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謁見
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どすっと音がするやいなや、上座から聞きなれない声がした。信長のものだろう。
「お前か、この間の妙な女は。面を上げよ」
よく通る太い声で矢継ぎ早に言われ、一体どんな人なのだろうと顔を上げた美琴は、目が合ってしまったことにぎくりと身体を強ばらせた。
精悍な顔立ちに派手な紅の着物。胸元は広く開けられていて、袴を着けていない足元からは引き締まった足首やふくらはぎまでもが露わになっている。
脇息に肘をつき美琴を見つめるその瞳は、獲物を狙う鷹のように鋭い。
(この方が信長様……)
美琴は暫し信長と見つめ合う形となり、憧憬なのか恐怖なのかわからない緊張感に身を震わせた。
「そう怯えるな。お前のことは恒興から聞いた」
「は、はい。池田美琴と申します。助けていただき、本当にありがとうございました」
再び頭を下げ、もう一度信長を見ると、先ほどとは打って変わって、彼は口元を綻ばせて美琴を見つめていた。
その笑顔に思わず鼓動が速くなる。
憧れの信長に微笑まれた嬉しさと、あまりにも破壊力のある笑顔に心臓が鷲掴みにされたという二つの理由で。
(か、かっこよすぎ!)
何時間でも眺めていられると思うほどの美丈夫だ。
「美琴」
「は、はい!」
まさか信長に名前を呼んでもらえる日が来ようとは……。
思わず声が上ずったけれど、信長は特に意に介した様子もない。
「お前は、桁外れに遠い場所から来たと言うが、本当か?」
秘密にしていることをこの場で言ってしまって良いのだろうかと室内を見回すと、部屋にいるのは事情を知っている人間だけでありそうなことに胸をなでおろした。
「はい。今から四百年以上も後の日本から来ました」
「ほう。お前の持ち物の中に、これが入っていたが、なんだ、これは」
信長の手に掲げられたのは小さなストラップ。美琴がリュックに入れておいた信長グッズだ。「織田信長」と刻印されているが、美琴のいた現代で量産された、よくあるものだ。
訝しむようにストラップを見つめる信長が可愛くて、思わず頬が緩む。
「それはストラップと言って、えっと……何かに結びつけたりする飾りです」
「ほう。しかしなぜ、俺の名が刻まれたものをお前が持っているのだ?」
戦国の人々にしてみれば、他人の名をわざわざ札にして飾るなど、意味不明な行為だろう。
「それは、ファンの人が持っているというか……」
それ以上、上手く説明する言葉が出てこない美琴は、困ったように眉尻を下げた。
現代でも、戦国武将といえば一番に名前が出てくるほどの人気を誇る信長だが、ファンという言葉ではこの時代の人に通用しない。なんと説明したものか。
「ファン、とは?」
やはり伝わらないようで、信長はその意味を知りたがる。
恥ずかしかったがこう説明するしか思いつかず、美琴は口を開いた。
「ファンとは、その、好き、ということです」
まるで信長に告白しているかのようになってしまい、羞恥に俯いた。
「……はっはっはっ! お前が俺をか。面白い」
信長を好きなことは事実であるけれど、光秀や恒興の見ている前で言う形となったことで顔から火が出そうだった。
隣の恒興は驚いたように美琴の顔を覗き込んでいるが、光秀からはいつになく厳しい視線を感じる。
出すぎたことを言ってしまったのかもしれない。
けれども信長は、ひとしきり笑った後、とびきり甘い笑顔を美琴に向け、言い放った。
「美琴、俺の女に、なるか?」
「は……え?」
(戦国ジョーク?)
一時は牢に入れられていた身だ。それがなぜそういう話になるのか、理解が追いつかない。
恒興は驚嘆の息を吐いている。
どう答えたものか困っていると、離れた場所から感情の読めない光秀の声がした。
「恐れながら。この女の信憑性には少々疑問が残ります。恒興には懐いているようですが、なにがしかの罠がないとも限りません。信長様の近くに置かれるには、時期尚早かと……」
「そんな……」
信じられる人間でない、と目の前で言われ、美琴は怒りと悲しみで拳を握りしめた。
せっかく送られた信長からの好意なのに、美琴が受け取る前に光秀が横から蹴り飛ばしたのだ。
信長のものになるつもりかと問われれば臆してしまうが、どこか意地悪な光秀に否定されたことで余計に腹が立って仕方ない。
思い切り光秀を睨み付けるが、涼しい顔で美琴には見向きもしない。
縋るように信長を見ると、脇息にあった腕を組み、思案しているようだ。
「一理ある……光秀、お前が見極めろ。お前の館へ連れて行け」
「御意」
「なっ……」
余分なことを口に出せば信長への反抗心だと思われかねない。言いたいことをぐっと堪え、信長が出て行くのを見送った。
「お前か、この間の妙な女は。面を上げよ」
よく通る太い声で矢継ぎ早に言われ、一体どんな人なのだろうと顔を上げた美琴は、目が合ってしまったことにぎくりと身体を強ばらせた。
精悍な顔立ちに派手な紅の着物。胸元は広く開けられていて、袴を着けていない足元からは引き締まった足首やふくらはぎまでもが露わになっている。
脇息に肘をつき美琴を見つめるその瞳は、獲物を狙う鷹のように鋭い。
(この方が信長様……)
美琴は暫し信長と見つめ合う形となり、憧憬なのか恐怖なのかわからない緊張感に身を震わせた。
「そう怯えるな。お前のことは恒興から聞いた」
「は、はい。池田美琴と申します。助けていただき、本当にありがとうございました」
再び頭を下げ、もう一度信長を見ると、先ほどとは打って変わって、彼は口元を綻ばせて美琴を見つめていた。
その笑顔に思わず鼓動が速くなる。
憧れの信長に微笑まれた嬉しさと、あまりにも破壊力のある笑顔に心臓が鷲掴みにされたという二つの理由で。
(か、かっこよすぎ!)
何時間でも眺めていられると思うほどの美丈夫だ。
「美琴」
「は、はい!」
まさか信長に名前を呼んでもらえる日が来ようとは……。
思わず声が上ずったけれど、信長は特に意に介した様子もない。
「お前は、桁外れに遠い場所から来たと言うが、本当か?」
秘密にしていることをこの場で言ってしまって良いのだろうかと室内を見回すと、部屋にいるのは事情を知っている人間だけでありそうなことに胸をなでおろした。
「はい。今から四百年以上も後の日本から来ました」
「ほう。お前の持ち物の中に、これが入っていたが、なんだ、これは」
信長の手に掲げられたのは小さなストラップ。美琴がリュックに入れておいた信長グッズだ。「織田信長」と刻印されているが、美琴のいた現代で量産された、よくあるものだ。
訝しむようにストラップを見つめる信長が可愛くて、思わず頬が緩む。
「それはストラップと言って、えっと……何かに結びつけたりする飾りです」
「ほう。しかしなぜ、俺の名が刻まれたものをお前が持っているのだ?」
戦国の人々にしてみれば、他人の名をわざわざ札にして飾るなど、意味不明な行為だろう。
「それは、ファンの人が持っているというか……」
それ以上、上手く説明する言葉が出てこない美琴は、困ったように眉尻を下げた。
現代でも、戦国武将といえば一番に名前が出てくるほどの人気を誇る信長だが、ファンという言葉ではこの時代の人に通用しない。なんと説明したものか。
「ファン、とは?」
やはり伝わらないようで、信長はその意味を知りたがる。
恥ずかしかったがこう説明するしか思いつかず、美琴は口を開いた。
「ファンとは、その、好き、ということです」
まるで信長に告白しているかのようになってしまい、羞恥に俯いた。
「……はっはっはっ! お前が俺をか。面白い」
信長を好きなことは事実であるけれど、光秀や恒興の見ている前で言う形となったことで顔から火が出そうだった。
隣の恒興は驚いたように美琴の顔を覗き込んでいるが、光秀からはいつになく厳しい視線を感じる。
出すぎたことを言ってしまったのかもしれない。
けれども信長は、ひとしきり笑った後、とびきり甘い笑顔を美琴に向け、言い放った。
「美琴、俺の女に、なるか?」
「は……え?」
(戦国ジョーク?)
一時は牢に入れられていた身だ。それがなぜそういう話になるのか、理解が追いつかない。
恒興は驚嘆の息を吐いている。
どう答えたものか困っていると、離れた場所から感情の読めない光秀の声がした。
「恐れながら。この女の信憑性には少々疑問が残ります。恒興には懐いているようですが、なにがしかの罠がないとも限りません。信長様の近くに置かれるには、時期尚早かと……」
「そんな……」
信じられる人間でない、と目の前で言われ、美琴は怒りと悲しみで拳を握りしめた。
せっかく送られた信長からの好意なのに、美琴が受け取る前に光秀が横から蹴り飛ばしたのだ。
信長のものになるつもりかと問われれば臆してしまうが、どこか意地悪な光秀に否定されたことで余計に腹が立って仕方ない。
思い切り光秀を睨み付けるが、涼しい顔で美琴には見向きもしない。
縋るように信長を見ると、脇息にあった腕を組み、思案しているようだ。
「一理ある……光秀、お前が見極めろ。お前の館へ連れて行け」
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「なっ……」
余分なことを口に出せば信長への反抗心だと思われかねない。言いたいことをぐっと堪え、信長が出て行くのを見送った。
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