっくり背中をさすってくれる言葉このとはの手が暖かく感じる。

「あ゛っ・・・・・・なんだこれ」

 何度も咳き込む在過は、手を口で塞いでいたが、手のひらに付着する吐血。少量とはいえ、その真っ赤に染まった液体が呼吸を乱す。

「大丈夫です。大丈夫よパパ!」

「おかしいんだ、さっきから笛の音が聞こえるんだ。何度も何度も、近くから笛の音が」

「きこ、なにも聞こえないよぉ」

「パパ。大丈夫です。もう、終わっていますから。落ち着いて、ゆっくり息をして私を見て下さい」

 在過は、左側で背中をさすってくれている言葉ことのはの顔を見る。そこには、優しく微笑んで側にいてくれる理想の奥さんがいた。何度も望み、何度も願った夢。

 ここには、理想の家族がいる。喉を傷つけ吐血するほど、嘔吐をしてしまったことに、まだ過去の呪縛から逃れられていないのかと、在過は妻と娘を交互に見て思う。

「情けない・・・・・・」

「きこねぇ~、パパのケホケホなおしてあげるから、しゃがんでっ!」

 ぴょんぴょん跳びはねる希子が、右手を伸ばして在過のお腹をパンパン叩いている。在過は深い息を何度も繰り返しながら、希子と同じ視線の位置まで腰を落とす。

「痛い、いたーいメッ!」

 前胸部に小さな右手が触れる。

「痛い、いたーいメッ!」

 何度も同じ言葉を繰り返し、在過の前胸部を叩く。小さな手に込められた子供の力程度では痛みはない。だが、在過は過去に叩かれた部分の痛みを、感覚を覚えている。胸部に締め付けられる痛みを、何度も経験した記憶。

 ――苦しい、あれ? どうして苦しいんだ?

「こら、希子ぉ~。叩いたら、もっとパパが痛い痛いになるでしょ」

「えぇ~もう動いてないから痛くないもん!」

「ダメっ」

「うぅぅぅ!」

 言葉と希子のやりとりを眺める在過は、頭重感ずじゅうかんに襲われ、軽いめまいと吐き気を催す。妻の名前、子供の名前に違和感を感じる。在過はズキズキと痛む頭痛の脈を感じながら記憶を探る。

 言葉と結婚して、希子が生まれる前から名前を知っている。性格や服装、しゃべり方も知っている。そんな不思議な感覚が、在過は目の前の二人を見て感じていた。

「パパ!」

 大きな声で、ハッと意識を覚醒される在過。

「あれ? また、幻覚・・・・・・?」

 右手にコーヒーが入ったカップを持ち、目の前には希子を抱きかかえて座っている言葉。そう、なにも変わっていない光景。先ほどまでの出来事は幻覚? 妄想だったのか、と思い込む在過はテーブルにコップを置く。

 先ほどまで苦しかった胸の痛みや息苦しさはなく、嘔吐した感触は消えていた。また、異常なほど深いに感じた笛の音も聞こえなくなっていた。

「すまない。また、意識が飛んでいたらしい」
「いえいえ、過去とは言え辛い思い出を語るのですから」

「ねぇねぇ、続きは?」
「こら、パパを焦らせないの」

「・・・・・・・・・・・・」

 本当に幻覚や妄想だったのだろうか? 実にリアルで、経験したことがあるような痛み。精神的ストレスは病気ではなくとも痛みを感じることがあると言う。もしかしたら、過去の話をしているうちに精神的ストレス負荷が襲ったのかもしれない、在過はそう結論づけた。

「あれ? いつのまに切ったんだ・・・・・・?」

 ヌルッと感触を感じた在過が手のひらを見ると、赤黒いドロッとした血が付着していた。粘着質のように粘つく血液をティッシュで拭き取り、どこも怪我をしていないことに気づく。

「どうかされました?」
「あ、いや何でもないよ。それよりも、二人は疲れてないか?」

「きこ大丈夫~!」
「ふふ、パパはいつも自分より私達を優先して下さるんですから」

「当たり前だろ!」
「ありがとうございます」

「さて、疲れたらちゃんと言うんだぞ!」

「はいっ」
「はぁ~い」

 口の渇きを潤すため、コーヒーをコクっと飲み干す。ひんやりと冷たくなった液体が喉を通過し、胸の中を冷やしていく。

「この匂い……」

 一口コーヒーを飲み終えると同時に、懐かしい香りがしていた。当時の吸っていたタバコの銘柄である、クールと呼ばれるタバコの香り。

そしてまた、香りに導かれるように、過去の時間へと戻って行く。





 
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