全ルートで破滅予定の侯爵令嬢ですが、王子を好きになってもいいですか?

紅茶ガイデン

文字の大きさ
40 / 67

39. エイデンの秘密

しおりを挟む

 
 あの教科書事件から一週間近く経ち、クラスも落ち着きを取り戻してきていた。

 事件の後、平民生徒側の独善的な言い分にアネットは相当腹を立てたらしく、その酷い会話の内容をクラスメイト達に言って聞かせてはカッカしていた。
 逆にマリーとエミリアは、あれだけの悪意のある言葉を受けてやや参ってしまったらしい。元気のない様子が何日か続いていたけれど、それも落ち着いてやっといつもの日常になりつつある。
 けれど、犯人は未だに見つかっていない。

 とりあえずジュリアには新しい教科書とノートが支給され、過去の授業内容は私達クラスメイトの物を借りながら少しずつ書き写しているため、そこまで授業に支障はないはずだ。



「そういえばライラって今日俺の所に来る日だっけ?」

 放課後、帰り支度をしていたエイデンが軽い調子で私に声を掛けてきた。

「俺の所というか、風の精霊殿にね」
「だよね。じゃあ一緒に帰ろう」

 風と火の精霊殿巡拝の日は、エイデンやディノにこうして送ってもらうことが多い。巡拝の日は家の馬車が迎えに来ずに、学園所有のものを借りることになっている。けれどいつもこうして声をかけてもらえるので、お言葉に甘えさせてもらっている。

 早速エイデンと一緒に馬車に乗り込み、他愛のない話をしながらジルフィード邸へと向かった。


 私達は敷地内の風の精霊殿へと入り、祭壇の間で一時間ほど儀式を執り行う。
 やがて錫杖の音が聞こえ、ゆっくりと頭を上げた。多少の疲れはあるものの、慣れた今では激しい体力の消耗はない。

 立ち上がって大霊石に感謝の祈りを捧げ、静かに祭壇を降りた。
 すべての儀式を終わらせて副守護司と殿官に挨拶をしていると、一緒に参列していたエイデンが少し神妙な顔をして話しかけてきた。


「お疲れー。あのさ、ちょっと時間いい?」
「うん……?」

 何やらここでは話しにくいということで別室まで案内された。殿官に許可なく入らないよう指示していたので、あまり他人に聞かれたくない話らしい。

「どうしたの?」
 椅子にも座らず、閉めたドアにもたれてエイデンが考え込んでいる。

「どう話したらいいかな……そうだ、最近学校が変じゃないか?」

 質問の唐突さに、一体何を言おうとしているのかさっぱり予想がつかない。

「変……と言われれば大分変ね。ジュリアの教科書事件なんて事もあったし、なぜか私の変な噂が流れてが犯人扱いされるし」
「それ」

 エイデンがパッと顔を上げて言った。
「実は俺、あの事件は最初にジュリアを疑ってさ」
「えぇ!?」
 私は驚いて思わず大きな声を上げてしまった。

「何を言っているの、まさかジュリアの自作自演とでも? あんなに顔を青ざめさせていたのに、そんなことあるわけないわよ!」
「だ、だから最初はって言ったじゃん! 怒るなよ」
「怒ってない、驚いたの! で何が言いたいの?」

 エイデンは気を取り直したようにまた静かに話し始めた。
「最初は俺、ライラの悪評を広めたのはジュリアじゃないかと疑ったんだ。ライラは理解できないと思うかもしれないけど、実は俺、小さい頃に人を信じて傷付いたことがあってさ」

 そう言って下を向くエイデンを見てハッとした。
 もしかしてゲーム内で好感度MAXになると話してくれる、エイデンのトラウマの事だろうか?
 まさかこんなところで話が出てくると思わず言葉に詰まる。


 たしかゲーム内の彼の話によれば、幼い頃に実母を亡くしジルフィード家には後妻が入っている。しかし後妻は先妻の子供であるエイデンに関心を示すことがなかったらしい。
 そんな幼少期を過ごすうちに、愛情に飢えたエイデンは自分の世話をしてくれる侍女を好きになった。母親の影を求めたのか、それとも初恋だったのか、それは曖昧だったとゲームでは語っていた。
 いつも側にいたくて、くっついて歩いていたその大好きな侍女は、陰でエイデンの愚痴や悪口を言い触らしていたらしい。
 ある日それを聞いてしまった彼は、人には本音や裏があるということを初めて知ることになった。でもそれを受け止めるにはまだ幼過ぎて、強い人間不信に陥ったという。

 それでも人恋しさに、寂しさを紛らわすために手当たり次第色々な人に声をかける癖がついた。自分の心は閉ざしたまま表面だけの軽い付き合いを求め、特にそれは女性に対して顕著だったという。


 しかし現実のエイデンは、ゲームと違ってナンパ師でもなければ心を閉ざしている様子もない。だから普段の彼を見ていると、そんな背景があったことを忘れがちになっていた。


「まあ簡単に言うと、信頼していた人に裏切られたって話なんだけど。他人の本心なんて覗いてみなければわからない、そんな感じで結構な人間不信になったことがあってさ」

 遊ばせている足元を見ながらエイデンが続ける。
「ジュリアがいい子だっていうのはわかってる。でも本心なんて誰にもわからないし、いつどこで悪意が芽生えるかもわからない。ライラのわけがない、マリーでもない、ずっと一緒にいたクラスメイト達でもない、元々平民生徒と交流なんてないと考えたら、怪しい立場として浮かんだのがジュリアだったんだ」

 彼は彼なりに一生懸命考えていてくれたらしい。驚きすぎて詰問するような形になって申し訳ない。

「そうなのね……、色々考えていてくれたのに強く言ってしまってごめんなさい。でもその考えが変わったのには何か理由があったの?」
「そう、それがライラに伝えたい事だったんだ。ちょっとだけさっきの俺の昔話に戻るけど、なんで俺が信頼していた人に裏切られたと知ったのかというと、魔法を使ったからなんだよね」
「魔法……?」

 いきなり知らない情報を盛り込まれて戸惑った。たしかゲームのエイデンはそこまで話していなかったはずだ。

「そう。守護司の家は他の貴族より精霊学に関わる時期が早いけれど、俺はそれよりももっと昔から、誰にも教わらずに一つの魔法だけは使えたんだ。風の力を使って遠くにいる人の声を聞く、『盗聴』というものだんだけど」
「とうちょう……」

 一瞬、彼が何を言っているのか理解ができなかった。この世界と盗聴という言葉がミスマッチすぎて、耳に馴染まなかったのだ。
 盗聴といったら、よく報道特集なんかで見た、電源タップに仕込まれているとかいうアレを思い出す。それと同じと考えていいのだろうか。

「えーと、それってつまり、盗み聞きをするって話?」
「……まあ、平たく言うとそう。要は、自分が信頼していた人が話していた陰口を、こっそり遠くから聞いちゃったんだよね。あ、言っておくけど今はしてないから! 当時は幼かったからよくわからず使っていただけで」

 そう慌てたようにエイデンが説明する。
 確かに、ゲームをしていた頃から彼の話に少し引っかかりはあったのだ。どこでその悪口を聞いたのかと。いくら幼い子供相手とはいえ、使用人が本人の耳に入る恐れのある場所では話さないだろうし、こっそり後を付いていった先で偶然耳にしたのだろうかと、勝手に脳内補完をしていた。
 なるほど、そういうことだったのか。

「それで話は戻るんだけど、自分が抱いた疑いにケリをつけたくてジュリアをその……盗聴しようとしたんだ。そうしたらすでに先約がいた」
「先約?」
「俺より先に、ジュリアを盗聴している奴がいたんだよ」
「本当に……?」

 エイデンが嘘をつく理由がない。なぜそれがわかったのかを訊ねた。

「魔法と魔法は干渉しあうというのは知っているよね。わかりやすく例えると、魔法で火を出現させたらそれを水魔法で対抗することが出来る」
 私はうんうんと頷く。魔法といえども発現されたものは物理と同じ働きをするので難しくはない。

「もしくは火に火、火に風といった魔法を加えたら勢いを強くさせるとか。それと同じように相手が盗聴魔法を使っていたところにこちらも魔法を仕掛けると、お互いの魔法がぶつかるんだ。そして発現者はそれを感知できる」
「ということはジュリアを盗聴していた人もエイデンの盗聴に気付いたと考えていいのね?」

 嫌な予感がしてエイデンに確認する。

「どうだろう、飛ばしてすぐに相手の魔法を察知して、すぐに手を引いたから気付いていないかもしれない。でもこれによってジュリアが犯人の可能性はないと確信したんだ。あくまで彼女は誰かに狙われている側だと」
 そこでエイデンは一息ついて言葉を緩めた。

「一体誰が何の目的でそんなことをしているのかわからないけれど、犯人と疑われたライラには知らせておいた方がいいと思ってさ」
 迷うような複雑な表情を浮かべながら、そう話してくれた。

 エイデンにしてみれば、本当は自分が盗聴をしていたことなど知られたくなかったのかもしれない。それでもこうして私を心配して伝えてくれたことに感謝した。

「ジュリア一人だけが狙われているのかまだはっきりしないから、ライラも警戒した方がいいよ。ある意味騒動の中心にいたわけだし、何が目的かもわからないから、念のため普段から発言には気をつけたほうがいいと思う」
「そうね。……エイデン、そんな大事なことを私に教えてくれてありがとう」

 私は深々と頭を下げてお礼を言った。

「ちょっと、そんなにかしこまってライラらしくないなぁ。あ、そうだ。このことは皆に内緒にしておいて! 特にマリーには知られたくない」

 私は頷いて約束をすると、エイデンはほっと安堵した表情をみせた。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

転生先がヒロインに恋する悪役令息のモブ婚約者だったので、推しの為に身を引こうと思います

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【だって、私はただのモブですから】 10歳になったある日のこと。「婚約者」として現れた少年を見て思い出した。彼はヒロインに恋するも報われない悪役令息で、私の推しだった。そして私は名も無いモブ婚約者。ゲームのストーリー通りに進めば、彼と共に私も破滅まっしぐら。それを防ぐにはヒロインと彼が結ばれるしか無い。そこで私はゲームの知識を利用して、彼とヒロインとの仲を取り持つことにした―― ※他サイトでも投稿中

編み物好き地味令嬢はお荷物として幼女化されましたが、えっ?これ魔法陣なんですか?

灯息めてら
恋愛
編み物しか芸がないと言われた地味令嬢ニニィアネは、家族から冷遇された挙句、幼女化されて魔族の公爵に売り飛ばされてしまう。 しかし、彼女の編み物が複雑な魔法陣だと発見した公爵によって、ニニィアネの生活は一変する。しかもなんだか……溺愛されてる!?

お掃除侍女ですが、婚約破棄されたので辺境で「浄化」スキルを極めたら、氷の騎士様が「綺麗すぎて目が離せない」と溺愛してきます

咲月ねむと
恋愛
王宮で侍女として働く私、アリシアは、前世の記憶を持つ転生者。清掃員だった前世の知識を活かし、お掃除に情熱を燃やす日々を送っていた。その情熱はいつしか「浄化」というユニークスキルにまで開花!…したことに本人は全く気づいていない。 ​そんなある日、婚約者である第二王子から「お前の周りだけ綺麗すぎて不気味だ!俺の完璧な美貌が霞む!」という理不尽な理由で婚約破棄され、瘴気が漂うという辺境の地へ追放されてしまう。 ​しかし、アリシアはへこたれない。「これで思う存分お掃除ができる!」と目を輝かせ、意気揚々と辺境へ。そこで出会ったのは、「氷の騎士」と恐れられるほど冷徹で、実は極度の綺麗好きである辺境伯カイだった。 ​アリシアがただただ夢中で掃除をすると、瘴気に汚染された土地は浄化され、作物も豊かに実り始める。呪われた森は聖域に変わり、魔物さえも彼女に懐いてしまう。本人はただ掃除をしているだけなのに、周囲からは「伝説の浄化の聖女様」と崇められていく。 ​一方、カイはアリシアの完璧な仕事ぶり(浄化スキル)に心酔。「君の磨き上げた床は宝石よりも美しい。君こそ私の女神だ」と、猛烈なアタックを開始。アリシアは「お掃除道具をたくさんくれるなんて、なんて良いご主人様!」と、これまた盛大に勘違い。 ​これは、お掃除大好き侍女が、無自覚な浄化スキルで辺境をピカピカに改革し、綺麗好きなハイスペックヒーローに溺愛される、勘違いから始まる心温まる異世界ラブコメディ。

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

悪役令嬢に転生しましたが、行いを変えるつもりはありません

れぐまき
恋愛
公爵令嬢セシリアは皇太子との婚約発表舞踏会で、とある男爵令嬢を見かけたことをきっかけに、自分が『宝石の絆』という乙女ゲームのライバルキャラであることを知る。 「…私、間違ってませんわね」 曲がったことが大嫌いなオーバースペック公爵令嬢が自分の信念を貫き通す話 …だったはずが最近はどこか天然の主人公と勘違い王子のすれ違い(勘違い)恋愛話になってきている… 5/13 ちょっとお話が長くなってきたので一旦全話非公開にして纏めたり加筆したりと大幅に修正していきます 5/22 修正完了しました。明日から通常更新に戻ります 9/21 完結しました また気が向いたら番外編として二人のその後をアップしていきたいと思います

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

処理中です...