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6. 町外れの訪問
しおりを挟む公爵家に呼ばれてから一週間が過ぎた頃、再びロザンヌ様からお手紙が届いた。今度は以前の招待とは違い、何やら事細かに指示が書かれている。
持ち合わせのドレスの中で、一番地味で貧相なものを選んで来ること。平民に紛れられるような服装ならばなお良いなどと書かれていた。
ロザンヌ様ってばお忍びで町に出るつもりかしら、まさかね。なんて思いながら持っている服を侍女に用意をしてもらった。今でも月に一度は下町に帰って祖母に会いに行っている。その時は町で浮かないように地味な恰好をしていくため、彼女の指示には簡単に従うことができた。
「……本当に町娘のような恰好で驚いたわ」
当日、ロザンヌ様は私の姿をしげしげと見つめてそう呟かれた。
この貧相な恰好で公爵家を訪れることに相当な抵抗を感じていたけれど、要望に応えたのにそんなことを言われてしまっては立つ瀬がない。
「一番地味で貧相なもので平民に紛れるように、とのご指示でしたのでこのような恰好で参りましたが、大変失礼致しました……」
見れば、ロザンヌ様も控えめな色と装飾で大人しいものを着ていたけれど、それでも立派な貴族のドレスのデザインだ。
「いえ、いいのよ。それで結構。子爵のご令嬢がそのような服を持っていることが意外だっただけ。むしろそれくらいで丁度いいわ」
ロザンヌ様は満足げに頷くと、用意された馬車に二人で乗り込んだ。その馬車も公爵家が所有する立派なものではなく、相乗り馬車や辻馬車のような古いくたびれたものだ。
「お付きの方はいらっしゃらないのですか?」
私たち二人が乗り込んだところで出発しようとしたので、慌てて尋ねた。
「大丈夫。この御者二人は腕利きの立派な護衛よ。お分かりかと思うけれど、これから街にお忍びのような形で行くから、それだけ心得ておいて」
馬の手綱を握る男性に目を向けてそう話す。この徹底した隠密のような出発に、どこに連れていかれるのだろうかと身構えてしまう。
それに本来ならばけして隣り合う事のない、公爵令嬢のロザンヌ様のすぐ横に座っていることも緊張に拍車をかけた。
「あなた、生まれながらの子爵令嬢なのよね? どこか貴族令嬢らしくないというか、平民として見てもあまり違和感がないわね」
馬車に揺られて移動するなか、口を開かずに大人しくしていた私にそう問いかけられた。
平民らしい、というのは当たっている。六歳から貴族としての教育を受けてきたけれど、ルーツは平民で今でも実家に帰っては近所の人たちと交流を続けている。その下町の雰囲気が滲み出ているのかもしれない。
「生まれながらの子爵令嬢、とは言えないかもしれません。私は子爵の父と使用人との間に生れた子供で、幼い頃は平民として母に育ててもらっていました。その母が亡くなり、その後に父に引き取られ子爵家の娘として育てられたのです」
特に秘密にすることでもなかったので、思い当たる理由をお話した。
「そうだったの。……でも、あなたの説明はそこまで詳しく書かれていないわね」
私の頭上を見つめながら、ロザンヌ様は棒読みで言葉を紡いでいく。
「シャルロット・バニエ ヒロイン
バニエ子爵の娘。幼い頃に母を亡くし、父と継母の元で生活をしている。父から関心を持たれず、継母からのいじめに耐えながら孤独に過ごしていた。
十六歳になり宮廷から招待された舞踏会で、王太子ジェラルドと運命の出逢いを果たす。
付与効果【魅了】」
文章を読み上げるように話すその内容に驚いてしまった。父から関心を持たれず、継母からのいじめに耐え???
「ロザンヌ様、それは大きな誤りでございます。私は父からとても大切にされておりますし、継母にいたっては本当の娘のように育てていただきました。私も本当の母のように慕っております。家族がそのような言い方をされることはとても悲しく、耐えがたいことです」
私は慌てて訂正した。私の両親が身分の高いお方にそう思われているとしたら大きな問題にもなりかねない。私のせいで両親が誤解されるようであってはならないと強く訴えた。
それと同時に、公爵家に呼ばれたあの日から頭をかすめていた疑念が頭をもたげる。そんな気の焦りが、苛立ちに似た感情を呼び起こした。
「あっ……。あなたのご家族を貶めるつもりはなかったの。私には他人に見えないものが見えると言ったでしょう? あなたの上にはそのような説明文がされているのよ。申し訳なかったわ」
しゅん、と少し俯いて顔を背けた。
その姿を見ていたら私の苛立ちも一緒にしぼんで、ロザンヌ様をそっと見つめる。
私のことを貴族らしくないとおっしゃっていたけれど、失礼ながらロザンヌ様こそ公爵令嬢らしくないと思う。そもそも子爵令嬢の私と並んで座って、こうして対話をしていることなんて本来ならばあり得ない。ロザンヌ様があまりに普通にお話をされるので、私も自然にお応えしてしまっているけれど。
私に対して良い感情を持っていない様子なのに、不思議と彼女に悪い印象がなかった。
「でもどうして説明文の内容が違うのかしら。私が見ているステータス画面が間違っているなんて思いもしなかった」
ロザンヌ様は困った顔をして考え込んでしまった。
彼女の言うステータス画面というものは、神のお告げや予言的なものなのだろうか?
そしてそれを信じているロザンヌ様が、私がジェラルド様と運命の出逢いを果たしたと勘違いをされて、あの晩私に接触してきたということなのかしら。
「ということは、私が魅了魔法を使っているということも間違っている可能性もありますよね? 事実、私にはそんな能力はないのですから」
私は彼女の主張に疑問を投げかける。彼女の様子を見れば嘘を言っていないことはわかるけれど、それが妄想でないとも言い切れない。
「いいえ、それは間違っていないと思うわ。ジェラルド様は慎重な性格で、普段の彼ならあんな行動を取るなんて考えられないもの。それがあなたに対して見境が無くなってしまったのは魅了のせい……ちょっと待って。あなたの家族関係が事実と違っているのも、もしかして……」
ハッとした様にロザンヌ様が顔を上げた。
「そうだわ。あの舞踏会の日、あなたの父親と婚約者のステータスにも【魅了】と書かれていたのよ。それで、あなたが逆ハーを狙っているのかと思って嫌味を言いに行ったんだわ」
そう言って謎が解けたとばかりに、一人納得したように頷いている。
私は気分が悪くなってしまった。こんな話は妄想であってほしい。そう思うけれど、彼女の言い分には心当たりがあって、何も言うことができない。
「でも、これから行くところで何かわかるかもしれないわ。あなたが故意に魅了をかけてないというなら、何故そうなっているのか理由を知りたいでしょう?」
これまでどこに向かうと聞いていなかったけれど、どうやら【魅了】について調べにいくらしい。
公爵家を出てから三十分以上揺られていただろうか。王都の中心地から遠ざかり、並ぶ家やお店も段々と寂れたものになっていく。そしてやっと到着したところは、貧民街を更に廃れさせたような異様な場所だった。
ぼろぼろの小さな石造りの家がいくつか点在するようにぼつぼつと立っている。町や村ともいえない小さな集落だ。良く晴れた天気だというのに、どこか空気が淀んでいるように感じて薄気味が悪い。
「着いたわ。私の後に付いてきてちょうだい」
ロザンヌ様はそんなことを気にする様子もなく、降車して目の前の家へ歩み寄った。
ロザンヌ様が地味な服で、とおっしゃった意味がよくわかった。町娘風の私ですら、この場にいると品の良いお嬢さんに見えるし、当のロザンヌ様にいたってはどう見ても場違いでしかない。
傷だらけの木のドアをコンコンとノックをすると、中からよれよれの服を着た老婆が現れた。
「ようこそ、お待ちしておりましたよ。ロザンヌ様」
そう言って、「ふぇっふぇっ」と抜けた歯の間から空気を漏らすように笑いながら、私たちを家の中に招き入れた。
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