全ルートで破滅予定の侯爵令嬢ですが、王子を好きになってもいいですか?

紅茶ガイデン

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〜アフターエピソード〜

ライラの願い

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 ミリシア学園を卒業した一年後、ルーク様と私は国の威信をかけた盛大な結婚式を挙げることになった。
 周辺国の要人を多く迎え入れ、この国が盤石であることを示すためでもある。

「君には負担ばかりかけて済まない」

 そんな風にルーク様はおっしゃったけれど、それこそ聖女を目指していた私は覚悟をしていたことでもある。むしろ私の方こそルーク様の負担を軽くしてあげたい。現役聖女の引退はこの国を守る立場にある彼にこそ、大きく影響が出ているのだから。

 オーラント国の聖女消失。王妃だった彼女が犯した罪によって別棟に幽閉された事件。それは貴族社会の中だけに知らされたことで、国民と諸外国には病に伏したと発表されている。

 精霊に祝福されその象徴である聖女が、病に倒れたと知らせることは国民に大きな不安を与えることになった。けれどそれ以上に、国家反逆となる第一王子の命を狙った罪人だと世に発表するわけにはいかなかったようだ。
 そして私という新聖女を大々的に発表することで、国が揺らいでいないことを証明しようとした。

 そうして目まぐるしく変わっていく周囲の環境に、自分でも気付かぬうちに疲れが蓄積していたのかもしれない。


 盛大な結婚式とパーティを終えて、ようやくルーク様と私に落ち着いた時間が訪れた。

 彼の部屋で、ゴブレットにワインを注いで二人だけで乾杯する。お互いにこれまでの苦労をねぎらい、色々な話をした。
 初めての夜を共に過ごすことに、自分でも緊張していたのかもしれない。それを紛らわせるようにいつも以上に饒舌になり、最近の出来事から昔の話まで花を咲かせた。ついついワインに手が伸び、中が空になる頃には目がとろんと重くなっていた。

「ライラ」

 いつもルーク様を前にすると目がしゃっきりと冴えてしまうのに、不思議とその声に安らいでいる自分がいる。私はこれからこの人と生きていくんだなぁと思ったら、全身が幸せに包まれている気分になってゆっくりと目を閉じた。




 そしてふと、カーテン越しに眩しさを感じて目を覚ました。なぜだか明るくなっている部屋を見て、いつの間にか朝を迎えてしまったのだと気付いた時には、顔からさーっと血の気が引いていた。
 昨日は私たちの初夜だったはず。そう思って恐る恐る身体を起こすと、ルーク様はソファに座られて本を読んでおられる。

「あの、昨日は私……」

 瞼が重くなってから記憶が途絶えてしまっている。寝衣の乱れもないということは、私はありえないことをやらかしてしまったのだ。

「も、申し訳ありません!」

 自分で自分にびっくりして即座に謝ってしまった。私は信じられないことに、結婚式の初夜に寝落ちしてしまったらしい。

「気にしないでいい。この一年間、ライラは過密な日程を過ごしてきたんだ。そしてあれだけの盛大な結婚式を挙げた後で気が緩むのも仕方がない。私も同じように緊張の糸がほぐれて、その後ぐっすり寝てしまったよ」

 そんな風にいたずらっぽく笑うルーク様にうっかりときめいてしまったものの、国としても一大事であるこの初夜をまさか睡魔に襲われて台無しにしてしまうなんて本当にありえない。うわああぁ、どうしようと私が頭を抱えていると、ルーク様は手に持っていた本をテーブルに置いて、私の横に来てベッドに腰を下ろした。

「ライラ、私達はもう夫婦だ。今日も明日も明後日も、これからずっと一緒にいられる。焦らなくたっていいんだ」

 そう言ってルーク様は私の髪をさらりと撫で、肩を優しく抱いてくれた。



 ・
 ・
 ・



 そして季節は巡り、日々は忙殺の中に消えてゆく。

 いつものように大霊石との共鳴を終えて、私はゆっくりと立ち上がった。
 学生時代の課外活動の時よりも長く、そして正式な儀式の手順を踏んだ聖女の礼拝。この光の精霊殿を最後に、私はこの精霊殿巡拝をしばらくお休みすることになる。


「体は大丈夫か?」

 儀式を全て終えて祭壇を降りると、ルーク様がすぐに手を差し伸べ支えてくれる。

「ええ、今は気分も悪くないですし問題ありません。これからしばらくの間、先代とマリーとジュリアにおまかせする形になってしまうんですもの。最後はしっかりと役目をはたさないと」

 そう言って微笑んでみせる。本当はちょっとだけ具合が悪かったのだけれど、我慢できないほどではない。

「そうか……このあとはゆっくりと過ごすといい。私もやることを終えたら君の部屋にいく」

 そんな言葉を受け、軽く頷いて精霊殿を後にした。
 私はそっと自分のお腹に手を当てる。今この中には私とルーク様との子が宿っている。もう私だけの体だけではないのだから、この子の為にもこれからは自分をいたわらないといけない。

 王太子妃の部屋である自室に戻り、ソファに身体をゆっくりと預けた。侍女に運ばれたジンジャーティーを注いでもらい、作りかけの編み物を用意してもらう。
 意外なことに、この世界でも妊婦には紅茶を控えた方がいいという常識があるらしい。日本にいた頃もカフェインが良くないと聞いたことはあったけれど、化学がそこまで発達していないこの世界でも知られていることに驚いた。

 私は編み針を取って、一針一針丁寧に編んでゆく。
 そうして少しの時間を過ぎた頃、先程言っていた通りルーク様がやってきた。その手には銀の器が乗っていて、それを私の前に差し出した。

「今はなかなか食が進まないようだから、少しだけ口に入れる物を持ってきた。でも無理はしないでいいからな」

 従者も側に付いているというのに、わざわざルーク様が運んで持ってきてくれたらしい。見るといくつか切り分けられたフルーツと、柑橘系のピールが入ったクッキー、そしてきなこ玉が盛り付けられている。以前、大好きなお菓子なんですとなにげなくルーク様にきな粉玉を勧めたことがあった。その時は食感と風味に驚いていたものの、今ではこの素朴な甘味を気に入ってしまったらしい。
 私の我儘でコンスティ家の職人にきな粉を再現してもらったけれど、そのレシピは今では王宮の職人にも受け継がれている。

「それは靴下?」

 形になりかけている物を見て、ルーク様は出来上がりの予想をする。

「この子が産まれる頃は寒くなっているでしょう? 足が冷えないようにと、私のあったかい愛情を込めて編んでいるんです」

 軽く冗談交じりにそう話した。

 ルーク様の幼少期はとても寂しいものだったろうと思う。
 王妃の悲痛な告白を聞いてから間もなく、全ての事情がルーク様の耳にも入れられたようだった。しかしそれについて彼は今まで一度も口にすることはなかった。
 その内に抱える思いは、側にいる私でさえきっと知ることはできない。だから私は、この愛をルーク様と子供に惜しみなく捧げようと思っている。

 子供の靴下と一緒に、密かにルーク様のためのストールを作っている。
 空虚だった日々を少しでも暖め埋めることができたら。
 そうしたらきっと、凍えることはない。そう願いを込めて。


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