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ここはどこ? あなたは誰?
しおりを挟むもう一度目を覚ました時、そこは暗くてひんやりとした所で、美琴は床に転がっていた。
身体を起こしてみると転がされていたのは土間で、石壁と木の柵で囲まれているのが、隅に置かれた行燈のぼんやりとした明かりに照らされて見える。
(私、何でこんなところに……)
柵や石壁の隙間から入り込む隙間風が冷たく、身体も冷えきっている。
安土城跡を見学に来たはずが、突然の地震で目を回し、意識を失った。気がつくと畳の上に転がっていて、誰かに何か問いかけられたような気がするが、それが何だったのかまるでわからない。
そして、ようやく気がついたのが今だ。
蔵にしては天井も低いこの場所は、目を凝らしても物らしい物もない。
広さは畳六畳ほどだろうか。天井までは二メートルくらいで、美琴の住む部屋より圧迫感があり幾分狭いようだ。
(まさか牢屋?)
行燈の灯り以外に何もないというのが、美琴の把握できた全てだった。
(何時だろう……)
スマホを取り出そうとポケットを探ると、入れたはずのそこには何もなく、静けさと暗さから夜なのだろうと推測するしかなかった。
持って来たリュックも見当たらない。
落胆していると、外から足音が近づいて来た。
誰かが中に入って来たようだが、格子の向こうも暗がりでよく見えない。声は男のものに聞こえたけれど。
手燭のぼうっとした明かりが近づいてくると、ようやく二人の男が入ってきたのだとわかった。男達は袴姿で、腰には刀を差している。
(武士? コスプレ?)
「あ、私のリュック」
男の一人が持っていたのは、紛れもなく美琴のリュックだった。
「リュックとは、これのことか?」
リュックを持った男が、掲げてみせるのに美琴は頷いた。
「これは、お前の持ち物に相違ないのだな?」
もう一人の男に尋ねられ、美琴はまたも頷いて見せた。
「あの、私のなんで、返してください」
「駄目だ」
きっぱりと言う男は、鋭い目つきで美琴を睨みつける。
釣り上がり気味のきりりとした目に、嫌味なく通った鼻筋。薄く形の良い唇はほんのりと笑んでいるようで、どこか意地悪そうに見える。
「そんなあ……」
自分の物を返してもらえない理不尽さに項垂れると、もう一人の男が告げた。
「信長様の命により、この中を改めさせてもらった。いくつか質問に答えなさい」
垂れ気味の目元が優しげな男は、口調も柔らかく威圧感はない。
「信長様って……織田信長!? いやいや、そんな冗談いりませんから。あ、早くしなきゃ帰れなくなっちゃう。今何時ですか? 間に合うかな」
近江牛を堪能するつもりだったし、帰りの新幹線にも間に合わないと困る。
刹那、すらりと抜かれた刀を目の前に突き付けられた。
「っ!」
息を詰めたが、すぐに模造刀だろうと思い付き、緊張を解いた。
「あー、びっくりした。いくら模造刀でも人に向けたらダメですよ?」
「俺の刀を粗悪品だと言うのか。面白い……」
刀を突きつける男に、もう一人の男が歩み寄る。
「光秀様、ただの女子です。お納め下さい」
美琴は、聞き覚えのある名前に耳を疑った。
「みつひで、さま?」
名前を聞いた美琴の脳内に、本能寺で信長の寝首を掻いた明智光秀が思い浮かんだ。
馬鹿な……。目の前にいる男が、明智光秀であるはずがない。
四百年以上も前に本能寺の変を起こし織田信長を自刃させた彼は、その数日後には羽柴秀吉によって追い詰められ、この世から抹消されていたはずだ。
刀を納めた光秀は、傍の男から手燭を奪い美琴を照らし出す。
視線の鋭さはそのままだ。
「いかにも。俺の名は、明智光秀。お前も名乗れ」
光秀の鋭い眼光に息が止まりそうだった。しかもこの男は、大好きな信長を討ったあの明智光秀だと言うのだから。
「い、池田、美琴、です……」
「池田あ?」
美琴が名乗ると、光秀の隣の男が素っ頓狂な声を上げる。
「恒興の女か?」
光秀は笑みを湛えて隣の男を見遣った。低い声に嘲笑うような色が滲む。
「ち、違いますよ!」
「つね、おきって、池田恒興!?」
「なぜ俺の名を!」
夢でも見ているのかと思った美琴は、二人の顔を交互に見遣った。
だがすぐに、そんなはずないと思い直す。
「あっ、あはははっ……すみません、笑って。えっと、戦国武将のコスプレですよね? 二人とも、とても素敵です。まるで本物の武将みたい!」
安土城址でこんなイベントが開かれていただろうか、と思いながらも、体験イベントの一環なのだろうと思えば役になりきるのも頷ける。
いとも簡単に騙される自分の性格を、忘れていた。もう十分にドキドキさせてもらったし、やはり帰りの時間が気になる。
美琴は二人のうち、優しそうな恒興に時間を聞くことにした。
「あの、今、何時ですか? そろそろ行かないと、新幹線が」
「亥の刻だが……」
「……亥の刻?」
それが一体何時なのか、現代人の美琴にはわからない。
コスプレ中は完全に成り切っているために、はっきりとした時間を教えてくれないのだろうか。
早くしないと新幹線に間に合わない。そうなれば帰ることも叶わず、どこかに泊まるとなると余計なお金がかかってしまう。
そんな美琴の気持ちを無視して、光秀が冷たい声を発する。
「この辺りの者ではないようだな。異国の者か」
異国? 紛れもなく日本国内からやって来たというのに、いつまでこの武将ごっこは続くのか。
「このリュックとやらには、見た事のない奇妙なものばかり入っていたが、どこで手に入れたのだ? 南蛮か?」
恒興も、武将ごっこを終わらせてくれる気はなさそうで、さも不思議そうに問いかけてくる。
「あの、そろそろ行かないと……もうイベントも終わりですよね? 本物の武将に会えたようでいい体験になりました。また来ますね」
にっこり笑顔を向けると、二人は現実に戻ってくれるはずだった。だが一向に笑顔が見られないどころか、信じられない事を事実として美琴に伝えるのだった。
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