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59. 王妃の告白②
しおりを挟むその衝撃的な話に言葉を失った。
関係のない私ですらそう感じたのだから、マルクス先生はもっとショックだろう。
しかし淡々と話す王妃は、私達の様子に構うことなくそのまま話を続けた。
「最後に彼女は何をしたと思う? 血に塗れた指で床に何かを書きながら呪詛を呟いたの。聖女になれなかった悔しさ、私への嫉妬と憎しみの言葉を呻くように口にして床に這った。彼女は取り押さえられ息を引き取る間際に声を絞り出すように言ったわ。『今お前の腹にいる子供に呪いをかけた、もしその子が王となるのならオーラント国は滅びる運命をたどる』と」
あまりの話に言葉も出ない。本当にこの世界には呪いというものがあって、イリーナという人は自らの命を懸けて『呪い』を遂行させようとしたのだろうか。
そうでなくても、死に際の人間にそれだけの恨みをぶつけられたらそれだけでも恐怖だろう。
「その時は見えない呪いなんてものよりも、恨み憎しみを込めて死んでいった彼女自身が一番恐ろしく怖かった。でもルークを産み落とした時、初めて彼女が言っていた意味が分かったわ。ルークが真っ黒な塊でこの世に生まれた時にね。我が子にようやく会えたと思ったら、生み出したものが黒いバケモノだったのよ。その時の私の衝撃なんてわからないでしょうね」
私と同じように言葉を失っていたマルクス先生が、そこでやっと口を開いた。
「まさか……君は今でもそのように見えているのか?」
私はぎょっとして王妃を見た。まさか、あの美しく麗しいルーク様を、黒いものとしか認識していないというのだろうか?
私のそんな疑問を王妃はあっさりと肯定した。
「もちろんその通りよ。ただの黒い、人の形をした得体の知れないモノ。でもあなたたちにはそれが見えていないこともわかっているの。あの子を産んだ日、その場で気を失ってしまった私が目を覚ましたら、皆がソレをもてはやしていたわ。国王である夫ですら、大喜びでその黒い塊を抱き上げているのよ。他の人の目には普通の赤ん坊に見えているのだとすぐに理解したわ。誰もルークの正体に気付いていなかった。それならば彼女の呪いを知り、彼の本当の姿を知る私がどうにかするしかないでしょう?」
私もマルクス先生も、紡がれる王妃の告白にしばらく何も言えなかった。
あまりにも自分の想像を超えた話で、上手く呑み込めなかったのだと思う。
「それで君は……ルーク殿下に手をかけようと」
「だって真実は私しか知らないのよ。私が計画を立てるしかないでしょう? この国を守る聖女として、呪われた得体の知れないモノを国王になんてさせられなかった。でももうおしまいね。私も、この国も終わり」
投げやりにそう言い、ぐったりとしたようにソファに大きくもたれた。
「……私は、あなたを本当に聖女にしようとしていたのよ」
ポツリと、私を見ることなく独り言のようにつぶやいた。
「だからわざわざルーク共々捨てられる平民を聖女候補生にしたというのに、馬鹿なことだわ」
広い室内に静寂が訪れる。
あまりに不幸な話だった。本来なら愛し合えたはずの母子が、一人の女性の語った呪いというもので全て壊されてしまった。王妃とイリーナの間に何があったのかわからない。でもそのせいで十八年間も母子で憎しみあうことになった二人を思うと心が締め付けられるように苦しかった。
隣でマルクス先生が、首の後ろに手を回したのが横目に見えた。カチリと金具を外してブラウスの中からペンダントを取り出し、それを手のひらに乗せて王妃に見せた。
そこには一粒の黒い鉱石がある。やや遠目ではあったけれどそれは霊石のように見えた。
「これはイリーナの形見だ。聖女を目指していた時に、日ごろからこの霊石をつかって自分の精霊力を高めようとしていたんだ。彼女の母の先祖は移民でね、現在のアルテア公国辺りから来たらしい。聖女の君なら闇精霊の存在を知っているだろう?」
「もちろん知っているわ。私だって彼女について調べたもの。そしてあなたの言う通り、彼女の血筋がわかったの。おかげで確信したわ。彼女は全身全霊を懸けて闇魔法を使ったのだと。私のお腹の子にそうやって呪いをかけたのよ」
ちょっと待って。闇の精霊? 闇魔法? ゲームの中でそんな言葉が出てきたことはなかった。そしてライラとしてこの世界を生きて学んできた私も、闇の精霊なんていうものは今まで耳にしたこともない。
そして先生は悲しそうに首を横に振って言葉を続けた。
「呪いは闇魔法じゃない。というより、闇魔法で呪いといった作用は起きない。性質上、そう勘違いをされることもあるけれど」
「勘違い……?」
王妃はいぶかし気な顔をして先生を見つめ返した。
「闇魔法は主に人の心に作用するものだ。幻覚、幻聴、錯覚、魅了、洗脳。強い精霊力を持ち高等魔法を使えるものになると、記憶の改竄まで行えたらしい。人を都合よく操作できる危険な力であることから、この国では闇の精霊に関するものは全て禁忌となった」
「呪いが無いなんて嘘よ。だってルークは現に人の姿をしていない……」
「いや……おそらく魔法をかけられたのは君だ」
王妃は何かを言おうと口を開いたが、それが言葉になることはなく、少しの沈黙が落ちる。
「イリーナには残念ながら、そこまでの闇の力はなかった。何代も渡り血筋の薄まった末裔だ。ましてや呪いなどという力もない。ということは」
マルクス先生は王妃の座るソファへ歩み寄った。隅に控えていた騎士がその動きを察知して素早く近寄ると、先生はそれを手で制して王妃の横へ跪いた。
「ごく簡単な魔法だ。僕なら解けるかもしれない」
そう言うと、先生はペンダントを王妃の前にかざした。そしてもう一方の手で空に印のような文字を描くと、一瞬フワッと空気が変わった気がした。
「何……?」
「この霊石に眠る闇精霊の力を使った。僕には闇の力はないけれど、このイリーナが使っていた霊石には、わずかに彼女の力が残されていたんだ。……まさかこんなことに使うとは思いもしなかったけどね」
寂し気にマルクス先生はペンダントを握りしめ、それをポケットへ入れた。
私はここまでの話にただただ呆気にとられていた。私自身も訊きたいことがあったというのに、言葉が出てこない。
話し終えた先生が王妃の側から離れようとした時、大きな音を立ててドアが開いた。そして厳しい顔をして入室してくるルーク様の姿があった。
「君がここへ向かったと聞いて急いで来た。ライラ、こんな所にいてはいけない。帰ろう」
「あ、あの、ルーク様」
「ルーク……?」
王妃は腰を浮かして、前のめりになってその名を呼んだ。
「ライラ、もし今後その人に会う理由がどうしてもあるというなら、その時は私も同行する。だから今日は一旦退室しよう」
そう私に語り掛けるルーク様に、王妃は一歩一歩彼に近付いていった。
「本当にルークなの?」
王妃がゆっくりと手を伸ばした。その手から庇うように、ルーク様は私を後ろに下がらせる。
「二度とここへ来るつもりはありませんでしたが、最後に一つだけお伝えしたい。あなたはもう罪人の身だ。今後はあなたの思惑通りに事が運ぶことは無い」
ルーク様の冷酷な眼差しを受けても、王妃には届いていない様子だった。
「……違うわ、嘘よ。あなたはルークじゃないわ。私の思い違いなんかじゃない、あの子は本当に呪われて、人の姿をしていないのよ!」
王妃はみるみる顔を赤くして、身体をわなわなと震わせた。
「皆して私を馬鹿にして! 誰が好き好んで我が子を憎まなければいけなかったと思うの? 誰も気付かないから私がやるしかなかったのに! 国の為に犠牲にしなければとずっと思っていたのに! アハハハ、今更それは間違いだったなんてあるはずがないでしょう!」
酔いのせいで感情を制御できないのか、怒りと嘲笑交じりの声が室内に響き渡る。
「気味の悪い見た目で、気持ち悪いくぐもった声。私にずっと付き纏う汚物、それがあの子なのよ。あなたがルークであるはずがない」
ルーク様は私の手を取り、そのまま黙って私を連れて部屋を出た。
その場にいた者を全てを置き去り、棟を出てゆくルーク様に手を引かれ後を付いていく。王妃の言葉を耳にするルーク様を見ていられなくて、私は何も言えずにただ涙を流すだけだった。
「ライラ?」
私の歩みが遅くなったことに気付いたのか、ルーク様が足を止めた。
申し訳ありません、と言いたくても声にならなくて立ち尽くしてしまう。
「……君が悲しむことはない。あれは私達の間では普通なのだから」
私の涙を見て、そう慰めてくれるルーク様の言葉が痛ましくて、口を噤んだままになってしまう。
初めて知った王妃の気持ち。
王妃は故意に歪められた世界で、ずっとルーク様を愛したいと思いながら呪いの存在を憎んでいた。
そのことをルーク様はまだ知らない。いずれ真実を知る事にはなるだろうけれど、今私が伝えたいことはそれではなかった。
「私、ルーク様がいるこの世界が大好きです」
涙を堪えているせいで声に出すのがやっとで言葉遣いもままならなかったけれど、それでも言葉にしたかった。
「あなたがここにいるというだけで、私は幸せになり満たされる。あなたの存在が私に勇気と力を与えてくれて、私はここまで来れたのです。……必要なんです、あなたと出会う前もこうして出会ってからもずっと。だから……」
最後まで言えなかった。途中でルーク様に身体を引き寄せられ、その胸に顔をうずめていた。
「君は……」
抱き締められた身体に、ルーク様の鼓動を感じる。
「……ありがとう」
囁くように、私にそう言葉を残した。
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