全ルートで破滅予定の侯爵令嬢ですが、王子を好きになってもいいですか?

紅茶ガイデン

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51. 決断

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 ジュリアの聖女役が決まってから一週間、精霊祭まであと三週間を切ったところで、光の精霊殿巡拝の日が巡ってきた。

 もしこの世界がゲームと同じレールの上にあるとすれば、おそらくこの今日この日に王妃から重大な話を聞かされることになるはずだ。
 一学期最後となる光の精霊殿巡拝、王妃が私に暗殺の話を持ち掛ける最後の機会ということになる。

 だから私は、一つの大きな決意を持って今日という日を迎えていた。




「ミラ様がお待ちでございます」

 儀式を終えて祭壇の間を出ると、いつものように王妃付きの侍女が出迎えてくれた。四回目のお誘いとなる今日が、このような形で王妃と会う最後となるだろう。



「貴女を前にしていると、つい時間を忘れて話してしまうわね」

 いつもと変わらないお茶の時間。しばらく他愛ない近況報告や世間話を続けていると、王妃がさりげなく私を見ながらそう呟いた。
 私は自分の緊張を悟られないよう、和やかな雰囲気を保ちつつ謙遜の言葉を述べる。温かいカップを手にしているというのに、その指先は凍えるように冷たい。

「今日はね、貴女にとても大事な話があるの。聞いてくれる?」

 私は素直に返事をした。とにかく余計なことを考えずに、雑念を払って彼女の話を聞く。こちらに思惑があることを悟られてはいけない。


「私はね、ルークが国王になることが心配なのよ。はっきり言うと認めていないの。これまでの話から、貴女は勘付いていたかもしれないけれど」

 過去三回の会話の中で、確かに王妃はその考えを徐々に明らかにしていった。
 初めはルーク様の態度を咎める程度だったものが、次第にルーク様がいかにつまらない人間か、第二王子のロイ様がどれだけ素晴らしいかを語るようになった。

 そして私自身もその流れに乗っかるように、自分がいかに聖女に固執しているのか、ルーク様に執着していないかという姿勢をアピールしてきた。
 そうやって事前に餌を撒いていたからこそ、王妃からあの話が出るだろうと予想をしていた。


「そうはおっしゃられても、法では第一王子に継承されるとあります。王妃であり聖女であられますミラ様のご意向でも、法に異を唱えることは難しいのではありませんか?」

 私は慎重に言葉を重ねてゆく。あくまで常識的な反応を心掛け、不自然な会話にならないよう注意を払う。

「そうね……」
 王妃は手に持ったカップの表面をしばし眺めた。

「ねぇ、ライラさんは呪いというものはあると思う?」
 突然なんの脈絡もなくそう尋ねられて、少しばかり面食らった。

「呪い、ですか。もちろん私にはわかりかねる話ですが、憎しみや怨念というものは人を負の方向へ引き寄せるものであるような気もします。それを呪いというのなら存在するのかもしれません」

 王妃の発言の意図がわからないままそう口にする。
 科学が発達していた日本にいた頃ですら、オカルト話がまことしやかに話されていたくらいだ。精霊やら魔法やらがあるこの世界なら、呪いなんていうモノが存在していてもおかしくない気もする。

「憎しみ、怨念……そうね、貴女の言う通りよ。それらを抱えている者が国王に相応しいとは思わないわよね?」

 王妃の言葉に私はますます意味がわからなくなる。つまりルーク様が憎しみや怨念を抱いていると言いたいのだろうか?

「それはどのような意味なのでしょうか……」
「言葉の通りよ。難しく考えることはないの」

 うっすらと笑みを浮かべて私を見つめる目が、私を捉えて離さない。まるで真綿でじわじわと絞められているような感覚で、私は頷くことしか出来なかった。

「呪いが負を引き寄せる。それがこの国にとってどういった災いをもたらすか。私はこの国の聖女として、また王妃として決断しなくてはとずっと思っていた」

 段々と話しに熱を帯びてくる王妃を前にして戸惑う。そもそも王妃のいう“呪い”とは一体何なのだろう。私を暗殺計画に引き込むための作り話なのだろうか? それとも本当にそんなものがあるのだろうか。



「それで貴女にお願いしたいことがあるのだけれど、その前に一つ大事な質問をするわ」

 王妃は手にしていたカップをテーブルに置いて、まっすぐに私を見つめた。

「貴女が聖女になりたい気持ちは本物?」

  今日までに何度もあった質問を再び繰り返された。おそらく私がどの程度の覚悟があるのか知りたいのだろう。だから私は王妃が望んでいるであろう答えを口にした。

「私は幼い頃から聖女を目指し、厳しい教育にも耐え励んで参りました。私には聖女になれない未来など考えられません」
「でもジュリアさんが現れてから、その描いた未来が厳しいものになったわよね?」

 王妃は私を煽るようにジュリアの名前を出す。

「ねぇ、貴女は聖女になるためならどんなことでも出来る?」
「はい。私のこれまでの人生は、聖女になるために生きてきたも同然でございます。父も母もそれを望み、私に期待を寄せておりました。聖女になる為ならどんな過酷なことであろうともやり遂げる覚悟は出来ております」

 そう言い切ると、王妃は満足そうに頷いた。

「わかりました。これで貴女に安心して話せるわ。実は私が考えていることはね、先程も言ったようにロイを次期国王にすることなの」
「はい、承知しております」
「だからね、ルークには申し訳ないけれど眠ってもらおうと思って」
「眠ってもらう……?」

 私はとぼけて、意味が分からないというように尋ねた。すると王妃は手元の陶器に入った砂糖を、スプーン一杯分だけ掬いサラサラと紅茶に流し入れた。

「貴女に、これと同じことをルークにしてもらいたいの」
「それは……まさか、毒を……?」

 王妃は否定も肯定もしない。先程からの言葉選びを見ていると、まだ私を試しているのだろう。

「ミラ様のお考えはわかりました。けれどなぜ聖女を目指す私にご依頼なさるのでしょう? 聖女どころか罪人になれと? 私に罪を負えとおっしゃられるのならさすがに承知致しかねます」

 公の場ではけして出来ないような、かなり強い口調で断りを入れる。

「私がそれを受けてしまえば歴史に刻まれる大罪人となるでしょう。いくらミラ様のお願いとはいえ簡単に受け入れることはできません」

 もちろんこれはである。一体王妃がどういった計画を立て、どうアリバイを作ろうとしているのかを知りたかった。

「貴女が聖女になる為には必要な事でもあるの。なぜなら今のままではジュリアさんが聖女になって、ルークが王太子になってしまうもの」

 そう言って駄々っ子を諫めるような口調で話し始めた。
 ルーク様に毒を盛って体調不良にさせること。そして病で臥した兄の代わりにロイ様が王太子となるよう提案し、今の聖女候補生はそのまま継続させるようにすることを話した。
 体調不良などと言っているけれど、それは方便であるとこちらはわかっている。

「それからね、この話はルークではなくが狙われたということにするの」

 私が毒を盛られたという設定にする。それを私が知らずにルーク様に差し出してしまうということにするらしい。

「初めは貴女に疑いがかかるかもしれないけれど、そうではない証拠をこちらが残しておくわ。けしてあなたを罪人にすることはないから安心して」
「でもそれでは……仮に罪人を免れたとしても、ルーク様に誤って毒を与えた人間というのに変わりありません、それで聖女になれるのでしょうか? それにジュリアが聖女候補のままでいるならば、結局ロイ様のお相手は彼女に決まってしまうのでは」

 王妃はゆっくりと私に言い聞かせるように話す。

「その心配はいらないわ。彼が病に伏せば彼女も一緒に落としてしまえる。そうなると彼女の精霊力も衰えることになるから、ロイのお相手にはさせないわ」

 ジュリアの精霊力が衰える? もしかして王妃はジュリアにも何か仕掛けてあるのだろうか?

「いずれ時が来たらわかるわ。彼女には秘密があるのよ。そしてもう一つ。おそらくロイがその立場になれば、新たな婚約者候補を作るべきだという人も出てくると思うの。でもあなたたちがこれまで聖女候補生として学び力を付けてきたことは有利であることは間違いないわ。その程度の意見は私が取り除けるから安心して」

 余裕な表情で私を見つめる。私の不安は全て取り除いて見せると言いたげな口調だった。

「大丈夫。私が責任を持って貴方を聖女にしてあげるわ」


 王妃の話がどこまで本当なのか、実際のところはわからない。しかし私の答えは決まっていた。
 私はこの返事をするために、今日ここへ来たのだ。


「よくわかりました。ミラ様のお話しを信じて、今後の国の繁栄と平穏の為にご協力致します」

 自分の下した決断は、以前から考えていた大きな賭けだった。その結果がわかる時が来るのはもう間もなくとなる。


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