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58. 王妃の告白①
しおりを挟む王宮の療養室で一週間ほど私に付けられた侍女から、昼食後に送迎の馬車が用意されることを伝えられた。
退院日となっている今日、コンスティ家まで送り届けるという手筈になっている。
ただ私には帰る前にどうしてもお会いしたい人がいた。それはこの事件の首謀者であるミラ王妃。数日前から要望を出していたものが、やっと認められてぎりぎりで許可が得られたという。
その報告を受けて、私は侍女に目的の場所まで案内をしてもらうことなった。
長い廊下を渡り、それは外廊下に続いていた。その先ににある小さめの棟が目的地らしい。扉を開けて中に入ると、ひっそりと静まり人の気配さえ感じない。しかし手入れはしっかりされているようで、埃っぽさなどは感じなかった。
ここは、貴族が罪を犯した際に幽閉される棟であるとのこと。
初めて訪れる場所に周囲を観察しながら歩いていると、廊下で何かを話している男性が目に入った。
「ライラさん?」
先に向こうから声を掛けられ、お互いに驚いた顔をする。
「マルクス先生、どうしてここに」
「君こそ、身体はもう大丈夫なのかい?」
ずっと部屋にこもりきりで元気が有り余っていることを伝えると、安心したように笑った。
「面会が遮断されていて、君への訪問を許可されていなかったから心配していたんだ。ルーク殿下のもとにいるから大丈夫だろうとは思っていたんだけどね」
そう和やかに話した後、真剣な面持ちになって私に謝罪をした。
「今回の事は、君の担任、そして学園側の人間として謝罪をしたかった。君を危険な目に合わせることになって本当に申し訳ない」
「あ、あの、これは先生方の責任ではありません。説明をすると長くなってしまうのですが……」
ふと横を見ると、私付きの侍女と先生に付いていた案内人が、空気を読んで後方へと下がっていた。
午後には家に帰らなくてはならない私はここで長話をしている場合ではない。
「先生がここにいらっしゃるということは、もしかしてミラ王妃にお会いにいらしたのですか?」
私はどうしても王妃とガチンコ話をしたくてここに来た。もう何も秘密にすることはないのだから、遠慮なく話してみたかったのだ。
マルクス先生は、元クラスメイトであることと私とルーク様の担任という理由でここを訪れたのだろうか。
「……僕は両陛下と学年が一緒でね、三年間同じ教室で学んだクラスメイトだったんだ。王妃陛下がなぜこんな事態を起こしたのかどうしても理由を知りたかった。先日学園も夏休みに入ったこともあって、こうして訪れたんだ」
あの事件以降の入院生活は、どこか現実味がなく日々の感覚が失われていたけれど、言われてみればもう夏休みだ。
「それからこれは君に伝えておこうと思う。今年の精霊祭は中止になったよ」
「えっ……」
私は驚いて声を失う。そして私が再び口を開く前に先生は話を切り上げた。
「君がここにいるのもミラ王妃に話を聞きに来たからだろう? 丁度いい、一緒に行って話をしよう。きっとお互い知らない話もあるはずだ」
偶然同じ時間に訪れていたマルクス先生と会えたのは、とてもラッキーだったのかもしれない。私も二人の話を聞いてみたかった。
「あら、随分と懐かしい顔がいるわね」
中に通されると、けだるそうにソファに深くもたれ、透明のグラスをゆらゆらと揺らしている王妃がいた。早い時間からお酒を飲んでいるのだろうか、王妃の顔がやや上気したように少し赤みを帯びている。
室内はそこまで大きくはないものの、内装はとても豪華でとても罪人用の部屋とは思えない造りだ。
部屋には王妃付きの侍女二名と、騎士が壁で待機している。彼は護衛兼見張り役といったところだろうか。
「お久しぶりでございます、陛下」
「あなたからそんな呼び方をされるのは慣れないわ、マルクス」
「ミラ……」
学生時代の彼らの呼び方なのだろうか。
私が礼をしても王妃はこちらを見ることなく、先生にだけ顔を向けた。
「騒動の顛末は聞いたよ。僕は君と古い友人でもあり、彼女の担任でもある。ずっと君たちのことが気にかかっていた。特にジュリアさんが学園に来た時から……。でも話を聞いて、今も自分の中で整理が出来ないことがある。まず、君がライラさんではなくルーク殿下を……狙ったというのは本当のことなのか?」
「貴方にそれを話して何になるの? そんなこと、もう散々話し尽くしたわ。私を取り調べた騎士団長にでも聞けばいいでしょう」
「僕はまだ信じられずにいる。子供が出来たと知った時は、わざわざ個人的に知らせてくれるほどあんなに喜んでいたじゃないか。あの時、あれほど幸せそうだった君がどうして……」
意外にも、この二人は個人的なやりとりするほど親しい間柄だったようだ。私の知らない時代の話を、耳を澄まして聞いていた。
「そうね、嬉しかったわ。初めて私のお腹に宿った子だもの。嬉しくないわけがないでしょう」
王妃はそっと左手をお腹に当てる。
「でも、呪われた子が生まれてしまったのよ、しかたがないでしょう? 国に災いをもたらす子なら、この子を産んだ私が責任を持って消さなければならないの」
赤らんでいた顔を更に赤くして、王妃は次第に興奮した様に声が大きくなっていった。
「生まれた直後に、事故の振りをして殺そうともしたわ。でもいつか呪いが解けて、私の可愛いルークが帰ってきてくれるかもしれないと思うと、それが出来なかった」
王妃の口から以前にも聞いた『呪い』の話が出た。あれは私を駒として誘い込む作り話ではなかったということ?
殺すと言いながら可愛いルークと口にする王妃を、どう捉えていいのかわからなくなる。
「でもそれは間違いだったわ。私のルークはいつまで経っても帰ってこなかった。聖女が決まればあの子は王太子になってしまう。だからそれまでに片を付けなければいけなかったのよ。それなのに――――」
いきなりこちらに顔を向けられて、憎々し気に睨まれた。
「本当にやってくれたわ。貴女のせいでこの国は終わるのよ」
「ちょっと待ってくれ、ミラ」
慌てたようにマルクス先生が間に割って入る。
「呪いとはなんだ? ライラさんはミラからこの話を聞いたことがあるのかい?」
私は頷くと、精霊殿巡拝の後に誘われたお茶会でそんな話をされたことがあることを手短に話した。
「ミラ、まさか……イリーナに何か言われたのか?」
イリーナ。この名前は知っている。マルクス先生が王妃の同級生だと知った時に、当時の聖女候補生のことを調べようとしたことがあった。その時にセシリアとイリーナという名前があったことを憶えている。けれど王妃以外の情報は記録に残されておらず、それ以上知ることは出来なかった。
『マル先生はね、昔好きな人を亡くした過去があるんだよ』
今ではもう、懐かしく感じる友人の話。そのイリーナさんという人が、先生の想い人ということだろうか。
「あら、貴方は知らないのね。あの時はすぐに箝口令が敷かれたから当然かもしれないけれど、あれだけ親しかったあなたまで知らないとは思わなかったわ。あなたのお父様に訊ねてみたら?」
そう言ってゆらゆら揺らしていたグラスをテーブルに置いた。
「あの子ね、臨月だった私にわざわざ会いにきたのよ。お祝いしたいからという理由でね。私は元クラスメイトのよしみで受け入れたわ。
……ここまで話せばマルクスも予想がつくかしら。彼女、私の前にやってきて自分の胸をナイフで突き立てたの。私の目の前で自殺を試みたのよ」
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