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48. 三年目の覚悟

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 季節はゆっくりと移り変わり、窓から見える景色が鮮やかな緑に生え変わる頃。

 軽ろやかな春風がそよぐなか、私たちは三年生を送り出した。
 ユウリの周りにはルーク様を始め、他の幼馴染の四人も集まって、貴族社会の仲間入りを果たす彼を励ました。
 私たち聖女候補生の三人も彼の元へ集まり、これまでの学生生活の労いの言葉と今まで良くしてくれたことへの感謝の気持ちを伝えた。

「いや、こちらこそありがとう。君たちはこれからの半年間、聖女候補生として大変な時期になると思う。私は学園を卒業するけれど、引き続き君たちの精霊殿の儀式には参加するつもりだから、何かあったら遠慮なく相談してほしい」

 そう言って私達を見渡し、最後にジュリアを見つめた。

「……ジュリアも、心細くなることがあったらマルティウス邸を訪ねて来てくれて構わないから。どうか一人で抱え込まないで」

 静かにそう語り掛けて、彼は学園を去っていった。



 そして私たちは新三年生となり、新学期を迎えた。
 あれからジュリアへの嫌がらせは起きることなく、今のところは平穏で変わらない日々を送っている。


 私は春休みの間に、ゲーム攻略ノートに今後の流れを書いたページを作った。これから起こるであろうイベントを新たに書き出し、その下には現実に起きたことを記す余白を作っておいた。
 
 このゲームのプレイ部分は二年生の一年間のみである。ということは、今私が過ごしている時間はゲームの空白部分ということになる。育成パートは三学期末で終了するため、ここから先はイベントとムービーでの進行になっていた。

 これから起こる流れとしては、精霊祭の聖女役発表、ヒロイン毒殺未遂事件、ライラと王妃の断罪……その後にルーク様の告白、そして婚約式でエンディングを迎える。
 ムービーが時折り挟まりながらストーリーイベントが連続して続き、そのままクライマックスに突入してエンディングを迎えるという形だ。
 

 そしてこの間に、私は勝負をかける事に決めた。一か八かの賭けになるけれど、全てをひっくり返すにはこれしかないと考えていることがあった。



 春休み明けの教室で、私は窓際で友人と雑談しているルーク様の横顔を遠くから眺めた。隣の席なのに、壁を隔てたように顔を合わさなくなって随分経つけれど、こうしてまたお姿を見られて声を聴けるだけでも私は嬉しい。

 放課後、帰り支度をしながらマリーに話しかけた。
「そういえばマリーは明日が巡拝の日よね。どこに行くの?」
「光の精霊殿に……王宮内を案内されることにいまだに慣れなくて緊張するのよね」

 そう言って苦笑した。気持ちはなんとなくわかる。なにしろ光の精霊殿は王族が管理するだけあって、案内係の殿官が国王の親族だったりするからだ。

「そういうライラは?」
「私は明後日に土の精霊殿よ。カトルと顔を合わすのがちょっと気が重いわ」

 少し萎えた気分になって私は肩を落とす。最近のカトルは精霊殿で会うと、ここぞとばかりにジュリアとルーク様の事で小言を言われる。お互いにあまり良い精神状態といえなかった。


 ・・・・・・・・


「全然ダメ」

 ニルグラード侯爵家にある土の精霊殿で儀式を終えると、それに参加していたカトルから不愛想に駄目出しをされた。
 ここ最近、特に二年の三学期以降はいつもこんな感じだ。

「こればっかりはしょうがないでしょ。努力だけでは限界があるんだから」

 私は溜息をついてそう答えた。カトルの言いたいことは単純で、私がジュリアに劣っていることを自覚しろということだ。儀式の中で行われる大霊石との共鳴が彼女と比べると足りていないらしい。

 それは言わるまでもなくわかっていた。ひと月ほど前に行われた三月の精霊力測定、彼女はいつの間にか私の力を超えていた。
 初めこそジュリアの能力はクラスメイトと大差がなかった。けれど最近の測定では、その能力を大きく伸ばしルーク様にも匹敵するほどの力まで成長していた。
 その高い精霊力を見せつけられて、私を含めたクラスメイト達が度肝を抜かされたばかりでもある。

 カトルは呆れたように大きく溜息をつくと、きつい眼差しを向けて私を煽ってきた。

「このままだとジュリアが聖女になるだろうね。平民棟ではライラの悪い噂が信じられているようだし、そのせいなのかルークにも見捨てられてさ」
「それは……」

 私は何も言い返せなくて口ごもる。シナリオの進行を崩さない為という理由でこの現状を受け入れているけれど、カトルから見れば何も行動を起こさず変えようとしない私にイライラしているのかもしれない。

「もうすぐなんだよ、聖女が決まるのは。正式に任命されるのは十月だ。でも今年の精霊祭の聖女役がその座に就くという慣例があることを知っているよね? それまであと三か月しかないんだよ」

 苛立ちをぶつけられるようにそう言われて、思惑通りに進めているつもりの私も心細くなる。

 今まで迷いが無かったわけではない。流れに身を任せて私への悪評に抗わなくていいのか、ルーク様との関係を改善しなくていいのだろうかと不安に思うこともあった。そんな挫けそうな弱い部分をカトルがダイレクトに突いてくる。

「もしこのままジュリアが聖女になったら誰が幸せになる? 平民から王妃に成り上がったジュリア? それとも彼女を愛してもいないのにナイト気取りのルーク? そんなわけないよね」
 苦しそうに顔を歪めてカトルが続ける。

「ジュリアは聖女も王妃の座も全く望んでいない。悲劇のヒロインはライラじゃなく、ある日突然国の命令でここに連れてこられたジュリアなんだ。ライラがそんなに不甲斐ないから全員が不幸になるんだよ!」

 感情が抑えられなくなってきたのか、最後には苛立つように言葉をぶつけてきた。


 私だってここまで何も考えてこなかったわけではない。最善の道を選ぼうと頭を悩ませながらやってきたのだ。
 だからカトルがぶつけてくる勝手な八つ当たりにカチンときてしまった。

「私は私の考えで行動しているわ。もちろん今の状況が良いとは思っていないし、どうにかしようと考えているのよ。だから、単純にジュリアの事しか頭にない貴方にあれこれ言われたくないわ」

 喧嘩腰で言葉を返す。何の事情も知らないジュリア大好きっ子のカトルが、今の状況を不安に思うのも無理もない。でもだからといって私に当たられるのは御免だ。

 私は一旦気を落ち着かせて言葉を続けた。
「貴方がジュリアを大切に思っていることはわかった。でもね……」

「舞踏会の日、ジュリアが幸せそうだったんだ」

 私の話を聞いていないのか、独り言のように言葉を被せる。舞踏会? カトルが何を話そうとしているのかわからなくてそのまま話を聞いた。

「学園の舞踏会が終わって、一言ジュリアと話しをしたくて従者を待たせて探していたんだ。ホールにもエントランスにもいなくて、人もまばらになってきっと帰ったんだと思って廊下を歩いていたら、窓の向こうの中庭にユウリがいて」

 ん? と私はある予感がした。

「外で、ジュリアとユウリが会っていたんだ。ジュリアはユウリの手を取って、ホールにいた時にはなかった幸せそうな顔をしてワルツを踊ってた」
「………」

 何を言えばいいのかわからなくて、そのまま黙って聞いている。

「俺、それを遠くから眺めていたんだ。胸が詰まったように苦しいのに、不思議と嫌な気分じゃなかった。前からなんとなく気付いていたんだ、きっとそうなんだろうって。だから苦しくても受け入れられた」

 直接的な言葉を避けて話すことに、カトルの複雑な想いを感じる。

「ジュリアが幸せならそれでいいって思っているのに、それすら許されないんだ。そんなの納得できないよ……」
 最後には悔しさを滲ませて言葉を切った。

 カトルのこの告白はとても意外だった。嫉妬が高じて、ルーク様と引き離したいがために私をけしかけているのだと思っていた。でも彼の気持ちはもっと別のものだった。


「あのね、言っておくけれど私全然諦めてないわよ?」

 悲観的になって俯いているカトルを下から覗き込んで無理矢理目を合わせた。
 私よりも背が高いはずなのに、こうしているとなんだか小さい子に話しかけるお姉さんみたいだ。土の守護貴族の嫡男だというのに、一つ年下とはいえ他の四人に比べて言動が幼く感じるのは、彼らの中で末っ子という理由もあるのかもしれない。

「諦めないのは結構だけど、今の状況を変えられるの」

 カトルはじとりと座った目で、明らかに信用していない眼差しを向けてくる。
 だけど今のカトルの話を聞いて、弱気な心に一筋の光明が差した。

 中庭で、ジュリアとユウリがダンスを踊っていた。
 この事実はとても大きい。

 ゲームの学園舞踏会は、自分が選択したドレスに紐付けられた攻略キャラとダンスを踊るイベントだ。
 そのヒロインであるジュリアはルーク様ルートを歩んでいるように見えて、しっかりとユウリを繋ぎとめていたのだ。
 ゲームでは同時に二人のイベントを見ることはありえない。つまりここには“シナリオのブレ”がある。

 それに――――ただの一人の友人として、彼女が好きな人と踊ることが出来たという事実が単純に嬉しかった。


 私は姿勢を改めてカトルに向き合う。

「私はこう見えて、少しずつでも運命を変えてきたのよ。だから私はこれからも諦めるつもりもないし、そのための準備もしているの」

 私は聖女になって、ルーク様のお側にいたい。でもそれは、私にとっての一番のゴールではない。
 それが皆の望む結果に繋がるかわからないけれど。


 時々迷ったり弱気になったりしても、目的を見失うことはしなかったはずだ。

「だから見ていて、最後には大逆転させるから」

 そう大見得を切って、私は土の精霊殿を後にした。

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