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46. 中庭の舞踏会(ユウリ視点)
しおりを挟む今年で三度目となる学園舞踏会。これが最後の参加となるけれど、今の自分には、盛り上がることも感傷に浸ることもできなかった。
私達の前にダンスを披露したであろう二年生について考えると、思わず目を瞑りたくなる。
第一王子と聖女候補生を抱える、重要なクラス。ジュリアとルークがペアとして組まれたと知った時は驚きを隠せなかった。
それが物語るものは何なのか、この学園にいる者はわかっている。
さすがに二年の今から組ませるのは早すぎだろう、などとの異見が喉元まで上がってくるけれど、それを口にしたところで何かが変わるわけではない。ただの愚痴ならば言わない方がましだ。
私はルークの元へ挨拶に行くこともできずに、三年生のエリアで友人たちの中で静かに過ごした。彼らは最後の思い出作りと賑やかだったけれど、周りから見れば私は普段とあまり変わらない様子だったらしい。
特に気にされる様子もなく、賑やかなパーティは終わりを迎えた。
そろそろ自分の気持ちを整理して封印しなければならない時が来たのかもしれない。
私は会場を後にしていく人の流れを眺めながら、そんな風に思っていた。
大方がホールから居なくなり、私もその後に続いた。エントランスにはまだ多くの人が留まっている様子が目に入り、人混みが嫌いな私は身を翻して中に引き返した。この調子では、馬車も大混雑しているだろう。
こういう時が一人でいる事の利点だ。一年目こそ従者を付けたが、特に必要さを感じなかったので二年目からは連れてきていない。
私は廊下に戻り、少々時間を潰すことにした。エントランス側の扉から中庭に出ると、暖房の効いた屋内の熱気から解放されて、ひんやりした空気が身体を包む。
そうしてゆっくりと中庭を歩いていると、前方に人の気配がしたので目を向けた。奥のエリアにあるテラスに、ジュリアが一人座っている。
いつも昼間に彼女が使っているテーブルに着き、薄いドレス着のままでいる姿に驚いてすぐに駆け寄った。
「ジュリア、そんな恰好で外にいたら身体を壊す」
「ユウリ様?」
ジュリアも驚いた表情をして顔を上げると、椅子から立ち上がり私の元へと歩み寄る。
「薄着で外に居たら風邪をひくよ。中に戻ったほうがいい」
「いえ、……大丈夫です」
そう言って俯いた彼女の声は細く力がない。先程ホールで見かけた楽し気な様子とは変わり、憂いを帯びたその表情を見てどう声を掛けてよいのかわからなかった。
私は着ていた上着を脱ぎ、それを彼女に羽織らせる。
「私が……私は、この学園に居てはいけないんじゃないかと思って」
ジュリアが俯いたままぽつりぽつりと話し始めた。
「ただ邪魔をしているだけなんです。私の存在はただクラスを掻き乱しているだけ。私なんかが来なければ皆上手くやっていたはずなのに」
そう言ってわずかに肩を震わせた。
「ライラを大切に思っているのに、彼女にとって私はただの邪魔者でしかないのが辛い……」
ドレスが切り裂かれた事件の後から、ルークが側に居ることが多くなり私達が会う時間も減っていた。特に放課後に彼女が図書室に来ることも無くなり、そこまで思いつめていたことを知らなかった。
「ダンスペアのことなら君の責任じゃない。必ずしもこれで聖女が決まるわけではないし、ただの一つの学園行事だ」
気休めにもならない慰めを口にする。しかし今の言葉は自分でもそう信じたい言葉だった。
「ユウリ様……私と踊って頂けませんか?」
ジュリアはゆっくりと私を見上げ、意思の強い瞳が真っ直ぐにこちらに向けられた。
突然の申し出に意表を突かれたものの、彼女の真剣な眼差しを前にして私は威儀を正した。
考えるまでもなく答えは決まっている。
「私こそ一緒に踊って頂けるとは光栄です、ジュリア嬢」
だらりと下げられていた彼女の右手を優しく持ち上げ、手の甲へキスを落とした。
冷気に晒され、ひんやりとした彼女の手を包み中庭中央の広場まで歩く。そしてその手を取ったまま背中を抱き寄せ、静かにワルツの型をとった。
廊下の明かりが夜の中庭をほのかに灯し、薄明りの中で静かに足を運ぶ。それは先程彼女が踊っていただろう二年生の課題曲のワルツの運び。
それに気付いたのか、彼女は動きを合わせると小さくメロディを口ずさんだ。
「ラララ、……」
彼女の頬にやや赤みが戻り、たくさん練習してきたであろう課題曲を軽やかに踊る。
私は彼女の肩に羽織らせたコートが落ちないよう背中で支えながら、胸の中に柔らかな熱を宿した。
・・・・・・・・・・
「この本かい?」
一生懸命背伸びをして、届きそうで届かない一冊の本を取って渡したのが最初の出会いだった。
鳩が豆鉄砲を食らったような顔というのはこういうものなのかと、彼女の顔を見て吹き出しそうになった。
放課後の図書室で偶然会った下級生。目をまん丸にして呆然と私を見る彼女が面白くて、そのまま続けて話しかけた。
制服を見て、彼女が学園で噂になっていた平民出身の聖女候補生であることがすぐにわかった。それだけグレーの制服はこの貴族棟で浮いていた。
周囲の視線に気付いているのかいないのか、気後れすることなく堂々と本を探し回っている姿が興味深くて、目で追っていたことが始まりだった。
丁寧な言葉遣いに慣れていないのか、不自然な敬語を使って一生懸命に話す姿はどこか微笑ましく、新鮮に思えても不快に思うことはなかった。
「何かあったらここへおいで。私は放課後にここに居ることが多いんだ」
そう彼女に伝えると、それから頻繁に図書室に顔を見せるようになった。
そうして親しくなってすぐに、彼女を食堂で見かけないことに気が付いた。仲良くしているというライラ嬢と一緒にいる様子もなく不思議に思っていた。
そのことを本人に尋ねると、平民だから貴族棟の食堂で食事が出来ないのだと、あっけらかんと説明をされて驚いた。そのかわり、お弁当を持参してテラスで食事をしているという。
一人は寂しいだろうと、次の日は私も一緒にテラスで食事をすることにした。彼女が言うには、偶然知り合ったカトルや、クラスメイトともたまに一緒に食事をしているという。「だから、そんなに心配してくださらなくても大丈夫です」と朗らかに答えていた。
言葉に含みを持たせず、何事も素直に表現する彼女をどこか羨ましく思っていたのだと思う。
いつからか、彼女は私にとって『平民の興味深い下級生』という存在から、特別な親しい友人へと変わっていたらしい。交流を重ねるうちに、彼女と会うことを心待ちにするようになっていた。
「もし、私が聖女に選ばれたらユウリ様は祝福してくださるのでしょうか」
ある日彼女にそう尋ねられた時、私は何と答えればいいのかわからなくなった。
真剣な眼差しで見上げる瞳を真正面から受け止め、長い沈黙の中にいたような気がする。
「もちろん、国の意思がそう決めたのなら私は祝福をするし、君の幸せを祈る」
凍り付いた唇は、自然に言葉を紡いでいた。改めて思い返しても、それは紛れもない本心であったと思う。しかしそれと同時に、認めたくないという相反する気持ちが自分の中に渦巻いていた。
この時にようやく、私が彼女に対してどういった気持ちを抱いているのか把握したように思う。
・・・・・・・・・・
ジュリアの口ずさむメロディは静かに終わりを告げ、それに合わせて緩やかに足を止めた。一曲分を踊りきって彼女も少し息が上がっている。
「君とこうして踊れて良かった。本来なら、この学園で君と踊る機会なんてなかったはずだから」
「私も……ユウリ様と踊れて幸せでした」
互いに名残惜しさを感じているのがわかった。私は彼女から離れることが出来ず、そのまま胸に抱き寄せた。
彼女が置かれている状況はとても複雑で難しい。友人関係を見ても、彼女自身何をどうしたらよいかわからずにいるからこそ不安が募るのだろう。
「ルークが君の側にいるのは、二度も危害が加えられている君を王子としての立場で守るためだろうと思っている」
優しく、誤解を与えないようにジュリアに思っていることを伝える。
「彼は愚かな人間ではない。一時の感情に任せて動く人間でもない」
ジュリアがこくりと頷いた。
「聖女選定の行方はまだわからない。……もしかしたら望まない未来が来るかもしれない。けれど私はジュリアとルークの味方で居続けるから」
私はジュリアの手を取り優しく両手で包み込んだ。
「私も、何かあれば君の助けになれるよう動くつもりでいる。だから今はルークと……私のことを信じてほしい」
真っ直ぐに彼女の目を見てそう伝えた。すると彼女は泣きそうだった顔に微かな笑みを作った。
「ユウリ様、初めて本を取ってくれたあの時から、私はユウリ様をずっと信じて頼っていたんですよ。今更何を言っているんですか」
いつものように話す彼女を見て、小さく笑い合った。
まったく彼女にはいつも敵わない。
そろそろ大方の馬車も出払っただろう。私は彼女をエスコートし、誰も知らない小さな舞踏会は幕を閉じた。
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