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25. 貴族と平民

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「失礼します」

 ノックをして職務室に入ると、先生が真剣な表情でジュリアと話していた。

「ライラさん、マリーさんちょうど良かった。今ジュリアさんに君たちの説明をしていたところなんだ」

 先生がそう言うと、ジュリアがパッと顔を輝かせて私を見た。

「お話を聞きました。ライラさんと同じ聖女候補生だなんて嬉しいです!」
「うん? 彼女の事を知っているのかい?」

 そう質問するマルクス先生に、ジュリアは手短に朝の出来事を話した。

「それからマリーさん、ですね。お二人は仲が良いとお聞きしました。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくね」
 にっこりとマリーが穏やかな笑顔で返す。

 マリーがいつもと変わらない様子でほっとした。思い返せばゲームではヒロインの友人だったのだ。
 ……ううん違う。ゲームのことなど考えるまでもなく、普段の彼女を見ていれば他人に敵意を向けるような性格ではないことなど知っている。

 私たちはジュリアを前にして言い淀んだけれど、ここまで来て話をしないわけにはいかないと言葉を続けた。

 今回のことは突然すぎて、彼女が聖女候補生であることに理解が追い付いていない事、いくら精霊力があるとはいえ平民生徒が貴族クラスに転入してよいものなのかということを、刺々しくならないよう柔らかい表現で尋ねた。

 すると驚いたことに、マルクス先生がジュリアの転入のことを知ったのはつい昨日のことだったらしい。
 それらの会話を聞いていたジュリアは色々と察してくれたようで、学園に来るまでの経緯を細かに語ってくれた。

 話によると、昨年の夏に地元で行われた精霊祭でジュリアが舞を踊ることになったらしい。その時に精霊力を暴発させる事件が起こり、それがミリシア学園に転入する原因になったということだった。

「学校で行われた精霊祭だったんです。少人数ながら全校生徒が参加して、町の人たちも集まって賑やかでした。そこで舞を踊ることになっていた私は、舞台に上がるとしばらくして次第に体が熱くなって……気付いたら手が発光していました」

 最初に黄色く光るものがあらわれて、次に水色、緑と小さな光が手の中に生まれたという。そしてそれらが混ざり合い大きくなって大きな爆風を生んだということだった。
 この暴発のような事故で、本人を含めてけが人が出たわけではなかったけれど、その場で祭りは中止となったらしい。

 その後町は大騒ぎになり、それは国にまで報告が上がることになってしまったと話す。
 それからは通っていた学校を退学させられ、国から家庭教師を派遣されて基礎教育を自宅で受けることになったとジュリアが聞かせてくれた。

「もしかしてご先祖様に貴族出身の方がいるの?」
「はい、母方の何代か前の方は子爵家の生まれと聞いたことがあります」

 一部の平民にごくわずかな精霊力がある場合があるけれど、その場合は辿ると貴族の血筋となるらしい。ただ発現させるほどの精霊力を持つことは考えられないというのがこの世界の常識だった。


「なるほどね。渡された資料全部に目を通したけれど、教育面で問題なしというのは家庭教師が派遣されたおかげか」

 マルクス先生は一人納得したように頷いていると、コンコンとノック音がして女性職員が姿を見せた。

「失礼します。ジュリア=ノースさんの案内に参りました」

 先生は顔を上げジュリアに言った。
「ではジュリアさんはここまでにしようか。これから学園内の説明があるし、疲れもあるだろうからね」
 
 ジュリアは私達に挨拶をすると、女性職員に連れられ部屋を出ていった。その後ろ姿を見送り、再びマルクス先生と向き合う。


「ところでライラさんとマリーさん、まだ聞きたいことはあるかな?」

 そう言われても、先生ですら昨日知ったばかりとなると、今質問したところであまり期待ができる答えが返ってこない気がする。

「先生、ジュリアさんの話によるとこの学園への転入が決まったのはかなり前ですよね。どうして直前まで知らされなかったのでしょうか? まるで現場の先生方やジュリアさん本人の事なんて考えられていないみたいです」

 先生は顎に手を当てて話を聞いてくれている。

「それに彼女が三人目の聖女候補生ということには、クラスメイト達も納得がいかないのではないでしょうか。特に女子生徒の皆は、婚約者候補を決める段階で落とされ、聖女候補生になれなかったのです。平民が精霊力を持っていたからという理由で、全てを飛び越え聖女候補生になるというのはおかしいと思うのですが」

 以前、マルクス先生に聖女候補生について説明をしてもらった時、婚約者候補以外が聖女になることはありえないと教えてくれた。その点も指摘し、先生がどのように考えているのか気になっていた。

「うん、確かに僕はそう言った……。君たちが疑問に思うことはもっともだし、正直なところ僕にもどういうことかよくわかっていないんだ」

 先生にしては珍しく難しい顔をして考え込んでいる。確かに昨日話を聞いたばかりで、今日紹介をしなければならない担任としては頭を悩ませるのも当然だろう。

 それからいくつか質問を重ね、最後にもう一つだけ気になることを尋ねた。

「先生は昨日話を伺ったとおっしゃっていましたが、そういった話は学園関係者以外にも知られていましたか?」
「どうだろう。事前に知っていたのは王家と四大守護司を含めた聖女選定委員の面々と、学園長らの役員ぐらいではないかと思うけれど。何せ担任になる僕ですら知らされなかったんだから」
「そうですか……」

 なぜそれが気になったのかといえば、エイデンの事が引っかかっていたからだ。ゲームのエイデンはジュリアが転入生だということを知っていたのに、現実では一年生だと勘違いをした。
 四大守護司が知っていたのなら親から聞いたという線もあるけれど、それならば現実のエイデンだって知っていてもいいはずだ。

 この現実とゲームのズレは何なのか。
 それを確かめたかったけれど、どうやら今の段階でこの話に結論を出すことは難しいようだった。
 私達はここで話を切り上げ、お礼を言って職務室を後にした。


 教室に戻ると女子生徒たちは全員残っていてくれたようで、待ちわびていたように身を乗り出してきた。

「ライラとマリーが帰ってきたわ」
「どう? お話は聞けた?」

 そこで私はジュリアについて新たに知ったことを話した。
 偶然強い精霊力を持っていることが発覚したことで通っていた学校を退学させられたこと、ミリシア学園に召致され転校を強いられたことなど『本人の意思でなく、国の命令であること』を強調して話した。

「仲の良かった地元のお友達ともお別れして、ご両親とも遠く離れて一人で王都にやってきたらしいの。話を聞いているうちに段々と気の毒に思ってしまったわ。ね、マリー」
「そうね、かなり環境も変わって大変そうだったけれど、本人は元気でいるよう頑張っているみたいだったわ。私だったらきっと辛くて泣きたくなる状況だというのに」

 やや大袈裟に話してどうにか同情を誘えないかと様子をみる。

 皆が私たちに肩入れしてくれる分、どうしてもジュリアを外敵のように感じてしまうだろうし、そもそも貴族と肩を並べる平民というだけでも反感を抱くのには十分だ。

「そうね……そう考えると彼女にも同情はするけど、やっぱり平民がこのクラスに通うなんて変よ。しかも聖女候補なんて、聖女の名が汚されたような気分だわ」
 アネットが強い語尾でそう訴え、皆も複雑そうな顔をしている。
 
 でも直情的なアネットが、ここまで気持ちを抑えてくれるだけでもありがたかった。
 この世界の価値観も含めて、皆の気持ちもわかるから無理な事を言いたくないし、今はまだこれでいいのかもしれない。
 私たちはその後もしばらくおしゃべりを続け、満足したところでそれぞれ帰宅した。

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