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47. 王妃の誘い
しおりを挟む学園舞踏会を終えた後、一ヶ月近くの冬休みが開けてとうとうゲームの最終盤面でもある三学期が始まった。
ジュリアはルーク様ルートに入り、メインシナリオの道を歩みだしている。
そしてルーク様は、ジュリアと共にいる時間が増え、今では昼食も食堂に行かずにテラスで過ごすほどになっている。これは、ゲームで言えば溺愛モードに入っている状態だ。
でも私は二人が想い合っているとは少しも考えてはいない。
少なくともジュリアはユウリに気持ちが向いている様子だし、ルーク様は……彼が私の手に残してくれた言葉を、ずっと心の内に大切にしまってある。
そんな日々が繰り返されるなかで、とうとう王妃から私にお誘いの声がかかった。
それは三学期最初の光の精霊殿巡拝の日。
儀式を終えて祭壇の間を出ると、良い服を纏った女性が私の前に姿を現した。王妃付きの侍女ということで、簡単な身分紹介と挨拶をされる。
「王妃陛下より、ライラ様にお茶の席へのお誘いを仰せつかって参りました。どうぞこちらへ」
王妃に忠実な侍女は、私の都合を聞くことなく案内を始めた。実際、お誘いという形の命令みたいなものだ。
この頃にはもう、ルーク様は私の儀式に参加していなかった。学園でも私を避ける素振を見せているけれど、公務の内に入るであろうこれまで避けられるとは思ってもいなかった。
声を掛ける相手もいない私は、そのまま侍女の後をついていく。
廊下を歩きながら、ジュリアがまだ転入してくる前の一年目に訪れた離宮を思い出す。
ルーク様と木陰の下でお話しをして「ミラ様に誘われたら一緒に行きましょう」なんて事を言った気がする。
今になって思えばとても滑稽で恥ずかしい。まさかその時にはこんな事態になっているなんて思わなかった。
「お久しぶりね、ライラさん。あなたをここへ呼ぶのは初めてね」
私は王妃を前にして礼をとる。
「たまにここでお茶会を開いているのよ。あなたのお母様、コンスティ夫人ともここでお話をしているの。あなたのこともよく聞いているわ」
そう言って座るよう促され、私も同席させていただくことになった。
紅茶と焼き菓子がテーブルに用意され、他愛ない会話が繰り広げられる。
いくつかの話題が過ぎたころ、王妃から本題へと繋がる話題を振ってこられた。
「実はね、ルークがあなたの儀式に参加していないと聞いて、申し訳なく思ってあなたをお呼びだてしたのよ」
困った表情を浮かべて王妃がそう話す。
「あの子には好き嫌いで行動を決めないよう幼い頃から教育しているのに。まだまだ子供のような振る舞いをされて困るわ」
「好き嫌い……ですか?」
王妃はそれには答えず、申し訳なさそうに目を伏せた。そして部屋にいた侍女に目配せをすると、侍女は待機していた使用人を部屋から出し、彼女も部屋の奥へ移動した。
「ここだけの話として聞いてもらいたいのだけれど」と人払いをしてから王妃が話し出した。
「私はあなたが聖女に一番近い人だと思っているのよ。知性、品格、教養のどれも申し分なく、人々の見本となれる女性だと」
王妃はそこで一口紅茶を啜り、小さなため息をつく。
「でも今のままだとあなたが聖女に選ばれるのは難しいかもしれないわ。学園から候補生たちの様々な話が上がっていて、私の耳にも届いているから」
「それは、悪い話という事でしょうか」
「あなたも学園から呼び出されているのだから理解はしているわよね? 一部の生徒達からあなたに対する評判がすこぶる悪いということを」
私は慌てたように振る舞い、平民生徒に流れている噂の事を否定した。
「そうね、わかっているわ。私はあなたの味方よ」
王妃は安心させるような慈愛の笑みを浮かべてそう語りかける。
私はその言葉に感激したように、縋るような目で王妃を見つめた。
「そのお言葉を頂けただけで私の心は慰められます。近頃はルーク様にも避けられているようで心が塞いでいたのですが、希望を抱いてもよろしいのでしょうか?」
王妃はわずかに目を細め、私を観察するような目つきをした。気にしていなければわからない程度の些細な違和感、それを感じ取って慌てて頭を空っぽにして純真さを表現する。
「一つ聞いてもいいかしら」
その瞳に晒されて、自然と体に緊張が走る。
「あなたが聖女を目指している理由は、ルークの事が好きだから? それとも使命として捉えているのかしら?」
私はその質問に対して、王妃をまっすぐに見つめ淀みなく答える。
「もちろん私は使命と思い、日々勉学に励んでおります。幼い頃から厳しい教育を受け、両親からは国に尽くす精神を教わって参りました。もちろん私はルーク様のことを尊敬し、お慕いしております。聖女に選ばれた暁には伴侶として国と国民に尽くしていけるようにと考えております」
「そう」
王妃は短い相槌だけ打つと、少しの間私の様子を窺うように黙って眺める。
「あの、……」
「貴女の聖女への心意気を聞けて良かったわ。今日は急なお誘いをして申し訳なかったわね。また次も声を掛けてもいいかしら?」
そう言って王妃はにっこりと笑った。私は恐縮しつつ喜びを込めて快諾する。
王妃に呼び出された初のお茶の席は、言いようのない緊張感と共に一時間ほどでお開きとなった。
送りの馬車に乗り込むと、長い溜息が出て身体が自然と脱力した。嫌な汗をかいたと思ってふと手を見ると、微かにその手が震えていることに気付く。
どうやらそれだけ重圧を感じ、気が張り詰めていたらしい。
帰宅して間もなく、夕食のテーブルに着くとお母様が嬉しそうな声で話しかけてきた。お父様も心なしかいつもより表情が柔らかいように見える。
「今日、ミラ様からお茶のお誘いを頂いたらしいわね?」
帰りが遅くなった理由を侍女に話したので、それを聞いたのだろう。
「はい、ミラ様のサロンへ招かれてお茶を頂いておりました」
そう答えると母は満足そうに微笑んだ。久しぶりの明るい話題らしく、弾んだ声で喜んでいる。
「ミラ様とはどんなお話をしたのだ?」
普段は寡黙な父も気になるようで、食事をしながらこちらを見ずに話しに加わる。
「やはり聖女選定が気になるご様子で、そのあたりのお話です。どうやら私の努力を認めてくださっているらしく、心強いお言葉を頂きました」
「まあ、なんておっしゃっていたの?」
「私を気遣ってくださったのかもしれませんが、ミラ様から見て私が一番聖女に近い人との評を頂きました」
「姉さま、聖女様に褒められたんですか? すごいです!」
私がそう報告すると、きらきらと目を輝かせて弟が一番に声を上げた。
家の中に少し明るさが戻って少しばかりほっとする。あの事件以降、王宮内ではルーク様がジュリアへ恋心を抱いているとの噂が流れていたらしい。そう重い口調で話す父の言葉に、最近は家の中も沈みがちだった。
聖女選定が審議会によって決まるとはいえ、肝心の王子が候補者の一人に肩入れしていると知れば不安になるのも仕方がない。
けれど一つ意外だったのは、両親がジュリアの事を悪く言う素振りを見せないことだった。平民の出であり、聖女の座を奪いかねないジュリアを敵視するのではないかと私は少し不安だった。
今まで――――申し訳ないけれど、両親をただの権威主義者だと思っていた。要は家の格を上げるため、私を必死に聖女しようとしているのだと。
でもジュリアにまつわる話の中で、二人が心から“聖女”という役目を崇めていること、そしてその予備軍である聖女候補生に対しても敬意を抱いていることを知った。
「ミラ様があなたを評価してくださっているのは、あなたが惜しみない努力を続けてきたからよ。これに奢ることなく真摯に役割を果たしていけば、きっとルーク様もあなたを認めてくださるわ」
黙って食事をしていた父も、私を見て励ますように小さく頷いた。
普段からあまり接触する機会もなく、夕食時に顔を合わす程度のお父様。言葉が少なく厳格なイメージを持つ父を、この時初めて可愛いと思った。
日本にいた時の家族の在り方とは全然違うけれど、この世界の、この不器用な家族も大切で愛おしく思える。
だから絶対にこの家を没落させることにはさせないと、改めて気持を引き締めた。
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