光秀の甘やかな策略〜堕ちたのは戦国武将の腕の中

今雪みく

文字の大きさ
36 / 40

お見舞い

しおりを挟む

「傷の具合はどうだ?」

 久しぶりに会った恒興が、以前と変わらず兄のように接してくれるのが嬉しい。

 傷はすっかり癒えている。元々それほど深い傷ではないのに、皆の心配の仕方が大袈裟なのだ。

「すっかり治ってますから、ご案じなく!」

 袖を捲ってみると、しっかりと塞がった傷跡がある。
 心配そうに覗き込んだ恒興に、ため息を吐かれた。

「女子がこのような刀傷を作るとは……」

 信長からお役御免を言い渡された美琴は、あの夜から再び光秀の館で暮らしている。以前美琴の世話をしていた女中の志乃は、金子きんすを渡され故郷に戻ったのだと聞いた。

 光秀と信長はというと、何事もなかったかのように主従関係を続けている。ただ、信長からの横暴な態度はなくなり、光秀に対する信頼感がより強まっているのか、この館の主人は毎日天守に出向いて政務や議論にと多忙だ。

 光秀の館にいても、美琴が不安に思う要素は何もなかった。
 美琴は恒興に笑顔を向ける。

「平気ですよ、このくらい」

 仕方のない妹だ、とでもいうように恒興は眉尻を下げる。

「愛しいお方を守るためとは言え、あまり果敢なのは心配だぞ」

(愛しい!?)

「そ、そんなつもりじゃ」

 否定すると、恒興が不思議そうに美琴の顔を覗き込んだ。

「なんだ、てっきり相思相愛かと思うたが、違うのか?」

 違うともそうだとも言えず、美琴は言葉に詰まる。
 考えてみれば、光秀に好きだと言われたわけでもなく、自分から言った事もなかった。相思相愛かどうか、どころでなく、伝えてもいないのだ。

「そのように不安な顔をするのなら、聞いてみたらどうだ?」

(聞く? 私が?)

「でも……」

「妙なところで果敢だと思えば、妙なところで女子らしいのだな」

 恒興は、持ってきた饅頭を頬張った。

(だって、聞けないよ。私のこと好きですか、なんて。否定されたら身の置き所がないし)

 けれどもこういった恒興とのやり取りは、美琴にとってホッと出来る楽しい時間で、この時代に来て彼らと出会えたことに、感謝の気持ちが湧いてきた。


 美琴は背筋を伸ばし、恒興を見つめる。

「恒興さん、心配してくれてありがとうございます。私、ここで恒興さんに会えてよかったです。牢に入れられたり、大変な事もあったけど」

 ぺこりと頭を下げ、再び顔をあげると、恒興が僅かに頰を染めていた。
 なんだかこちらまで照れ臭くなり口を噤むと、不機嫌そうな光秀が姿を現した。

 ハッとして、美琴は光秀を迎える。

「おかえりなさい。お疲れ様でした」

 彼の姿を捉えた途端、美琴の瞳の輝きが増すのは、誰の目に見ても明らかだ。

「お邪魔しておりました」

 恒興が軽く一礼すると、光秀の冷たい声が降りかかる。

「邪魔だと思うなら、可及的速やかに館へ戻るといい」

 なぜだか不機嫌な光秀に、美琴は怪訝な面持ちになる。

「そんな言い方しなくても」

 けれど光秀は、不満げに眉間の皺を深めるばかりだ。

「主人の不在に頰を染めて男を口説く想い人を見ても、平静でいろと言うのか」

 ぼっと美琴の頰が赤くなり、傍の恒興がにんまりとした顔で立ち上がる。

(想い人、って言った?)

「では、兄者はこれにてお暇いたします。美琴、よかったな」

 恒興は、あっという間に光秀の館を後にした。

「光秀様、恒興さんのこと、嫌いなんですか?」

 直球の質問に、光秀は首を横に振る。

「いいや」

「だったらもう少し、優しく言いましょうよ」

「優しく? お前が俺の不在に男を口説くような悪女でなければ、いくらでも優しくできるのだが」

「悪女って、私はただ、お礼を言っただけですよ? それに……」

「それに、何だ……」

「……私、光秀様の気持ちが、わかりません」

 言っておきながら、美琴は悲しくなった。
 喧嘩をしたかったわけでも、不機嫌にさせたかったわけでもない。ただ、光秀の傍にいたいだけなのに。

 唇を噛んで俯くと、光秀が目の前にしゃがみ込む。

 非難されるのかと身構え顔を背けると、一転して穏やかな彼の声がした。

「俺の気持ちがわからぬ事が、お前を悪女にさせたのか」

 光秀の長い指に顎を掬われ顔をあげると、切れ長の双眸に捉えられた。

「ならば今夜、たっぷりと教えてやろう。どんな仕置きが相応か、考えておかねばな」

 ニヤリと口角を上げた光秀の妖艶な笑みに、美琴は身体を震わせた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです

沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!

彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中

桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。 やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。 「助けなんていらないわよ?」 は? しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。 「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。 彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

禁断溺愛

流月るる
恋愛
親同士の結婚により、中学三年生の時に湯浅製薬の御曹司・巧と義兄妹になった真尋。新しい家族と一緒に暮らし始めた彼女は、義兄から独占欲を滲ませた態度を取られるようになる。そんな義兄の様子に、真尋の心は揺れ続けて月日は流れ――真尋は、就職を区切りに彼への想いを断ち切るため、義父との養子縁組を解消し、ひっそりと実家を出た。しかし、ほどなくして海外赴任から戻った巧に、その事実を知られてしまう。当然のごとく義兄は大激怒で真尋のマンションに押しかけ、「赤の他人になったのなら、もう遠慮する必要はないな」と、甘く淫らに懐柔してきて……? 切なくて心が甘く疼く大人のエターナル・ラブ。

女の子がほとんど産まれない国に転生しました。

さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。 100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳 そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。 当面は2日に1話更新予定!

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...