ボーイッシュな学園の王子様(♀)助けたら懐かれたのか、彼女は俺の家ではやたらと無防備

アマサカナタ

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プロローグ

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「――危ないところだったね……大丈夫だったかい?」
「は、はひっ……!」

 今日も今日とて学園の王子様、アマツマ テンマは絶好調だった。
 階段で足を滑らせた少女へと駆け出すと、その身を包むように抱きかかえて受け止める。転んだ少女が小柄だったせいか、少女はすっぽりとアマツマの手の中に納まっていた。
 だから、というのも酷な話ではあっただろうが。少女はアマツマの毒牙にあっさりと刺さった。
 ぽっと頬を赤く染めて、間近にあるアマツマの顔に見入っている。ウェーブがかった猫っ毛の髪。アーモンド形の透き通った瞳。スッと伸びる鼻梁に、形の整った小ぶりの唇。わずかに朱の差す真っ白な肌に、人形めいた美しい顔立ち――いいとこ探しに終わりはないが、端的に言えば顔がいい。ムダに。
 その顔が爽やかに笑うのだから……間近でそれを見た少女はたまったものではなかっただろう。
 
「そっか。間に合ってよかった。これからは気をつけてね、お嬢さん?」
「は、ひ……っ!」
 
 甘いマスクを、ふと緩ませるような。そんな微笑み方に、少女はもうやられてしまったらしい。湯気が出そうなほどに真っ赤な顔で、引きつったような声を上げた。
 それの何が面白かったのか、アマツマが「ふふっ」と喉を鳴らしてから頬を撫でる――と、少女は「ひうっ」っという悲鳴を上げて、顔どころか耳まで真っ赤に染めていた。

 ――その間、彼――ヒメノ ヤナギが何をしていたかというと、少女が転んだ際にとっ散らかした教科書やらなんやらを拾っていたのだが。

 ついでに言えば、アマツマが駆け出した際に放り投げた教科書も回収済みだ。
 王子様の即席恋愛劇場にはさほど興味もなく、彼はため息とともに声をかけた。

「アマツマ、急げよ。そろそろ次の授業始まる」
「ああ、わかってるよ……っと、集めてくれたのかい? 悪いね」
「別に」

 ドライに返してすれ違う。背後から少女を口説いているような声が聞こえてきたが、脳が膿みそうだったのでそのまま全て聞き流した。

「アマツマのやつ、相変わらずだなー……これで犠牲者がまた一人か」

 と、隣を歩く友人の微苦笑。肩越しに階段のアマツマを見やっている。
 相変わらずというのは、アマツマがああして人助けをしていることを指している。誰かがトラブった場面に遭遇した時、アマツマは放っておけない性質なのだ。不思議とアマツマも人がトラブる場面に出くわすことが多いようで、ああした光景はもはやよくある日常だった。
 ついでにその無駄に甘いマスクと声と口説き文句のせいで、女の子がアテられてしまうのも。なのでヤナギも友人と同じ苦笑を返した。

「口説くの目的でやってるわけじゃないってのが性質悪いよな、アレ」
「なー。おかげで男の肩身が狭いこと狭いこと……隣のクラスの菊池いんじゃん? アイツ、アマツマに彼女取られたんだとさ」
「は? 略奪?」
「うんにゃ。アマツマに惚れちゃって捨てられたんだと」
「……うっわぁ……」

 菊池が誰かは知らなかったが、ヤナギは思わず顔を覆った。
 悲惨としか言いようがない。何が一番悲惨かといえば、アマツマにはおそらく欠片もそんな意図はかけらもなかったはずというところだ。
 アマツマは、人を好きにはなりたくないそうだから。
 だからそのことについては触れず、ヤナギはぽつりと呟いた。

「そのうちアイツ、マジで刺されるんじゃねえかな」

 と。

「――そんな怖いことを言うのは、いったい誰のどの口かな?」
「うぉっ!?」

 不意に背後から耳元で囁かれて――更にはしゅるりと絡みつくように頬を触られて、思わずヤナギは飛び上がった。
 ビビったのは急に触られたから、というのもあるが。それ以上に近くに――というかすぐ真後ろに、アマツマの顔があったからだ。

「アマツマ! お前、いつからそこに?」
「ついさっきだよ。声をかけようと思ったら面白そうな話をしてたから、ついね」
 
 にっこりと。その麗しい顔にどこか圧のある微笑みを浮かべて、言ってくる。
 ひとまずあまりに近いのでアマツマの顔を押しのけると、存外素直にアマツマはヤナギから離れた。
 こちらを追い越すように先を行ってから、振り向いて更に言ってくる。

「あと、あんまり女の子の噂を開けっぴろげにするのは感心しないな。そういうデリカシーのないところ、女の子はよく見てるよ」
「……お前が言うと説得力あるなあ」

 友人と顔を見合わせてから、ヤナギはしみじみと呟く。他の男子よりも圧倒的に経験値の高い王子様が言うのだから、間違いはないだろう。
 とはいえ、ヤナギはあまりそうした恋愛ごとに関心がない。友人はきょろきょろと人の目を気にしたようだが、ヤナギは特に気にしなかった。モテたいとか好かれたいとか、そういった情熱は特にない――
 と。

「あ、そうだ。ねえヤナギ」
「?」

 唐突な切り出しに、きょとんとまばたきすると。
 音もなく、あまりにも自然に伸びてきた手がするりと頬を撫でた。
 頬を滑る柔らかい熱に思わずぞくりとする、その一瞬を置いて――爽やかに、アマツマは囁いた。

「さっきは教科書を拾ってくれたね。ありがとう。そういうささやかな優しさが嬉しいよ、ボクのバンビーノ」
「…………」
「じゃ、先行くね」

 そうして思わず立ち止まってしまったヤナギを置いて、何事もなかったかのようにアマツマは先を行く。
 その後ろ姿をしばし呆然と見つめたあと――ヤナギは心臓を抑えながら息を吐いた。
 呻く。

「至近距離であの笑顔、正直キッツいわ。ホントに顔だけは無駄にいいんだから……」
「……なんかお前、最近気に入られてね?」
「気のせいだろ」

 友人にはぶっきらぼうに返して、内心のドギマギをごまかしながら歩き出す。
 ため息をついて見つめた廊下の先には、不思議とどこか楽しそうなアマツマの背中がある。その背中には女子からの憧れや男子からの嫉妬や羨望、その他諸々な視線が突き刺さっているのだが。
 アマツマに触れられた頬を、何の気はなしに自分でなぞって、ごちる。

(そういうところがタチ悪いってんだ、まったく)

 結局のところ、何が言いたいかといえば――“学園の王子様”なんて呼ばれている、アマツマ テンマは今日も絶好調だった。
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