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好き

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 そわそわと落ち着かない自分の感情に、美琴は戸惑っていた。

「今夜、たっぷりと教えてやろう」と言った光秀の声が頭の中にこだまして、いつにも増して彼の事が頭から離れないでいるのだ。

 結局、好きだとか愛しているだとかの言葉はもらえておらず、それを欲しがっている自分に気付き一人で恥ずかしがるという、無意味な思考回路から抜け出せずに日が暮れてしまった。

(自分から、言う?)

 美琴は首を横に振った。

 信長のファンだと公言してしまった美琴が、今さら光秀を好きだとは言い出しにくいし、信用してもらえるかさえ怪しい。
 けれども光秀を好きな気持ちは変わることがないだけでなく、日に日に強くなっていくようだ。
 恒興が言ったように相思相愛なら、こんな風にもやもやしなくて済むのだろうか。

(自分からは言いにくいけど、少しは素直にならなくちゃね)

 心の中で言い聞かせた途端、障子の向こうから美琴を悩ませる張本人の声がした。

「俺だ。入るぞ」

 すっと障子が開かれ、着流し姿の光秀が現れた。袴を纏った昼間の凛とした格好とは違い、寛いだ雰囲気も素敵で思わず見惚れていると、障子の閉まる音で美琴は我に帰った。

「舞でも舞っていたのか?」

 落ち着かず歩き回っていたのをからかわれ、顔から火が出そうになるが、とにかく素直になると決めたばかりだ。

「舞えたら素敵ですけど。緊張していたんです、これでも」

 美琴は俯いて、足元に視線を落とす。

「まあ、そう固くなるな。夜はまだまだ、これからだ」

 耳元に囁きが零され、ビクッと肩を震わせた。

(すぐそうやってからかうから困ってるのに)

 赤く染まった顔を向けると、光秀は目を細め、美琴を外へ誘った。



 濡れ縁に出ると涼しい風が心地良く、美琴は深く息を吸い込んだ。

「綺麗な月ですね」

「そうだな」

 二人で隣り合って腰を下ろし、空に浮かぶ下弦の月を見上げる。
 優しい月明かりを眺めていると、心も穏やかになっていくようだ。

「お前を信長様に預けたことは、過ちだった。すまなかった」

 くるりと美琴に向かい頭を下げる光秀に、我が目を疑った。

 出会った時から高慢で冷徹だと思っていた光秀に、まさか頭を下げられる日が来ようとは夢にも思わず、慌てて彼を止める。

「やめてください、もう気にしてませんから」

 光秀の真摯な態度に、心のもやが晴れていく。こんなに誠実な彼の姿は、牢で助けてもらったあの時以来だった。

「それより、今こうして一緒にいられることが、嬉しいんです」

 はにかんで微笑む美琴に、光秀は怪訝そうに眉を顰める。

「俺を、許せるのか?」

「許すも何も。恨んでなんかいませんよ」

「お人好しだな、お前は」

 淡く微笑まれ、美琴は気恥ずかしくて俯いた。

(だって好きなんだから仕方ないよ)

「思い起こせば、お前も災難続きであったな」

 牢に入れられたかと思えば大男に襲われそうになり、騙されて森で迷い、信長様には腕を斬られ
 振り返ると、確かに散々な目にしか会っていない。なんだかおかしくなって、美琴は思わず吹き出した。

「ふふっ。私、災難だらけですね」

「俺と出会った事も、お前にとっては災難だったか」

 そんな風に思ったことなど一度もない。光秀はそう思うのだろうか。

 不安げに見つめる美琴の手を光秀が握りしめた。
「だが、俺に捕まったが最後、もう逃れられない」

 もう離さない、と言われているようで嬉しい。けれど、それだけでなくはっきり言って欲しかっった。短くても、光秀の思いが伝わる言葉で。



「もし、逃げようとしたら?」

 美琴は恐る恐る確かめた。

「逃れられない、だろう?」

 艶のある声が、美琴を追い詰める。けれど、美琴も負けてはいなかった。

「逃したくないと、思ってくれるんですか?」

 美琴の質問に、光秀が急に表情をなくす。

(もしかして、照れてる?)

「私、はっきり教えてもらわないとわかりません、幼子だから」

 美琴は口をすぼめるが、相変わらず無表情な光秀の様子から、照れ隠しなんだと確信した。

「やれやれ、幼子のふりをした悪女に惚れたとあっては、俺もまだまだだな」

「今、なんて?」

 もう一度聞きたくて確かめるように問うと、照れ隠しで微笑む光秀の顔が、真剣なものへと変わっていく。

「……お前に……惚れている。誰にも触れさせたくない。俺以外と言葉を交わすことすら禁じたいほどに、お前に、焦がれている」

 居ても立ってもいられなくなって、美琴は光秀の胸に飛び込む。急なことに光秀は面食らったようだが、美琴はお構いなしに彼を抱きしめた。

「……好き」

 ぎゅっとしがみつくようにして光秀の温もりを感じていると、大きな手に髪を撫でられる。あやすような仕草に、胸がキュンとなる。

 甘えれば受け止めてくれる大人の余裕が嬉しくて、けれども今は少しだけ恨めしくて、美琴は光秀の腕の中から切れ長の双眸を見上げた。

「そんな目で見つめて、俺をどうしようと言うのだ」

 微笑んだ光秀の手に、頰を包み込まれる。

「どう、されたいですか?」

 悪戯を思いついた子供のように微笑んで見つめると、光秀は刹那眉根を寄せ、嘆息した。

「俺を挑発するとは、やはり悪女であったか。覚悟はできているのだろうな」

 ニヤリと挑発的な笑みを浮かべる光秀に、美琴は微笑み返す。

「はい。光秀様の、意のままに」

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