全ルートで破滅予定の侯爵令嬢ですが、王子を好きになってもいいですか?

紅茶ガイデン

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55. 選択(ルーク視点)

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 三人目の聖女候補生が現れるという話を聞かされたのは、新年度が始まる数日前だった。

「どう、驚いたでしょう」

 にこやかに話す母が面白そうに私を見つめる。そしてそれが地方からやってきた平民であり、私たちのクラスに転入すると聞いて耳を疑った。

「一体どういう……理解しかねます。しかも平民とは、ひどい冗談としか思えません」
「平民と言っても、彼女には精霊力があるのよ。平民では持ち得ない強い力を発揮した娘が地方の町で見つかってね、現地から王宮に報告が上がってきたの。そんなこと普通なら考えられないことでしょう? 奇跡の少女として、審議会が聖女候補生として特別に認定したのよ。そういうわけで特待生としてあなたのクラスに入ることになるの」

 そう言って楽しそうに母が笑顔を見せた。
 母が私の前で上機嫌でいる時こそ、私にとって良からぬことが起きると理解している。王宮で暮らしていくなかでいつしか学んだ事だ。

 だからジュリアにあまり関わりたくないという気持ちがどこかにあった。どうしても彼女の向こうに、母の満足そうな顔がちらついてしまうからだ。

 あの日、ライラからジュリアの相談を受けなければ、彼女の置かれている状況になど目もくれなかっただろう。
 そんな母の幻影に怯えていた私の隣で、ライラは新たな聖女候補生と真剣に向き合い助けようとしていた。

 それを目の当たりにし、私は自分の弱さを恥じるしかなかった。小さな問題からも目を背けるような人間が、国の頂点に立つなど笑い話にもならない。
 私はライラの望む通り、ジュリアと向き合うことに決めた。



 そうして七月を過ぎたある日、母から聖女候補生三人を離宮へ招待するようわざわざ使いを寄こして言ってきた。
 ちょうどその頃、彼女たちを呼ぶことを考えあぐねていた私はその命令に眉をひそめる。
 去年のことを踏まえ、彼女たち聖女候補生を母と接触させることに抵抗を感じていたから、余計に警戒した。
 とはいえ、楽しみを隠そうとしないエイデンや、期待しているであろう彼女たちを思うと呼ばないことも心苦しい。

 それに、母のジュリアへ向ける態度も気になるところではあった。
 母は何らかの意図があって彼女をこの学園に呼んだと考えている。この異例すぎるジュリアの転入は、母の意思が強く反映されていると睨んでいた。
 もしかしたらそのあたりの事も少し垣間見れるかもしれない。そんな考えもあって、今年も聖女候補生を離宮へ誘うことにした。



 そうして彼女等を迎えて二日を過ぎた頃、母の部屋に呼び出された。
 すぐに人払いをした姿に、これから話す内容が碌なものではないことを覚悟する。


「貴方はどなたに聖女になってもらいたいと思っているのかしら」

 珍しく穏やかな雑談から入った話は、嫌な話題へと移った。

「母上もご理解されているはずですが……聖女選定に私の意思が入る余地などありません。それを問うたところで意味をなさないと思うのですが」

 質問を一度かわして様子を窺う。

「遠回りだったかしら。ではわかりやすく言うわね、ルークは誰を伴侶にしたいと思っているの? 好きな人がいるかと聞いているのよ」

 そう母は尋ねるが、それに正直に答えてやる理由などない。

「今は皆良き友人、そのような感情を抱くことはありません。もちろん私自身が一人の女性に心が傾かないよう気を付けていることでもあります。誰が伴侶になろうと、次期聖女となった女性を愛し生涯を捧げることが第一王子としての務めなのですから」
「あら、お利口な回答」

 母は面白そうに笑った。

「でも良かったわ。貴方に想われる人がいたらその人が不幸になってしまうものね」

 芝居がかったように憐れむ声で母がそう嘆いてみせた。

「呪われた王子に愛されてしまったら、その人も呪われてしまいそうだもの」

 つまらないことを言って笑う母に、溜息をついて苦言をする。

「冗談はそこまでにしていただけませんか。呪いだのと……」

「お黙り!」
 突然豹変して大声を上げ、空気がビリッと変わった。

「生意気なのよ、あなたは」

 先程までの聖女らしい優美さは消え、憎々し気な表情へと変わる。
 母は大きく息を吐くと、呼吸と整えて再び穏やかな様子に戻った。

「……まあいいわ。あなた、あの娘を気に入っているんでしょう? 嘘をつかなくてもいいのよ、わかっているから」
「誰の事をおっしゃっているのか私には……」

 私のつまらない誤魔化しは効かないとばかりに言葉は続く。

「でもそれだと彼女は聖女になれないわね。あなたが気にかけるほど彼女は汚れていくのよ。だから私が彼女を選ぶことはないと理解しておいて」
「……母上は何か勘違いをされています。今の私には想いを寄せる女性などおりません」

 私はこれまで、聖女候補生たちを公平に扱ってきたつもりではいた。しかし思い返せば所々で態度に表してしまった自覚もある。そんな些細な事を、母は知って把握していたというのだろうか?

「可哀想に、幼い頃から両親の期待に応えて聖女を目指して頑張っていたというのにね。あなたのせいで努力が水の泡になってしまうなんて」
「もしかしてライラのことをおっしゃっているのでしょうか。もし聖女に選ばれなければ友人として同情はしますが、それだけのことです。候補生でなくなれば私に関わる人ではありません」

 努めて冷静に、感情を削ぎ落として第一王子としての立場で答えた。

「そうだったの。まあ私としてはどちらでもいいのよ、私はあなたを王太子にするつもりはないから」


 少しの間、静寂が私たちを包んだ。母の発言の意味を呑み込むのに時間がかかったからだ。

「母上、それはどういう……第一王子が王太子となることは法で定められているはずですが」

 震えそうになる声で語り掛けた。

「あなた、今まで本当に王太子に、国王になれるとでも思っていたの? 私にここまで嫌われていながらおめでたいわね、意外に鈍感なのかしら」

 その言葉に、すうっと母の声が遠のいていく。
 耳が塞がれたように、届く言葉が不明瞭になっていった。

 まただ、母の言葉に引きずられ水底に沈む感覚。浮上したくても、出口が見つからずに暗くなっていく視界。




 ―――ルーク様!

 はっとして、あの日のことが脳裏に蘇った。あの時もこんな風に息が苦しくなっていた。
 沈んだ私を呼ぶ大きな声と、強く握られた腕の感覚。その温かな熱を思い出し、顔を上げて母を見据えた。


「……それは聞き捨てならないお言葉です。法にまで触れるおつもりですか」

 頭上に君臨する、聖女であり王妃である母を見返した。これまでの人生で母と視線を交わすことなどなかった私は、その真意を探るようにじっと見つめる。
 それが気に入らなかったのか、母は不快げに眉を顰め、部屋から出ていくように言った。

「母上の中では、私を王太子から外す方法がおありだということですね。よくわかりました」

 私はそれだけの言葉を残し、部屋を後にした。



 自室に戻る途中、母の言葉を考えていた。

 ……母上は、私を亡き者にしたいのだろうか。

 あの人に期待を寄せることなど、とうの昔に無くしたものではあった。しかし、そこまで言及されるなど考えもしなかったことだ。
 愛情などひと欠片でさえ持たないのなら、ためらいさえ抱かずにそう思えるのだろうか。


 母のあの言葉を受け、私は一つ覚悟を決めた。
 私のために大切な人が犠牲とならぬよう、側から離れようと。


 次の日、馬が草木を踏みしめる音に紛れるように、後ろに乗せたライラにそのことを伝えた。今後立場的な問題で距離を置くことになるかもしれないと、直接的な言い回しにならないようにやんわりと話す。
 母の監視がどこまで及んでいるのかわからない中で、私はライラの手に短いメッセージを残した。私の態度に不安を抱かぬよう、心はライラの側にあることを伝えるために。


 そうして迎えた二学期。学園に不穏な変化が訪れた。
 ジュリアへの嫌がらせ、そして平民棟で流れているというライラの悪い噂。
 それが意図するものは分からなかったが、母がとうとう行動を起こしはじめたのだと、直感的に悟った。
 



「ジュリア、ここを離れよう。君をこの場所に置いておけない」

 引き裂かれたドレスを中心に生徒達が立ち止まるなか、私はジュリアにそう声をかけた。
 ライラとジュリアが側にいて、私はジュリアの手を取った。

 私の気持ちがライラにあるとなれば、彼女の長年の夢と努力は無に帰すことになるだろう。私に付き合わせて彼女の可能性を潰してしまうことを避けたかった。
 彼女には寄り添ってくれる友人が多くいる。それにディノとエイデンが側にいるならきっと心配はない。
 私はジュリアを道連れにして、ライラから離れることを選択した。

 聖女になりたくない聖女候補生と、王太子の座を奪うと明言された第一王子。
 命を差し出す気は毛頭ないが、立場を降ろされるならジュリアも一緒に聖女候補から引き降ろすつもりでいた。
 


 しかし突然、その計画が宙に浮くことになる。

 ライラからの強い要望で久しぶりに対面した席で、常軌を逸した彼女の話に言葉を失った。
 ニホン? ゲーム? それらが何を指すのかも想像できずに困惑する。

 ライラもそれを承知しているように、丁寧に説明しながら話を続けた。
 そうして母の話に及んだところで、私は息を飲んだ。

 出会う前から、私たちの歪んだ母子関係を知っていたと話すライラ。

 まさか、そんなことが。思わずそう口に出ていた。

 初めて令嬢たちと顔を合わせた、王宮でのお茶会の日。一人だけ不安そうにこちらを見つめていた彼女の姿が脳裏に蘇ると同時に、これまでの母との確執を思い返した。




 ・・・・・・・・




 騒然とした廊下から、教師や職員たちが次々とこちらにやってきていた。ドアからは「早く帰りなさい!」「道を開けろ」などと怒号が聞こえる。

 その中から医務室の常勤医師がすばやくライラに駆け寄り、腰を低くして状態を診た。
 そして続いてやってきた職員と先生方には私が指示を出す。

「すぐに王宮に知らせ治療の手筈を整えるよう連絡をお願いします。そしてコンスティ侯爵にも一報を入れてください」

「わかりました、すぐに連絡いたします。それから衛兵をこちらに集め、殿下の身の安全の確保をさせてきただきます」
「私は問題ない。それよりもライラの側には五人以上の人間で固めるように。必ず複数人でライラの対応をすることを命ずる」

 ライラが担架に乗せられ、医務室へ運ばれてゆく。

「殿下もご同行を。念のため診察をさせてください。それで問題がないようでしたら事情をお聞かせ願います」

 私はその言葉に頷き、他の職員たちに王宮の者が来るまでこの場を保管するように命令し、医務室へと向かった。


「ライラ!」

 マリーが涙で濡れた顔もそのままで後を追ってきた。そして一緒にテラスにいたジュリアは、ただ茫然とその場に立ち尽くしていた。


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