4 / 13
第一章 その天使は星空に堕ちる
第3羽 老いた彼には見えている
しおりを挟む
フォルンを40分間なだめ続けた後、それで疲れをきたした二羽のためにもう十数分ほど休憩の時間をとっていた。うなだれているハニエを横に、ウリルが上体を起こすと、目の先には樹葉の先端で突っ立っているフォルンの姿があった。何かをするわけでもなく、ただこれから飛ぼうという方向を年齢の割に大人しく眺めていた。
「フォルン。もうそろそろ行こうかの」
そばで声をかけるも、その目は振り返らず、ずっと前を向き続けていた。彼が眺める場所からは、星上園のすべてが一望できた。手前には彼らの住む森、そしてその奥には、この楽園の天使の大半が住んでいる”都市部”があった。建物が有象無象に立ち並び、静かな森とは正反対な場所であった。そしてその都市部の最も奥に、この大樹と対をなすように大きく立つ塔のような建造物、「これからの目的地」があった。
ウリルもつられるように眺めていると、フォルンが口を開いた。
「あのさ、ウリル。最後に一個だけ聞いてもいい?」
振り返った少年天使は真剣なまなざしで、けれどどこか純粋さを含み透き通った目で問う。
「ウリルってさ、いつも上を向いて、なにを見てるの?」
時間が止まったような空間に、音を立てずに風が流れた。二対の翼がほんの少しだけ揺らぐ。
「僕たちが離れて遊んでるとき、いつも顔を上に向けて、ずっと動かさないじゃん。だから僕もひとりでいるとき、あの丘でずっと見上げてるんだけど、ずっと真っ暗で何にも見えないからさ。教えてよ。こんな真っ暗闇を見て何が楽しいの?ウリルみたいに年をとったらさ、こんな景色でも楽しめるようになれるの?」
唇を噛みながら聞いていた老天使は深呼吸すると、ゆっくりと口を開いた。
「じゃあな、フォルン。何があったら楽しいと思う?どうしたら、お前はずっと眺めてられるんじゃ?その何もない宙を、お前はどうしたいんじゃ?」
「どうしたい...?それは――」
答えにならない質問返しで、けれど真剣な目で聞かれたフォルンは、首をかしげて少しの間考えていた。
二羽が立ち尽くしていると、傍らで寝ていたピンク色の幼馴染が起き上がった。
「あ、!もう時間じゃない?早く行かなきゃ!」
「それもそうじゃな。ふたりとも、早くわしのもとに来なさい」
二羽を腕に抱えると、ウリルは大きな翼をはためかせてあっという間に大樹を飛び去った。
◇◇◇
三羽はあっという間に野を越え丘を越え、地方の森も終盤まで差し掛かってきた。抱えられたハニエは今まで感じたことのない爽快さに興奮していた。
「いやっほーーー!やっぱりすごいね、こんなに速く飛んでるのは初めて!ね、フォルン?」
一方、今まで妙に黙りこくっていたフォルンは幼馴染に声をかけられても何の反応も返さなかった。
「フォルン...?」
「なあに、速すぎて怖がっとるんじゃろう」
「なあんだ。そういうことか」
いじらしくクスクスと笑う二羽の声を遮るように、少年天使はやっと口を開いた。
「ねえ。さっきの話だけどさ、実はもう僕とハニエは考えついてるんだ」
「え?なんの話?」
「この空がずっと真っ暗なだけならさ、きらきらした、光る点々でいっぱいにすればいいんだよ。そうすれば、ぼく絶対に飽きないよ」
そういえば百年前くらいにそんな話したな、と思い返すハニエ。それを抱えながら目を大きく開いたウリルは何かを確認するように見上げる。すると、次第に口元がにやけてきたかと思うと、老天使とは思えないほどに明るい笑顔で、口をかっぴらいて盛大な声で笑い始めた。
「...ふふふ。はぁーはっはっはっはっ!!!」
ウリルが笑うと同時に二羽を抱えた体が大きく揺れ、その羽ばたきはなんとも軽快になった。その振動に抱えられた幼い二羽は翻弄される。
「ちょっと!ウリル、いきなりそんなに揺れたら落ちちゃうって!!」
ハニエが苦情を呈すも、老天使はまったく聞いてない様子だった。
「そうかそうか。それが一番似合うと思うんじゃな」
「うん。いつかさ、僕がもっと大きくなったらさ、それで埋め尽くしてみたいんだ」
周りにはさっき吹いていたような風はなく、上空には楽しそうに飛ぶ三羽の姿以外になにもなかった。
「そうか、それはきっと、、とてもきれいなんじゃろうな....」
「フォルン。もうそろそろ行こうかの」
そばで声をかけるも、その目は振り返らず、ずっと前を向き続けていた。彼が眺める場所からは、星上園のすべてが一望できた。手前には彼らの住む森、そしてその奥には、この楽園の天使の大半が住んでいる”都市部”があった。建物が有象無象に立ち並び、静かな森とは正反対な場所であった。そしてその都市部の最も奥に、この大樹と対をなすように大きく立つ塔のような建造物、「これからの目的地」があった。
ウリルもつられるように眺めていると、フォルンが口を開いた。
「あのさ、ウリル。最後に一個だけ聞いてもいい?」
振り返った少年天使は真剣なまなざしで、けれどどこか純粋さを含み透き通った目で問う。
「ウリルってさ、いつも上を向いて、なにを見てるの?」
時間が止まったような空間に、音を立てずに風が流れた。二対の翼がほんの少しだけ揺らぐ。
「僕たちが離れて遊んでるとき、いつも顔を上に向けて、ずっと動かさないじゃん。だから僕もひとりでいるとき、あの丘でずっと見上げてるんだけど、ずっと真っ暗で何にも見えないからさ。教えてよ。こんな真っ暗闇を見て何が楽しいの?ウリルみたいに年をとったらさ、こんな景色でも楽しめるようになれるの?」
唇を噛みながら聞いていた老天使は深呼吸すると、ゆっくりと口を開いた。
「じゃあな、フォルン。何があったら楽しいと思う?どうしたら、お前はずっと眺めてられるんじゃ?その何もない宙を、お前はどうしたいんじゃ?」
「どうしたい...?それは――」
答えにならない質問返しで、けれど真剣な目で聞かれたフォルンは、首をかしげて少しの間考えていた。
二羽が立ち尽くしていると、傍らで寝ていたピンク色の幼馴染が起き上がった。
「あ、!もう時間じゃない?早く行かなきゃ!」
「それもそうじゃな。ふたりとも、早くわしのもとに来なさい」
二羽を腕に抱えると、ウリルは大きな翼をはためかせてあっという間に大樹を飛び去った。
◇◇◇
三羽はあっという間に野を越え丘を越え、地方の森も終盤まで差し掛かってきた。抱えられたハニエは今まで感じたことのない爽快さに興奮していた。
「いやっほーーー!やっぱりすごいね、こんなに速く飛んでるのは初めて!ね、フォルン?」
一方、今まで妙に黙りこくっていたフォルンは幼馴染に声をかけられても何の反応も返さなかった。
「フォルン...?」
「なあに、速すぎて怖がっとるんじゃろう」
「なあんだ。そういうことか」
いじらしくクスクスと笑う二羽の声を遮るように、少年天使はやっと口を開いた。
「ねえ。さっきの話だけどさ、実はもう僕とハニエは考えついてるんだ」
「え?なんの話?」
「この空がずっと真っ暗なだけならさ、きらきらした、光る点々でいっぱいにすればいいんだよ。そうすれば、ぼく絶対に飽きないよ」
そういえば百年前くらいにそんな話したな、と思い返すハニエ。それを抱えながら目を大きく開いたウリルは何かを確認するように見上げる。すると、次第に口元がにやけてきたかと思うと、老天使とは思えないほどに明るい笑顔で、口をかっぴらいて盛大な声で笑い始めた。
「...ふふふ。はぁーはっはっはっはっ!!!」
ウリルが笑うと同時に二羽を抱えた体が大きく揺れ、その羽ばたきはなんとも軽快になった。その振動に抱えられた幼い二羽は翻弄される。
「ちょっと!ウリル、いきなりそんなに揺れたら落ちちゃうって!!」
ハニエが苦情を呈すも、老天使はまったく聞いてない様子だった。
「そうかそうか。それが一番似合うと思うんじゃな」
「うん。いつかさ、僕がもっと大きくなったらさ、それで埋め尽くしてみたいんだ」
周りにはさっき吹いていたような風はなく、上空には楽しそうに飛ぶ三羽の姿以外になにもなかった。
「そうか、それはきっと、、とてもきれいなんじゃろうな....」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる