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38. 憧れ(ジュリア視点)

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 彼女を初めて目にした時、その鮮やかさに目を奪われた。
 艶やかな紫色の髪がそよ風に靡いて、透明感のある白い肌をさらりと撫でる。語り掛けてくれた時のその姿はまさに聖女様のようで。

 ライラ=コンスティと名乗った彼女が私と同じ聖女候補生と知った時は、やっぱりと納得したと同時にとても誇らしいことに思えた。新たな地で、素敵な人と同じ立場になれて一緒に学べるなんて夢のようだと。

 
 でも世間を知らず、能天気にそんな事を考えていた私はすぐにクラスから手厳しい洗礼を受けることになった。
 クラスメイトから声をかけてもらえないどころか、話しかけても無視をされる。こちらを見ながらヒソヒソ話をされ、自分に向けられる棘のある視線は耐え難いものだった。

 国から召致された私には逃げ場がなく、ここに来たからにはそれに耐えなければならない。
 平民だからクラスメイトとして認めてもらえないのかと、情けなく悔しい思いをするなかで、彼女は私を気にかけてくれていた。

 日に日に沈んでゆく、自分の内側から滲み出てくる黒い感情が、彼女に触れるたびに浄化され癒されていく。


 そんな日々を繰り返すうちに気付いたことがあった。
 彼女がクラスメイトのルーク様と話しているとき、その大人びた顔が蕩けるように可愛らしくなること。その瞳や口、表情すべてが恋をしていると語っていた。
 私がすぐに気付いたのだから、教室にいる誰もが知っていることだろう。

 そんな彼女の姿が微笑ましくて、見ているこちらも幸せな気持ちになった。
 だから私も自然に思うようになったのかもしれない。どうか、私の憧れである彼女の恋が上手くいきますように、と。


 そもそも私には聖女になりたいという願望など初めからなかった。声に出しては言えないけれど、結局のところ国の都合でここに連れてこられて、勝手に聖女候補にされただけでしかない。

 もう一人の聖女候補生のマリーは、平民の私とは違ってルーク様の正式な婚約者候補であり聖女候補生だった。それなのに彼女もまた、私と同じように聖女を目指しているようには見えなかった。
 どうしてだろう、と考えるまでもなく理由は想像がついた。あれ程一途な恋心を抱く彼女の隣にいたら、自然とそうなってしまう気持ちが理解できたから。

 そこまでわかったら、クラスメイトが私を受け入れようとしなかった理由もなんとなく察しがついた。
 平民だからということ以外に、私が彼女を脅かす存在に見えたのかもしれない。


 だから、ルーク様とご一緒にテラスに行くと言われた時は目を丸くしてしまった。
 王子様という立場の方が私と食事をしてくださることにも驚いたし、まさかライラがその手引きしてくれたということが信じられなかった。

「やっぱり、こうしてみんなで食事をするのって楽しいよね」
 そう言って笑う彼女を見て、本当にこの方が聖女になってくれたいいのに、心の底から思った。


 初めの頃、平民だから馬鹿にしているのかと貴族を恨みそうになっていた自分に、歯止めをかけてくれたライラ。
 振り返ってみれば、一番に話しかけてくれたエイデン様も、その後に仲良くなったマリー、カトル、ディノ様、それからユウリ様もそんなことを気にも留めずにお話してくれていたことに気付いた。

 私にも見えていないことがたくさんあった。これからはいじけずにクラスと向き合おうと、前向きな気持ちになれたのは彼女のおかげだ。


 ライラや皆に助けられて、穏やかな学園生活を送れるようになってから初めての学園行事。
 精霊祭の日、平民の食事に関心を持っていた彼女に、少しだけサプライズしたくて考えた。

 屋台でいくつかの食べ物を調達し、テラスへこっそり運んでゆく。
 大きく食べ物を広げ、そこが第三のパーティ会場となった。
 本当に楽しく、かけがえのない時だったと思う。初めてクラスが一つになれたと感じるような、最高の思い出になった。




 でも私の中に、平民である自分への引け目はずっと残っていたらしい。
 ディノ様から離宮へのお誘いを受けた時、本当をいうと少し怖気づいてしまっていた。
 ただの田舎娘の私にはあまりにも敷居が高く、想像すらしたことがなくて動揺したのかもしれない。

 本当に誘われるまま行ってしまっていいのだろうかと怖くなり、私はユウリ様に相談をするために図書室へと向かった。

 私はいつも図書室にいる彼に会いに行くことが好きだった。柔和でとても美しい人。穏やかで話しやすく、なんだか近くにいるだけで心がふわふわとして、暖かくなる人だったから。
 この日も心の赴くままに図書室に足を運んだ。


「王妃陛下は国の繁栄に尽力されているお方だよ。平民だからと見下したりはしないし、君だって立派な聖女候補生なのだから気後れすることは一つもない」

 そう言って背中を押してくれたユウリ様だけれど、私はそれを聞いて、不思議な寂しさに駆られた。自分でも今の言葉のどこに引っかかるところがあったのかわからなかった。
 その時は本当に自覚がなく、浮かんだ疑問がそのまま口を突いて出ていた。

「もし、私が聖女に選ばれたらユウリ様は祝福してくださるのでしょうか」

 彼は少し驚いた顔をして、でもすぐにいつものように微笑みを浮かべた。
「もちろん、国の意思がそう決めたのなら私は祝福をするし、君の幸せを祈る」

 どうして自分がそんな質問をしてしまったのか、そこでやっと自分の気持ちに気付いてしまった。
 私がいつもユウリ様に会いに来ていた理由。それをようやく自覚して途方に暮れた。


 それから夏休みに入り、離宮へ行く日が来た。その頃には、複雑な事を考えるのはやめようと吹っ切れていた気がする。
 とにかく学園生活を楽しもう。聖女選定なんてあとから付いてくる話で、こうして出会えた人達との今を大事にしようという気持ちに変わっていた。
 私は気負い過ぎていたのかもしれない。私の思うままに自然に振る舞おう、そう思ってこの夏の旅に参加した。

 初めて訪れた離宮は人里離れた小高い丘の上にあって、まるで物語に出てくるお城のようだった。
 謁見の間に通され、敬愛なる聖女様にお会いしたときは、そのお姿を目の当たりにして魂が抜けてしまいそうになった。
 緊張して上手く話せなかった気がするけれど、それを咎められることもなく優しい笑顔を絶やさずにいてくれた。

「あなたの素養が素晴らしいというお話は私も聞いています。皆思い違いをしているようだけれど、聖女には平民も貴族も関係ないの。精霊力を持つ多くの者が貴族であることから、伝統としてそこから選ばれてきた。でも本来は精霊力の持ち主ならばどんな人でも聖女になりえるものなのよ」
 そう口にして励ますように私の目を見つめた。

「私も応援しているわ。だから平民だからと卑下せず聖女になれるよう努力を惜しまないようにね」
「は、はい。私も国の期待に応えられるよう頑張ります」

 そうしてミラ様への謁見を終えた私は、緊張から解放された。

 次の日からはピクニックで釣りをして、ライラの魔法披露会を目にしたり塩焼の魚を食べたり、乗馬をしたりと目まぐるしく様々な体験をした。本当に楽しい記憶しかなかった。

 その中で、私はライラとルーク様のじれったい距離をどうにかしたくて、機会を窺っては周りの男性たちを引き連れて二人から離れたりすることもあった。

 今はまだ誰が聖女になるのかわからない。けれど今、あの二人が幸せでいられたならいいなと、それだけを思っていた。


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