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40. ダンスペア

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 エイデンから聞いた話は内緒話ということで、学園内でもこの話をしないということで落ち着いた。
 ディノには後で話を通しておくとのことで、事情を知って話を共有されることはこちらとしてもとても助かる。

 もしなにかあったら筆談も有りか相談したけれど、迂闊にそれをやるとこちらが盗聴に気付いていることがバレる可能性があるからと、余計なことをせずにしばらく様子をみるということになった。

 

 それから日々は過ぎ、秋から冬へと季節が移り変わろうとしていた頃。

 テラスでの騒動は過去の出来事になりつつあるのか、いきり立っていた平民生徒側も、今では廊下ですれ違ってもほとんどの人は素通りするようになっていた。
 稀にじろじろと不躾に見られることもあるけれど、以前に比べれば気になるほどではない。
 やっと穏やかさが戻ってきたところで、再び一つの山場を迎えることになる。

 来月の学期末に行われる学園舞踏会。そのダンスの組決めが今日発表される。


「今年は誰と誰がペアになるのかしら」
「俺は今年も先生と組むのかなぁ」

 教室では皆浮足立ってがやがやと予想を立てて楽しんでいた。

 そして私達女子生徒はいつものように集まって、あれこれと話している。

「ルーク様は去年と同じく例外になるとして、今年はジュリアもいることだしどう変わるかしら」

 アネットも興味津々といった感じで話していると、隣にいるエミリアがうーんと考えながら口を開いた。

「ライラとマリーみたいな成績上位組は去年と同じ組み合わせになりそうよね。でもジュリアはお世辞にも上手とは言えないから、やっぱり成績の下の人と組むことになるんじゃないかしら」
 そう予想を立てると、ジュリアが申し訳なさそうに首を横にふる。

「ううん、むしろ下手な私と組んでもらえるだけでもありがたい気持ちよ。もっというと少し申し訳なく思うくらい」
 
 確かに、彼女のダンスはこのクラスで誰よりもたどたどしく洗練されていない。でもそれはこれまでの教育の差によるものだから、ジュリアの責任でもないし仕方がないところでもある。

「ルーク様は例外……やっぱり去年と同じように先生とペアになるのかしら」

 先程のアネットの言葉が引っかって、私の中でずっと気になっていたことが口をついた。

「あら、だって去年ルーク様が先生とペアになったのは、このクラスが聖女選定中だからでしょう。それなら今年も同じじゃない?」
 当然といいたげにアネットがそう答えた。

 そうなのだ。昨年ルーク様が女性教師とペアになったのはそれが理由だ。公平性を保つという意味と、ルーク様のお相手となる未来の聖女のためにその席を空けておくという意味があるのだと思う。
 でも私は、ゲームの中でルーク様とヒロインがペアになれることを知っている。この矛盾は起こりえるのかどうかが気になっていた。


 そしてその時間はやってきた。
 今日のダンスの授業は実技がないのでそのまま教室で行われた。先生が生徒達の机に一枚ずつ用紙を配り、全員に渡り終えると教壇に戻った。
「これは学期末に行われる舞踏会の概要です。これから詳しく説明していきますので目を通すように」

 私は言われるまでもなくすぐに用紙に目を落とした。そこには課題曲とスケジュール、そしてペアの記名もされていて、それを見た私は頭から血の気が引いていくのを感じていた。


「ではこの表にもある通りダンスの組が決まりましたので読み上げていきます。では一組目、ルーク=ヴァレンタイン、ジュリア=ノース」

 教室に小さなどよめきが走った。おそらく誰もが予想もしなかった組み合わせに皆驚きを隠せないようだ。

「皆さん静かに。続いて二組目、ディノ=グライアム、ライラ=コンスティ。三組目、エイデン=ジルフィード、マリー=オズワルド……」


 発表が続いているなか、私の耳から先生の声が遠のいていく。
 どうして? という言葉だけが頭の中をぐるぐると回り、紙に書かれている名前をただただ眺めた。
 クラスの皆と違ってゲーム知識のある私は、こうなる可能性があることも頭にあった。でもいざ現実として結果を突きつけられると動揺を抑えられない。

 聖女選定中なのに? ジュリアはあんなにダンスが下手なのに? 洗練されたルーク様のダンスにあの子が合わせられるわけがない――――


「あの、先生。質問してもいいですか?」
 突然後ろからジュリアの声が響いた。ハッと意識が浮上する。

「この組み合わせはもう決定されているのでしょうか? 自分で言うのも躊躇われますが、今の私の成績と実力では一番手の立場に釣り合っていないのではないかと……」

 そう話すジュリアの言葉を聞いて、暗黒面に呑まれかけた自分に気が付いて心の中で叱責した。
 バカバカ、色々知っている私が闇落ちしてどうする。危うく嫉妬にまみれた嫌な感情をジュリアに向けてしまうところだった。

 きっと私を心配して異議を申し出てくれた彼女に対して、一瞬でも嫉妬心を向けてしまった自分が情けない。


「そうですね、今回は私の裁量ではなく学園で決めたことですから原則変えることはありません。当日に病気や怪我などの不測の事態が起きた際に教師が代理で入るなどはありますが。ジュリアさんも実力がないなどと弱音を吐かずに、しっかり練習を積むことです」

 最後にはお説教までされてジュリアは大人しく席に着いた。
 私は心の中で謝りつつ、彼女のお相手になるルーク様へそっと視線を向けた。その横顔はいつもと変わらず、硬く口を引き結んだ表情をしていて、何の感情も読み取れない。
 私は小さなため息をついて、改めて授業に向き合った。

 それからは何ともいえない変な空気が教室に漂っていたと思う。あれだけ大注目だったダンスの組決めの話を誰も上げず、大役を得たジュリア自身も落ち込んだ様子を見せる。
 公然と聖女を目指していた私の手前、皆その話題を出すことを控えているのがわかった。聖女候補生がルーク様と踊るという事実はそれだけ重い。


 皆の触れられない気持ちは十分にわかっていたし、私としてもその気遣われた空気感がいたたまれなかったから、お昼休みに入った時に私からジュリアに声を掛けにいった。

「社交ダンス、先生もおっしゃっていたけれどジュリアは一番手に相応しくなるようしっかり頑張って。私は去年と同じくディノが相手だからちょっとだけ気楽だわ」

 話の振り方がめちゃくちゃぎこちなくて、全然上手いことも気の利いたことも言えなかったけれど、漂う気まずさをどうにかしたくて頑張った。

 ジュリア自身が、聖女を目指していないということは言葉の端々から感じていた。だから今回の事は彼女自身にも戸惑いがあるだろう。
 誰も悪くないのに、世の中は上手く回らない。


 その日の夜、私はさっさと部屋に籠り今後の展開について考えた。いつものように攻略ノートを開く気にならず、ベッドで仰向けになりながら天蓋をぼんやりと眺める。

 もしかしたら私は、ルーク様のおそばにいられなくなる可能性を考える時期にきたのかもしれない。
 同じ時間軸を通り過ぎ、ゲーム内容が古い記憶となりつつある『ガイディングガーディアン』
 その最終章を頭の中に思い描いた。


 きらびやかな背景に、絢爛豪華な舞踏会が映される。

「今日はよろしく頼む」

 セリフが出ると同時にルーク様の立ち絵が現れ、プレイヤーに語り掛ける。

 こうして舞踏会のダンスの相手がルーク様に決まると、メインシナリオへの突入することになる。
 ここを押さえたら、何か大失敗をやらかさない限りは精霊祭の聖女役を獲得できるといってもいい。

 つまりこの舞踏会はシナリオの方向が決まる重要な場面であり、私の中ではけして譲れない所だった。

 それが失われたという事はつまり。
 ……私はそこで目を瞑った。


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